名大社 スタッフブログ

カテゴリ「最近、思うこと、感じること」の記事一覧:

ここにもKawaii文化が!

おはようございます、本日のブログ当番は奥田です。

 

今年も、JR東海高島屋のバレンタイン特設会場は凄い賑わっていると聞いていましたが、

頂いたチョコは1個でした!!

 

私の身近には、5人の女性がいます。

※残念ながら、ゲスっぽい話しでは全くありません。

1人目は妻。

<2/14の会話>

私:「今日バレンタインだけど?」

妻:「今年はないよ。なんか頭痛がするから。」

私:「エ~~!本当に?」

妻:「お返しはいらないから、今回はないよ」

私:「そうゆう問題か?」

※どうやら本当に頭痛で、本当にチョコはありませんでした。

我が家では、「頭痛=チョコはなし」、アインシュタインもビックリの方程式ができていました。

 

●2人目は娘。→誕生日にはやたらこだわるけど、企画モノにはまだ興味がないらしい。

●3人目は母。→もらった記憶は小学校の時に1回ぐらいなので、当然今年もナシです。

●4人目は妻の妹。→昨年と一昨年はもらっていましたが、今年はないそうです。??

●5人目は義母。→いつも高島屋in岐阜で購入した横文字系のチョコを頂きます。お義母さん来月は楽しみにしていてくださいね。

 

皆さんのチョコ事情はいかがでしょうか?新しい方程式がありましたら是非教えて下さい。

 

気持ちを切り替えまして、子供の発表会の模様を紹介させて下さい。

建物

2/15(月)に保育園で「おひなまつり発表会」があったので、休みを頂いて行ってきました。

既に、2/13(土)に1回目が行われ、今回は「おじいさん・おばあさん」達に向けたイベントでした。

 

年長・年中・年少・未満児達が披露する歌や劇の合計はなんと18。

うちの子供は年中の子が3つ・下の未満児が2つを担当していて、よく難しい振付けや、歌を覚えるな~と感心してしまいました。

 

その中でも、一番目に焼き付いたのは子供たちが来ている衣装。

とてもキュートでKawaii(カワイイ)!

原宿を歩いている個性派とはまたチョット違ったカワイサがありました!

 

先生に聞いたら、ゼロから作っているわけではなく、昔使っていたものが綺麗に保管されていて、それにアレンジを加えて衣装を作っているとのこと。

先生、すごく「Kawaii」のを作ってくれてありがとうございます!!!

 

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「Kawaii」を引き立てる曲も以下の通りです。

●「きゃりーぱみゅぱみゅ/きみに100パーセント」

●「ゆず/イロトリドリ、スマイル」

●「フィンガー5・小泉今日子/学園天国」

●「中島美嘉/朧月夜」などなど

※ゆずの「スマイル」は、イチオシです!

 

私の両親も、おじいさん・おばあさんなので感想を聞くと、

父親:「家にいるより、畑ををやるよりは、刺激になるな~」と、

生真面目な性格のため、言葉は少な目でしたが、楽しかったようで何より。

 

母親:「(上の子の)ダンスは色気がメチャクチャある!下の子はまだまだ。」と、

上の子びいきのコメント。

発表が終わってから教室で一緒に給食をとりました。

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子供達は、家に帰ってきてから先週妻が録った自分達の出演ビデオを見て、「今日のとどっちが良かった?」と聞いてきいたので、「絶対に今日の方が良かったよ!」と答えておきました。

 

チョコは1個でしたが、それ以上のモノを子供たちや先生から頂いた1日でした、と終わりたいとこですが、やっぱり、奥さんからはほしかったな~と思う1日でした。

 

 

一期一会ってこのことか

 

こんにちは、営業4年目、小川が担当です。
お願いします。
先月の話なのですが、

浜松のハンバーグレストランさわやかに行ってきました!(小鹿さんもブログで上げていました)
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その帰り、なんとも奇妙な出会いがありました。

 

浜松SAでつまみ食いをして帰るところ、
ヒッチハイクをしている2人に出会いました。
運転していた友達が、よくヒッチハイクしている友達がいるから可哀想だし乗せてあげよう!と言うので、
いまどきそんな人いるんだなぁ~おもしろそう!という軽い気持ちで、
乗せてあげることにしました。

 

