名大社 スタッフブログ

内勤のユーティリティープレイヤー

こんにちは。水谷(女)です。

寒い日が続いたと思ったら、急に温かくなってみたり。
名大社内でも、風邪が流行っているようで・・・?!

そんな中、先日、親戚の結婚式に参列しました。

三重の桑名宗社(春日神社)で厳かに行われた神前式は参列した私たちも
身も心も引き締まる思いでいっぱいです。

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春を先取り。華やかな桜とピンポンマムが可愛い装花でした。

偶然にも、同じ日取りで1年前に私も結婚式を挙げました。
もう1年も経ったのかと振り返り、新郎新婦のお二人を見ていると
初々しさにかなり眩しさを感じてしまいました。

幸せのおすそ分け、バンバンいただいちゃおうと思います!(^○^)

☆

「名大社と私」シリーズ2です。(シリーズ1は先月のブログです;笑)
今回も長いですが、お付き合いいただけましたら幸いです。

以前、山田さんのブログを読んだときに、
私にも「仕事においてのターニングポイントがあったんだろうか」と
考えを巡らせてみました。

うーん。と考えてみて、思い当たるのは
現、丸の内オフィスへの引っ越しでしょうか。

今のオフィスへの引っ越しについては、リーマンショックの影響そのものだったわけですが
当時、契約社員という立場であったため、引っ越しと同時に名大社を去ることになるんだろうと
思っていたので、「新オフィスに行くぞ!」と言われたときは、予想外の展開に
心躍らせたことを覚えています。

しかしながら、引っ越して間もなく、試練が待っていた気がします。

前オフィスの中日ビルでは小さな部屋で仕事をしていたので、
神谷さんと同室で仕事をしていた不破さん以外の人と特に関わらず過ごしていました。
営業さんの顔と名前なんて当然のように一致せず、丸の内に引っ越してきてから
覚えていたくらいです。

今のオフィスは営業さんも含めた全社員同じ部屋で仕事をしていますので、
引っ越しをしてきた当初は、違和感しかありませんでした。

環境が変わり、自分の周囲に明らかに人が増えたことで、周りから見た
自分の仕事に対しての「立ち位置」的なものと「人間関係を築かなくては」という焦りで
いろいろなことを必要以上に気にするようになっていきました。
携わる仕事の内容も濃いものになっていったこともあり、自分の仕事さえ
いろいろと見失っていき、今思えば”大迷走”していました。

このような事態に、どうしたら良いかも分からず、本当に落ち着かなかったですし、
些細なことで落ち込んで、様々な感情から泣きながら帰ったことも数え切れません。
居辛さというか、息苦しい感じで毎日を過ごしていました。

そんな迷走気味な自分が目指したのは「内勤のユーティリティープレイヤー」

ユーティリティープレイヤーとは、スポーツで言う複数のポジションに就ける選手を言います。
昔、プロ野球でジャイアンツに在籍していた時の木村拓也選手の話は特に有名で、
ケガで退場した選手の代わりに、通常の守備ポジションとは違う「キャッチャー」として
ミットを構えたという試合がありました。

それを、内勤業務でやってみようではないか。と。

ユーティリティープレイヤーを名乗ることも、恐れ多いのですが、
能力的に中途半端なことしかできない私にとって、その「中途半端」を生かさなければ
この場所に居れないのではないか。それが、自分で出した一つの答えでした。

 

幸い、大学では情報科の専攻でしたので、勉強したプログラムの知識は錆びていましたが、
ベースはありましたし、デザイン系のソフトもそれなりには使えました。
不破さん程のクオリティはないけれど、緊急事態に耐えれる対応は、できるのではないかと
勝手に思っていました。

エクセルとワードは使えるので、資料の作成には不自由しませんでした。
電話の受け答えも、入社以来、誰かにきちんと教えていただいたという訳でもなく
横の席で奮闘している小鹿さんや神谷さんの真似をすればと盗み聞きをして覚えました。

 

何も起きないことを祈りつつ、ピンチの局面を迎えるようなことがあれば
「水谷に振ってみろ」と言われたら、動くんだ。と心構えを持ちました。
もちろん、通常の業務をしつつ、「振られた仕事は、どんなショボいことでも何でもやる」と
沈み込んだモチベーションを無理矢理上げて毎日出社していました。