彼らは言いました、

僕たちにはがあり、その実現のために、国や企業が海外留学にいく支援をしてくれるプロジェクトの選考に参加した帰りなのだと。
学生でお金もないので、ヒッチハイクで兵庫県まで戻るのだと。

その選考で会った初対面同士の2人だったが、偶然にも家が近いので一緒にヒッチハイクで帰ることにしたのだと。

 

1人の夢は、貧困の国の子供たちのために教育が受けられる団体をつくりたい。
もう1人は、大病を患っているこどもたちに笑顔を届けられる団体をつくりたい。
どちらも自分の経験から生まれた、強い思いを持った夢でした。

時間があるからヒッチハイクしているのかな、
なんて、なんとなくどこから来たの?と聞いてみた質問だったのに、そんな思いがあったとは。

その後、彼らは自分たちの夢について、討論を始め、予定していたSAに着いた頃にはなんだか険悪ムード

じゃあねーと言って2人を降ろして帰ったものの、

わたし達もどっちが正しいわけでもないし、
考えさせられるね、もやもや、、、

しまいにはやっぱり喧嘩してないか心配だし迎えに行こう!と

もう名古屋だったのに引き返してはるばる迎えに。

居なかったら餃子食べて帰ろうねと言っていましたが、
すぐに見つかりました。

彼らはとてもスッキリした顔で、ちゃんと2人で一緒にいました。

 

単純に私はその夢を聞いて、すごいなー!と思いました。
私が学生の頃はそんなこと考えもしなかったし。
彼らはとても論理的に話していましたし。
だいたい、私は学生時代に議論という言葉を言ったこともありません。笑
グロービスがフラッシュバックしました笑

確かに彼らは行動力もあり、自己投資をしたり、努力していましたが、彼らの中でもおごりがあったことに気づいたようです。
人にはなかなか言えずにきたトラウマもこんな初めて会った人たちに話すことが出来てスッキリしたと言っていました。
夢を実現したらすごいんだ、言っているだけではまだまだ。
そういったことに新たな気づきがあったようです。

 

結局なんだかんだ話しながらあっという間に兵庫県まで着き、
一緒に夜ごはんを食べて愛知まで引き返しました。着いたのは夜中の3時。笑

 

きっと二度と会うことはないけれど、
彼らの中で変わるきっかけとなっていたら嬉しいなぁ。

そして夢を実現したいと思う気持ちを、諦めず、変わらないで叶えてほしいなぁと思います。

事実ヒッチハイク思い出No.1並(笑)の称号をいただきました!

夢っていいな~フレッシュな気分になるな~と思いながら、

自分の中でもとても大きな機会となりました。

これでも私も、この仕事をしたいと思ったのは
知らないけど面白い素敵な企業がたくさんあることを伝えたい!
と思ったからで、志をもち入社しました。

やはり営業なので、どうしても数字を追いかけるわけであって、日々の業務の中心はイベントに出展していただく企業様へアプローチする営業活動が中心です。契約にまで至らない泥くさいことも多くあります。
やはりその、「この企業に出会えてよかった!」「良い人が採用できた!」を聞くことはイベントの時などに限られています。
自分の中で、本当に、そのやりたい!と思ったことを、『人と企業の架け橋となる』ことを常に意識して仕事に取り組んでいたのか。

ハッとさせられました。

 

一緒にいた友人も命に関わる仕事をしていて、
強い思いや理想を持っているのに、日々の仕事に追われていた、
まだまだやれるよね、と話しながら帰りました。

 

さて、先日開催のエンジニアフェアでも、転職を考える方と企業様の良い出会いの場となったことを願い、
今後もそういう場に出来るよう邁進していきます!!

 

しばらく というかほとんど、社内行事などの報告ばかりでしたが、
今回は真面目ネタにしてみました!!!