数年この感じで走ってみて、手応えがなかったら、会社を辞めよう。
そう思い、過ごした数年後、社内で一定の評価をいただいていたと伺ったときは
本当に飛び跳ねたくなるくらいに嬉しかったですし、
プライバシーマークの更新手続きの窓口として、前線に立たせてもらえたことと、
動き始めたばかりの人材紹介事業に微力ながら携われることになったことは貴重な経験でした。
(単純に暇そうにしているのが私だけという残念な現実もあったかもしれませんがwww)

 

昨年末の社員総会で「あなたが選ぶベスト内勤賞」という内勤向けに創設された表彰でも
受賞こそ逃したものの、山田さんから、社内で私に投票をしてくださった方々からの
コメントをまとめたものをいただいたとき、
「パソコンのことも、ソフトのことも、いろいろ知っていて、すごいと思う」等々、
数年前に選んだ自分の方向性が、時間をかけてちゃんと形になっていたことに感動し、
胸がいっぱいになって、帰りの電車の中で、一人こっそり泣いていました。今回は嬉し泣きです。

 

大変有難いことに、名大社は業績も良くなり、社員も増え、業務も開催するイベントも
特化型のものが増え、多様化しつつあります。
そういう意味で、「ユーティリティープレイヤー」という立場は役目を終えたと考えています。

「器用貧乏」とか「なんでも屋」とか、友人たちに揶揄されたことも多々ありました。
運が良く、周囲にこんな自分を評価してくださる人がいらっしゃったから良かった話でありましたが
会社の機動力に微力ながらなれていたのであれば、気持ちよく過去の自分に「頑張れたね」と
思うことができると思います。

ファミスタ

こんにちは!名大社の加藤賢治です。

前々回のブログで、ファイナルファイトを書いた所、臼井さんから「ファミスタをやろう」と言われたので、ファミスタについて書きたいと思います。

ファミスタとは、野球ゲームであり、子供の頃によく遊んだ名作ゲームです。

ファミスタ登場以前はファミコンにおける野球ゲームは任天堂の『ベースボール』があったのですが、選手・チームの個性がないことや守備が自動守備の為、守備時に野手をプレイヤーが操作できないことやデッドボールやフォークボールがないので、ファミスタは本格派野球ゲームとして楽しめるゲームです。

ファミスタの歴史を説明すると、1986年12月10日にナムコから発売されたファミコン用野球ゲームソフト「プロ野球ファミリースタジアム」が始まりです。

このプロ野球ファミリースタジアムでは、実名の選手名を使われていたのですが、「プロ野球ファミリースタジアム’88」から選手名を改名して使われるようになりました。

「桑田」→くわわ

「清原」→きよすく

「落合」→おみあい

「立浪」→たつまき

今見ると、非常に笑えてしまいます。ファミスタは二人での対戦ができるので、大人になっても楽しんで遊ぶことができます。

現在、野球ゲームは様々なゲームが発売させていますが、野球ゲームの元祖は「ファミスタ」です。

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美味しい浜松旅

こんにちは、小鹿です。
もう2月ではありますが、私にとっては新年初ブログということで、
皆様今年もよろしくお願い致します。

さて、先週のお休みを利用して、タイトルどおり浜松に行ってきました!
私、浜松大好きです!

なぜなら・・・食べ物がおいしいから!
というわけで、今回は浜松グルメブログとさせていただきます。

この日最初に訪れたのは、ハンバーグレストラン「さわやか」です。
(小雨だったので、車の中から看板だけ撮ってみました。不精ですいません。)
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静岡県にのみ展開しているチェーン店ですが、
有名なので行かれたことがある方も多いのではないでしょうか。
11時半に到着すると既に10組以上の行列が。
30分ほど待って入店です。

注文したのはもちろん、看板商品のげんこつハンバーグです。
うまー
家の近所にあったらいいのに!といつも思うのですが、
静岡に行かないと食べれないからこその良さがあるんでしょうね(^^)

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次のグルメは、「浜松ぎょうざ」!
私の中の定義では、円形に並んだ餃子の中心にもやしが乗っているのが
「浜松ぎょうざ」だと勝手に解釈しています。
違っていたらごめんなさい。

特にお店を調べてなかったので、行き当たりばったりで良さげなお店に入店。
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うまー
一緒に頼んだ豚ニラ丼もうまー
がっつり系を注文すると、運ばれてきたときに
私じゃなくて夫の目の前に置かれてしまうのが悩みです。

そして本日の締めは、大好きな治一郎のバームクーヘンを
自宅用に買って帰りました。
貧乏な新婚夫婦には、やや高級品だったので壮絶な議論の末、購入。
帰宅後のおやつとして頂きました\(^o^)/

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うまー

今回は中身のない(いつもだけど)食いしん坊ブログになってしまいましたが、
皆様が少しでも浜松行きたい!と思って頂ければ幸いです(笑)

次は仙台に牛タンを食べに行く計画を検討中です。
他にもおすすめグルメスポットがあれば、情報提供お待ちしております。

日本人なら米を食え!