 

 

 

「日展。絵を観る。」

こんにちは堀口です。立春も過ぎましたがまだまだ寒い日が続きます。

どうぞ、みなさん。お体ご自愛ください。

二週間前の土曜日に「日展 東海展」に伺いました。

東海展の名前のとおり、昨年の12月に京都をスタートし、

名古屋、大阪、福岡、金沢、青森会場の7/10までの全国巡回の大がかりなイベントです。

内容は、日本画、洋画、彫刻、工芸美術、書の5部門で約600作品の展示物が勢ぞろい。

場所は愛知県美術館ギャラリーで、2/14まで開催されてます。

 

日展 (1)

 

入場前。ブログ使用で、写真をお願い。

 

私に“絵心”はないのですが、絵を観ることは好きで毎年の恒例行事です。

受付の方の了解をとり、写真を一枚。ここまでは撮影OKであります。

まずは日本画のゾーンへ。

「春の兆し」 「rain」 「山里」 「喝采」 「マドレーヌの眼差」 ・・・・・・・・

絵の大きさ、何号とかいわれてますが、まず、その大きさに圧倒されます。

作者の方の想いが詰まった題目を確認し絵を“見つめる”のでした。

歩いていくと、銀の紙で、内閣総理大臣賞、中日賞と、表彰されてますね。

個人的には風景画が好きです。ひなびた港とか、工場、とか、そんな作品に心癒されるわけで。

題名「そばにいるよ」   この抽象画は???

相談員さんに、「この絵はどうみれば、よろしんでしょうか?」の愚問を。

「お客様の目でありのままを感じてください。」と。

回答は分かりましたが、この絵は解かりません。
日本画の部屋をでるころにはもう、いわゆる“ぐったり”状態です。

疲れたのです。普段に絵を観る習慣もないので、毎年、この症状となります。

ここからは、少し、力を抜いて、洋画のゾーンへ。

そこから、彫刻へ。木彫り、ブロンズ像が私を迎えてくれます。

書の部屋に入り、書を見ても、理解不能の文字が、笑。

高校時代にもう少し漢文の勉強をしておけばよかったな。ため息。

最後の部屋は工芸品。さすが、地元、陶磁器の出品が。瀬戸、多治見の作家さんのものも。

印象に残った作品と、この疲労感。

私の2月の恒例行事でした。2/14まで開催中。

ありのままを感じることが大事なのですね。

相談員さん。ありがとうございました。

ピカソ3

違う階ではピカソ展も開催中。芸術の1日でした。

変わらぬ良さ、変わる良さ

こんにちは。

先月、インフルエンザにかかってしまった大学担当の加藤(佐々木)です。

この冬のインフルエンザは、私以外にも、

ワクチン接種していてもかかった、という声をよく聞きますので

皆様もお気を付けください。

 

さてさて、私事ではありますが、

今週末に、地元四日市で挙式を予定しております。

親族だけのささやかな式、披露宴ではありますが、楽しみです。

 

1月に前撮りをしましたが、

夫の実家でつきたての美味しいお餠をモリモリ食べたせいで

超絶正月太りでの撮影でした。

見事な二重アゴに自分でもドン引きです。恐ろしい変化です。

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※写真は、11月末の衣装合わせの時の、まだ太っていない私
(できるだけキレイな姿を見せたい乙女心)

 

そして、生い立ちムービー用に、アルバムを見ていたら、

入社前、内定者だったころに名大社の社員旅行に連れて行ってもらった時の写真が出てきました!

テツさんをはじめ、今もいるメンバーたちの、まぁ若いこと若いこと・・・。

結婚式の準備の手を止めて、この10年に思いを馳せておりました。

 

この10年で、名大社もまるで違う会社かのように変わりました。

主な事業は変わっていませんが・・・

新しい商品が出て(、消えて)。

新しい人が入社して(、辞めて)。

古い体制から、今の体制へ。

オフィスも、栄から丸の内へ。

 

オフィスといえば、私が入社したころは、

小学校の職員室で使われているような、ねずみ色の机とイスでした。

イスの車輪が、動かすたびにキーキー言っていました。

それが、今のオフィスに移ってきて、なんと今風なオフィスなんだろう、

と引っ越ししてきたときに感動しました。

昔オフィスが入っていた中日ビル。

その7階の女子トイレでこっそり泣いたのも、今となっては良い思い出です。

 

そんな中でも変わらないこともあります。

私が入る前の、新聞広告代理店時代から培われた、「売り切る」という営業力。

そして、その営業力を支える、事務の人たちの力です。

新聞広告の代理店というバックボーンがあるからこそ、

今の名大社の、他の媒体さんとは違う独特の雰囲気があります。

 

もうひとつ、変わらない良さがあります。

先月仲間になった雪本からもそうですが、

うちの新卒採用の選考に参加してくれた学生さんたちからも

名大社は社員同士が仲が良いのが伝わってくる

という嬉しい言葉をいただきます。

それも、ずっと変わらない名大社の良さだなぁと

しんみりと思っている今日この頃でした。

内勤のユーティリティープレイヤー

こんにちは。水谷(女)です。

寒い日が続いたと思ったら、急に温かくなってみたり。
名大社内でも、風邪が流行っているようで・・・?!