ついこの前、年が明けたと思っていたら、

早くも、もう2月に突入。

一月往ぬる二月逃げる三月去る(一月は行く、二月は逃げる、三月は去る。)

三月まではアッという間に過ぎてしまうとはホントによく言ったものだ。

うかうかしていたら、時のたつのはアッという間です。

時は大事にしなければ!

ところで、30日のサッカー・五輪最終予選決勝U23日本VS韓国、2-0からの大逆転勝利。

浅野すごい。最後まで絶対あきらめてはいけないんだ。元気もらいました。

 

さて、オッサン奥井の戯言で今回もお願いします。

今回は

1ケ月前になりますが、有馬温泉に行っての発見について

お話させていただきます。

 

久しぶりの温泉旅行とあって、ちょっぴり贅沢して、少しランク上の旅館を

選択し、いいお湯と美味しい料理を楽しみに、いざ出発。

 

旅館到着後、

チェックイン、チェックインの待ち時間に抹茶と和菓子でおもてなし、

仲居さんに部屋まで案内され、早速お湯に浸かりに、大浴場・露天風呂へ、

ザバァッー、グダッー、のんびり疲れを癒して、体の芯までポッカポッカに・・・

ボーッとする至福の時を過ごし、

後は、楽しみの夕食タイム。

美味しいものをたらふく、食った、飲んだ、食った、飲んだで、

もう腹いっぱい。(食い辛抱万歳!)

食って、飲んで、を愉しむ傍ら

夕食タイムで、サービスとはこうあるべきだなとちょっと感じたので、

お話させていただきます。

お世話をしてくれる仲居さんの、所作、サービスが気持ちよかったです。

日頃の環境から、非日常の世界に身をおいてゆっくりしたいと思って来ているお客様の

気持を大事にしたいというサービス。

極端に言えば、欲しいなと思っている時に、どこからともなくスッーと出される、

そんなサービス。

さりげなく、いかにも「サービスしていますよ」というのでなく、

サービスされていることにも、お客が気づかないで、何故か気持いいなと思え、自然体で

居られる場所・時間作りをしてくれている。

邪魔にならない、押しつけでない、何があっても、あくまでも主役はお客様ということが、徹底されている。

そんな付け足しのサービスでない、本当のおもてなしを受けたなと感じたのでした。

旅館の仲居さん教育はどうしているのだろうか?

マニュアルだけでは、気持ちいいサービスまでは到達できないだろう。

気持の持ち方、考え方が一人ひとりの中に染みついていかないと無理だなと

そんなことをちょっぴり考えた夕食のひとときでした。

 

そんな夕食で、最後に出てきたご飯が、美味しかったので紹介しておきます。

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『銀の朏(みかづき)』特別栽培米 いのちの壱 岐阜県飛騨 日本一連続受賞米

※有馬温泉に行って、なんで飛騨の米なの?ですが

売店に置いてあったので、思わず買ってきました。

大粒で美味しかったです。

下呂市の『龍の瞳』は知っていましたが、そんなお米もあるんだ。

『銀の朏』は初めて知りました。調べてみると、

どちらも『いのちの壱』という品種。

下呂のブランドが『龍の瞳』。

飛騨・周辺中山間地域のブランドが2013年新米から販売『銀の朏』とのことでした。

つい先日、『銀の朏』を食べるという日帰りバスツアーまであるのを発見。

人気が高まってきています。

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※美味しいごはんは、やはり土鍋の炊き立てが一番かと・・・!

写真は美味しそうに見えないですが、美味しいですよ。

 

日本人なら米を食え!