そんな中、先日、親戚の結婚式に参列しました。

三重の桑名宗社(春日神社)で厳かに行われた神前式は参列した私たちも
身も心も引き締まる思いでいっぱいです。

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春を先取り。華やかな桜とピンポンマムが可愛い装花でした。

偶然にも、同じ日取りで1年前に私も結婚式を挙げました。
もう1年も経ったのかと振り返り、新郎新婦のお二人を見ていると
初々しさにかなり眩しさを感じてしまいました。

幸せのおすそ分け、バンバンいただいちゃおうと思います!(^○^)

「名大社と私」シリーズ2です。(シリーズ1は先月のブログです;笑)
今回も長いですが、お付き合いいただけましたら幸いです。

以前、山田さんのブログを読んだときに、
私にも「仕事においてのターニングポイントがあったんだろうか」と
考えを巡らせてみました。

うーん。と考えてみて、思い当たるのは
現、丸の内オフィスへの引っ越しでしょうか。

今のオフィスへの引っ越しについては、リーマンショックの影響そのものだったわけですが
当時、契約社員という立場であったため、引っ越しと同時に名大社を去ることになるんだろうと
思っていたので、「新オフィスに行くぞ!」と言われたときは、予想外の展開に
心躍らせたことを覚えています。

しかしながら、引っ越して間もなく、試練が待っていた気がします。

前オフィスの中日ビルでは小さな部屋で仕事をしていたので、
神谷さんと同室で仕事をしていた不破さん以外の人と特に関わらず過ごしていました。
営業さんの顔と名前なんて当然のように一致せず、丸の内に引っ越してきてから
覚えていたくらいです。

今のオフィスは営業さんも含めた全社員同じ部屋で仕事をしていますので、
引っ越しをしてきた当初は、違和感しかありませんでした。

環境が変わり、自分の周囲に明らかに人が増えたことで、周りから見た
自分の仕事に対しての「立ち位置」的なものと「人間関係を築かなくては」という焦りで
いろいろなことを必要以上に気にするようになっていきました。
携わる仕事の内容も濃いものになっていったこともあり、自分の仕事さえ
いろいろと見失っていき、今思えば”大迷走”していました。

このような事態に、どうしたら良いかも分からず、本当に落ち着かなかったですし、
些細なことで落ち込んで、様々な感情から泣きながら帰ったことも数え切れません。
居辛さというか、息苦しい感じで毎日を過ごしていました。

そんな迷走気味な自分が目指したのは「内勤のユーティリティープレイヤー」

ユーティリティープレイヤーとは、スポーツで言う複数のポジションに就ける選手を言います。
昔、プロ野球でジャイアンツに在籍していた時の木村拓也選手の話は特に有名で、
ケガで退場した選手の代わりに、通常の守備ポジションとは違う「キャッチャー」として
ミットを構えたという試合がありました。

それを、内勤業務でやってみようではないか。と。

ユーティリティープレイヤーを名乗ることも、恐れ多いのですが、
能力的に中途半端なことしかできない私にとって、その「中途半端」を生かさなければ
この場所に居れないのではないか。それが、自分で出した一つの答えでした。

 

幸い、大学では情報科の専攻でしたので、勉強したプログラムの知識は錆びていましたが、
ベースはありましたし、デザイン系のソフトもそれなりには使えました。
不破さん程のクオリティはないけれど、緊急事態に耐えれる対応は、できるのではないかと
勝手に思っていました。

エクセルとワードは使えるので、資料の作成には不自由しませんでした。
電話の受け答えも、入社以来、誰かにきちんと教えていただいたという訳でもなく
横の席で奮闘している小鹿さんや神谷さんの真似をすればと盗み聞きをして覚えました。

 

何も起きないことを祈りつつ、ピンチの局面を迎えるようなことがあれば
「水谷に振ってみろ」と言われたら、動くんだ。と心構えを持ちました。
もちろん、通常の業務をしつつ、「振られた仕事は、どんなショボいことでも何でもやる」と
沈み込んだモチベーションを無理矢理上げて毎日出社していました。

数年この感じで走ってみて、手応えがなかったら、会社を辞めよう。
そう思い、過ごした数年後、社内で一定の評価をいただいていたと伺ったときは
本当に飛び跳ねたくなるくらいに嬉しかったですし、
プライバシーマークの更新手続きの窓口として、前線に立たせてもらえたことと、
動き始めたばかりの人材紹介事業に微力ながら携われることになったことは貴重な経験でした。
(単純に暇そうにしているのが私だけという残念な現実もあったかもしれませんがwww)

 

昨年末の社員総会で「あなたが選ぶベスト内勤賞」という内勤向けに創設された表彰でも
受賞こそ逃したものの、山田さんから、社内で私に投票をしてくださった方々からの
コメントをまとめたものをいただいたとき、
「パソコンのことも、ソフトのことも、いろいろ知っていて、すごいと思う」等々、
数年前に選んだ自分の方向性が、時間をかけてちゃんと形になっていたことに感動し、
胸がいっぱいになって、帰りの電車の中で、一人こっそり泣いていました。今回は嬉し泣きです。

 

大変有難いことに、名大社は業績も良くなり、社員も増え、業務も開催するイベントも
特化型のものが増え、多様化しつつあります。
そういう意味で、「ユーティリティープレイヤー」という立場は役目を終えたと考えています。

「器用貧乏」とか「なんでも屋」とか、友人たちに揶揄されたことも多々ありました。
運が良く、周囲にこんな自分を評価してくださる人がいらっしゃったから良かった話でありましたが
会社の機動力に微力ながらなれていたのであれば、気持ちよく過去の自分に「頑張れたね」と
思うことができると思います。

ファミスタ

こんにちは!名大社の加藤賢治です。

前々回のブログで、ファイナルファイトを書いた所、臼井さんから「ファミスタをやろう」と言われたので、ファミスタについて書きたいと思います。

ファミスタとは、野球ゲームであり、子供の頃によく遊んだ名作ゲームです。

ファミスタ登場以前はファミコンにおける野球ゲームは任天堂の『ベースボール』があったのですが、選手・チームの個性がないことや守備が自動守備の為、守備時に野手をプレイヤーが操作できないことやデッドボールやフォークボールがないので、ファミスタは本格派野球ゲームとして楽しめるゲームです。

ファミスタの歴史を説明すると、1986年12月10日にナムコから発売されたファミコン用野球ゲームソフト「プロ野球ファミリースタジアム」が始まりです。

このプロ野球ファミリースタジアムでは、実名の選手名を使われていたのですが、「プロ野球ファミリースタジアム’88」から選手名を改名して使われるようになりました。

「桑田」→くわわ

「清原」→きよすく

「落合」→おみあい

「立浪」→たつまき

今見ると、非常に笑えてしまいます。ファミスタは二人での対戦ができるので、大人になっても楽しんで遊ぶことができます。

現在、野球ゲームは様々なゲームが発売させていますが、野球ゲームの元祖は「ファミスタ」です。

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日本人なら米を食え!

ついこの前、年が明けたと思っていたら、

早くも、もう2月に突入。

一月往ぬる二月逃げる三月去る(一月は行く、二月は逃げる、三月は去る。)

三月まではアッという間に過ぎてしまうとはホントによく言ったものだ。

うかうかしていたら、時のたつのはアッという間です。

時は大事にしなければ!

ところで、30日のサッカー・五輪最終予選決勝U23日本VS韓国、2-0からの大逆転勝利。

浅野すごい。最後まで絶対あきらめてはいけないんだ。元気もらいました。

 

さて、オッサン奥井の戯言で今回もお願いします。

今回は

1ケ月前になりますが、有馬温泉に行っての発見について

お話させていただきます。

 

久しぶりの温泉旅行とあって、ちょっぴり贅沢して、少しランク上の旅館を

選択し、いいお湯と美味しい料理を楽しみに、いざ出発。

 

旅館到着後、

チェックイン、チェックインの待ち時間に抹茶と和菓子でおもてなし、

仲居さんに部屋まで案内され、早速お湯に浸かりに、大浴場・露天風呂へ、

ザバァッー、グダッー、のんびり疲れを癒して、体の芯までポッカポッカに・・・

ボーッとする至福の時を過ごし、

後は、楽しみの夕食タイム。

美味しいものをたらふく、食った、飲んだ、食った、飲んだで、

もう腹いっぱい。(食い辛抱万歳!)