よければ一度、試してみてください。

中学受験をしたこと

年が明けてようやく冬らしくなってきましたね!
こんにちは、不破です。
1月になると毎年流れるセンター試験のニュースを横目に、自分自身の受験を思い出します。
と言っても、センター試験を受けた経験はなく…。
わたしの受験、それはむかしむかし、小学生の時、少し雪の降る2月1日のことでした。

中学受験は母の方針で、子供なので基本的には親に言われるまま。
でも、毎日塾に行くのも「そういうものだ」と思っていて、その方針に不満を持ったことはなかったです。
いわゆる「お受験」というとあまり明るいイメージは無いみたいですが、
当事者的にはそんなこともなく、塾通いの日々もそれなりに楽しかった記憶があります。

むしろ、小学生当時から何も考えず何の根拠もなく、「私、将来ここに行くんだ!」と、
志望校から一貫の大学の校舎を見て思っていたので、やる気はあったようです。
成績によってクラス分けされている塾で、幸か不幸か上位クラスに居たために、
自分の志望校が滑り止めのような扱いをされていることに、もやもやはしていましたが…w

今振り返ってみても、あの時中学受験をしておいてよかったと思っています。
英語がひどく苦手でかつ嫌いだったので、試験科目に英語が無いうちに
全ての入試から逃れられてよかった…!という消極的な思いもありつつw

中高大一貫校だったのでお世話になる期間が長かったせいか、卒業後に先生と交流する機会も多く、
大人になってから社会人としてお話をして改めて「学校の先生」の熱い思いに気づかされたり、
「先生も案外普通の人」だってことを感じたりできるのは貴重な経験だと思っています。

途中で受験を経験していたら、部活でハマったことも続けられなかったかもしれないし。
そもそも別の学校に行っていたら能楽にはまる事は無かったと思うけど…。

しかし、中学受験を終えてから10年間、試験も何にもなーい♪(定期試験はあります!)状態で
のんびりのほほーんと過ごしていたため、
就職活動を始めた時はかなりの焦りを感じ、初めて挫折も経験しました。
それまで挫折するかもしれない機会すらなかったですし…。

グループワークなんかで他大学の子と自分を比べてしまい、
自分が狭い世界しか知らない、超世間知らずなことに情けなくなる事も多かったです。

でも、その反面、他人が受験勉強に追われている間もずっと長く打ち込んできた事や、
得てきた知識、経験もあるはずだと思いました。
自分の場合は能楽と、リーダーとして弱小部活を切り盛りしていた事、それを続けている事。

あと、これは今になって思うんですが、中高生の頃から、自分のホームページを作ろうと
パソコンをいじり倒していたのは、文字にすると非常にヲタクくさくて残念な感じですが、
割と今に生かされていると思っています。
受験勉強に追われていたら、そういう一見無駄な事に時間を費やしていられなかったかもしれません。

ずっと顔ぶれの変わらない狭いけど深い友達の存在もありがたかったです。
今更、見栄を張ったりすることも無くなんでも相談できました。

行く先々で出会う先輩の存在も心強かったです。
面識は無くとも長くて10年間同じ環境で成長してしまった!という共通点は、
大きな安心感に繋がるような気がします。

…というわけで、
もし、同じような境遇の就活を控えた学生さんが居たら、
小学校6年生以来久しぶりにやってくる「不合格」になるかも
「落ちるかも」…という不安とプレッシャーは大きいかもしれませんが、
その反面きっと武器になることもあるはずです!
自信を持って就活を進めてくださいね!

…と、語ってはみたものの、のんびりぼけぼけと過ごしすぎたのが自分だけだったら恥ずかしいなあ…
と不安になりながら、終わります。

 

載せる写真がなかったので、母校(中学)のすぐ近くで食べられる美味しいパンケーキを載せておきます。
当時は無かった!

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30になりました。

さようなら20代。初めまして30代。

今月18日に三十路を迎えさせていただきましたニムラです。

脂の乗った世代です。これから大人のフェロモンがムンムン出てきます。
近隣の方々はお気を付けください。

ふと、世の偉人は30歳の頃に何をしていたのか気になって調べてみました。

【スティーブ・ジョブズ】

ジョブズ1

(http://gigazine.net/より)

名誉職以外の仕事を全て外される。
その後Appleを退社。アニメーション映画で有名なピクサーを立ち上げる。

 

【中田英寿】

http://www.soccer-king.jp/より

(http://www.soccer-king.jp/より)

ドイツW杯を最後に現役を引退。
日本サッカー界を牽引してきた男がピッチを去り新たな「旅」に。

 