食って、飲んで、を愉しむ傍ら

夕食タイムで、サービスとはこうあるべきだなとちょっと感じたので、

お話させていただきます。

お世話をしてくれる仲居さんの、所作、サービスが気持ちよかったです。

日頃の環境から、非日常の世界に身をおいてゆっくりしたいと思って来ているお客様の

気持を大事にしたいというサービス。

極端に言えば、欲しいなと思っている時に、どこからともなくスッーと出される、

そんなサービス。

さりげなく、いかにも「サービスしていますよ」というのでなく、

サービスされていることにも、お客が気づかないで、何故か気持いいなと思え、自然体で

居られる場所・時間作りをしてくれている。

邪魔にならない、押しつけでない、何があっても、あくまでも主役はお客様ということが、徹底されている。

そんな付け足しのサービスでない、本当のおもてなしを受けたなと感じたのでした。

旅館の仲居さん教育はどうしているのだろうか?

マニュアルだけでは、気持ちいいサービスまでは到達できないだろう。

気持の持ち方、考え方が一人ひとりの中に染みついていかないと無理だなと

そんなことをちょっぴり考えた夕食のひとときでした。

 

そんな夕食で、最後に出てきたご飯が、美味しかったので紹介しておきます。

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『銀の朏(みかづき)』特別栽培米 いのちの壱 岐阜県飛騨 日本一連続受賞米

※有馬温泉に行って、なんで飛騨の米なの?ですが

売店に置いてあったので、思わず買ってきました。

大粒で美味しかったです。

下呂市の『龍の瞳』は知っていましたが、そんなお米もあるんだ。

『銀の朏』は初めて知りました。調べてみると、

どちらも『いのちの壱』という品種。

下呂のブランドが『龍の瞳』

飛騨・周辺中山間地域のブランドが2013年新米から販売『銀の朏』とのことでした。

つい先日、『銀の朏』を食べるという日帰りバスツアーまであるのを発見。

人気が高まってきています。

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※美味しいごはんは、やはり土鍋の炊き立てが一番かと・・・!

写真は美味しそうに見えないですが、美味しいですよ。

 

日本人なら米を食え!

よければ一度、試してみてください。

30になりました。

さようなら20代。初めまして30代。

今月18日に三十路を迎えさせていただきましたニムラです。

脂の乗った世代です。これから大人のフェロモンがムンムン出てきます。
近隣の方々はお気を付けください。

ふと、世の偉人は30歳の頃に何をしていたのか気になって調べてみました。

【スティーブ・ジョブズ】

ジョブズ1

(http://gigazine.net/より)

名誉職以外の仕事を全て外される。
その後Appleを退社。アニメーション映画で有名なピクサーを立ち上げる。

 

【中田英寿】

http://www.soccer-king.jp/より

(http://www.soccer-king.jp/より)

ドイツW杯を最後に現役を引退。
日本サッカー界を牽引してきた男がピッチを去り新たな「旅」に。

 

【つんく♂】

CDジャケット写真

(CDジャケット写真)

作詞作曲を手がけた『LOVEマシーン』が
モーニング娘。初のミリオン達成。

 

【Mr.Children(櫻井さん)】

ミスチル
名曲「終わりなき旅」をリリース。
ミスチル黄金期(現在でも輝きまくりです!!)に突入。

 

こうしてみると30歳が飛躍する1つの転機になっているようです。(強引かな?)
前回のブログで就活生時代から入社3年目までの振り返りをさせていただきました。
好評にお応えして今回は入社4年目から30歳となった入社8年目までを一気に振り返りたいと思います。

 

2011年:4年目(25歳)~ 2015年:8年目(29歳)

リーマンショックの影響で採用を手控えていた反動から、
少しずつ採用を考える企業さんが増えてきました。
自社のイベントも出展いただく企業数がようやくリーマン前の水準に回復していきます。

3年目のジンクスを乗り越えた自分もすでに4年目。
後輩にT君(宴会部長)も入社してきたりで名大社も活気づいてきました。

この頃、新たに転職フェアからのスピンオフ企画である『エンジニアフェア』の立案から実施まで
携わらせていただくことで、イベント実施にかかる経費の感覚や必要な段取りなど
これまでに無かった「つくる」意識を学ぶことができたのは大きかったです。
そして5年目。念願の初めての部下。
孤独を感じることもあった営業のシゴトで、ともに汗を流すバディを手にしたのも束の間、
2カ月ほどで別れの時はやってきました。
様々な理由はあったものの、「もっとこうしてやれなかったのか…。」と
自分の無力さを痛いくらいに感じていました。

「自分に部下をつけてくれ!」
なんて吠えておいて、結果的にシゴトの楽しさすら伝えられずに終わってしまったこと。
もう当分、自分には部下はつかないだろう…そう思うこともありました。

しかし翌年、1名の新卒が再び自分のバディになることに。
正直言って驚きました。
名大社のように小規模の会社にとって1人の存在はとてつもなくデカい。
そんな大事な財産を再び自分に任せていただけるとは。
今度こそシゴトの楽しさを伝えていこうと決意しました。
8年目には新たな仲間が加わり、2名の部下を任していただくことになりました。
3角関係は社会的に褒められる状況ではありませんが、
上司ー先輩ー後輩のトライアングルはチーム構成上すごく良いことが多いように感じています。
後輩が直近の先輩を刺激し、その先輩も上司を突き上げる。
上司は緊張感を持ってそのチームをまとめる。
同じ目標を達成できたときは一緒になって楽しむ!
なんてサイクルが回りだしたチームは強いと実感することができました。

オゼキ&ナベ(画質荒いけど勘弁!)

オゼキ&ナベ(画質荒いけど勘弁!)

 

ここ最近は社外との交流の機会も増えています。
どちらかというと自分も含め内弁慶気質の強い名大社の社員ですが、
パートナー会社のパフさんをはじめとしたFネットの企業のみなさん、
名古屋で一緒にイベントを開催させていただくディスコさん、
求職者とのよりよいマッチングを探求する同志であるG-netさんetc…

合同懇親会(もっとマシな写真ないんかい!)

合同懇親会(もっとマシな写真ないんかい!)

 

仕事の幅が広がる中で、繋がりの輪も広がっていく。
これから更にシゴトが楽しくなるような予感がしてきました。

 

 

30の記念に一生モノの時計を購入しました。
時計マニアの奥ちゃんのお勧めもあってコイツに決めました。

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(4件はしごして最後に伺ったコメ兵さんにて!丁寧な対応に感謝でした(^^♪)
30代が人生の中で最も濃密な時間だったと振り返られるように気張っていきます。

これからも宜しくお願いいたします。

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究極のもてなしを学ぶ

 

こんにちは。水谷です。

 

一昨日は、この冬2度目の雪。

西日本とは違い、大した積雪はなりませんでした。

通勤途中、会社近くの歩道橋で某TV局の腕章をつけた方がレポートしていました。

雪が降るたびに、イベント当日でなくてよかった。といつも思うのであります。

 

25日の最低気温が氷点下4.8度。寒かった。

北海道では、氷点下31.8度を観測した地点があったとニュースで知りました。

昔、バナナで釘を打つモービルのCMを思い出しました。

 

25日の夜も寒かったので、早めに帰宅し、見た番組がこれ。

プロフェッショナル 仕事の流儀。

久しぶりに見たのですが、毎回学ぶべき点が多い番組です。

 

今回は、京都の日本料理人の方による「もてなしを究める」という内容です。

ミシュラン3つ星を7年で6回も獲得された方を取り上げています。

とにかくこだわりが凄い。

 

お客を迎えるのは1日1回。席はカウンター14席のみ。

お客1人1人をもてなす限界が14席というこだわり。

 

料理は35000円のコースのみ。

そこで即座に電卓で計算してしまうのは、私が下衆だからでしょうか?

原価率はいくらなのかなどと余計な想像をしてしまいました。

 

まずは、食材の仕入れから。

通常は入れない店奥の下し場へも入って食材を見極める。

その一方で、一般のスーパーにも出向く。

自分の目で見て、実際に触れて、納得したものだけを仕入れるこだわり。

その為に、仕入れは弟子に任せず自ら行っている。

 

仕込みにもこだわりが。特に刺身の仕込み。

イカに包丁で切れ目を入れていく様子が流れたが、わずか1ミリ以下だという。

マグロの刺身では、血管の筋を一つ一つ丁寧に抜いている。

食感だけでなく、見た目でもおいしさを感じてもらうためのこだわり。

 

見えないところで手を抜くのは、お客にはわからないが、それをするのは意味がないという。

自分の生き方、流儀に反する。

それが料理に出るというこだわり。

 

店のしつらえにもこだわりが。

調理の技術だけでなく掛け軸や四季の草花、器にまで及ぶ。

時間を見つけては、骨とう品展や展覧会へ出向いて知識を高める。

直接の技術だけでなく、店全体をプロデュースしているということなのでしょうか?

 

料理を提供し、お客に喜んでもらうために究極のもてなしをする。

その目的のために徹底的にこだわる。

しかし当人とっては当たり前のことを当たり前に行っているだけ。

番組をみて私はそう感じた。

但し、そのレベルが際立っいると思う。

 

超一流のもてなしを見て、私の仕事にどう生かすのかは、すぐには思い浮かべることはできなかったが、

完璧に近づける姿勢は見習わなくてはならない。

必要なこだわりを持つことが大事だと感じた。

 

マスカレード・ホテル

こんにちは、神谷です。

1月も終盤ですが、今年最初のブログということで、
本年もよろしくお願いいたします!

この冬は暖冬だと気を緩めていたところに、10年に一度と言われる寒波到来。
寒さが一段と身に染みますね。
体調管理にも気を付けたいところです。

さて、昨日の重野さんのブログに「10年目…」とありましたが、
私も入社して10年になります。
(私は中途入社ですが、重野さん・さやかさんと同期です!)

これまで、ナビの開発から、個人情報のこと、人材紹介、営業管理システム などなど、
本当にいろんな業務に携わってきたのですが・・・

恥ずかしながら、自分がどんな仕事をしているのか、
未だに人にうまく説明できない自分がいます。
業務内容を一つ一つ述べてみても断片的な感じがしますし、
自分の言葉で伝えられていないなあ~と、もどかしさを感じることもしはしばです。

そんな中、年末年始のお休み中に読んだ小説がとても心に響いたので、
ちょっとご紹介したいと思います。

東野圭吾『マスカレード・ホテル』(集英社文庫)

160126

人気作品のようなので、読んだことのある方も多いかもしれません。
シティホテルを舞台に、若手刑事がホテルマンに扮して事件解決に挑む…
というミステリー小説です。
ストーリー展開もなかなか面白くて引き込まれるものでしたが、
詳しい内容についてはここでは触れないでおきます。

それよりも私がここで取り上げたいのは、主人公であるフロントクラークの女性のこと。
彼女のホテルマンという仕事に対するプロ意識と、徹底したホスピタリティ精神が見事に描かれていて、
それがとても印象的でした。

ホテルマンとしての彼女の信念は、
『ホテルにおいてはお客様がルールブックであり、ホテルマンはそのルールに従わなければならない』
というもの。

「お客様が全員好き勝手なことを言い出したら、収拾がつかないじゃないか」
小説の中でこんな問いを受けた彼女は、こう答えます。
『それを何とかするのが私たちの仕事です。すべてのお客様が上品で理性的で辛抱強いとしたら、ホテルマンほど楽な仕事はありません』

自分の仕事をこんな風に言い切れるところがすごいです!!

そしてこの言葉通り、宿泊客の理不尽で我がままな要求にも、
彼女は真摯に向き合い応えようとします。
そこでの判断力や機転の利かせ方がまた絶妙で・・・
終始、感心しきりでした。

とはいえ、全て小説の世界の話。
いくらでも美化できるじゃないか、そんな声もあるかもしれません。

ですが、自分の信念から決してぶれることのない姿勢には素直に引きつけられましたし、
プロ意識ってこういうことだな、と強く感じさせられました。

そして読み終えた後、改めて心に残ったのが、
「お客様の我がままをなんとかするのが私たちの仕事」という一言。
ホテルマンという仕事の意義や誇り、喜び、行動指針・・・
こうしたことが、この言葉に凝縮されていたように思います。

こんな文脈で自分の仕事を定義できたとしたら、
冒頭で述べたようなもどかしさは、解消されるのかもしれません。
10年目。そろそろ「○○が私の仕事です!」と、自分の納得できる言葉で表現できるようにならなければ!
と思うところです。
なかなか難しいですが・・・

何気なく手に取った本でしたが、思いがけず深く考えさせられた一冊となりました。