【つんく♂】

CDジャケット写真

(CDジャケット写真)

作詞作曲を手がけた『LOVEマシーン』が
モーニング娘。初のミリオン達成。

 

【Mr.Children(櫻井さん)】

ミスチル
名曲「終わりなき旅」をリリース。
ミスチル黄金期(現在でも輝きまくりです!!)に突入。

 

こうしてみると30歳が飛躍する1つの転機になっているようです。(強引かな?)
前回のブログで就活生時代から入社3年目までの振り返りをさせていただきました。
好評にお応えして今回は入社4年目から30歳となった入社8年目までを一気に振り返りたいと思います。

 

2011年:4年目(25歳)~ 2015年:8年目(29歳)

リーマンショックの影響で採用を手控えていた反動から、
少しずつ採用を考える企業さんが増えてきました。
自社のイベントも出展いただく企業数がようやくリーマン前の水準に回復していきます。

3年目のジンクスを乗り越えた自分もすでに4年目。
後輩にT君(宴会部長)も入社してきたりで名大社も活気づいてきました。

この頃、新たに転職フェアからのスピンオフ企画である『エンジニアフェア』の立案から実施まで
携わらせていただくことで、イベント実施にかかる経費の感覚や必要な段取りなど
これまでに無かった「つくる」意識を学ぶことができたのは大きかったです。
そして5年目。念願の初めての部下。
孤独を感じることもあった営業のシゴトで、ともに汗を流すバディを手にしたのも束の間、
2カ月ほどで別れの時はやってきました。
様々な理由はあったものの、「もっとこうしてやれなかったのか…。」と
自分の無力さを痛いくらいに感じていました。

「自分に部下をつけてくれ!」
なんて吠えておいて、結果的にシゴトの楽しさすら伝えられずに終わってしまったこと。
もう当分、自分には部下はつかないだろう…そう思うこともありました。

しかし翌年、1名の新卒が再び自分のバディになることに。
正直言って驚きました。
名大社のように小規模の会社にとって1人の存在はとてつもなくデカい。
そんな大事な財産を再び自分に任せていただけるとは。
今度こそシゴトの楽しさを伝えていこうと決意しました。
8年目には新たな仲間が加わり、2名の部下を任していただくことになりました。
3角関係は社会的に褒められる状況ではありませんが、
上司ー先輩ー後輩のトライアングルはチーム構成上すごく良いことが多いように感じています。
後輩が直近の先輩を刺激し、その先輩も上司を突き上げる。
上司は緊張感を持ってそのチームをまとめる。
同じ目標を達成できたときは一緒になって楽しむ!
なんてサイクルが回りだしたチームは強いと実感することができました。

オゼキ&ナベ(画質荒いけど勘弁!)

オゼキ&ナベ(画質荒いけど勘弁!)

 

ここ最近は社外との交流の機会も増えています。
どちらかというと自分も含め内弁慶気質の強い名大社の社員ですが、
パートナー会社のパフさんをはじめとしたFネットの企業のみなさん、
名古屋で一緒にイベントを開催させていただくディスコさん、
求職者とのよりよいマッチングを探求する同志であるG-netさんetc…

合同懇親会(もっとマシな写真ないんかい!)

合同懇親会(もっとマシな写真ないんかい!)

 

仕事の幅が広がる中で、繋がりの輪も広がっていく。
これから更にシゴトが楽しくなるような予感がしてきました。

 

 

30の記念に一生モノの時計を購入しました。
時計マニアの奥ちゃんのお勧めもあってコイツに決めました。

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(4件はしごして最後に伺ったコメ兵さんにて!丁寧な対応に感謝でした(^^♪)
30代が人生の中で最も濃密な時間だったと振り返られるように気張っていきます。

これからも宜しくお願いいたします。

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究極のもてなしを学ぶ

 

こんにちは。水谷です。

 

一昨日は、この冬2度目の雪。

西日本とは違い、大した積雪はなりませんでした。

通勤途中、会社近くの歩道橋で某TV局の腕章をつけた方がレポートしていました。

雪が降るたびに、イベント当日でなくてよかった。といつも思うのであります。

 

25日の最低気温が氷点下4.8度。寒かった。

北海道では、氷点下31.8度を観測した地点があったとニュースで知りました。

昔、バナナで釘を打つモービルのCMを思い出しました。

 

25日の夜も寒かったので、早めに帰宅し、見た番組がこれ。

プロフェッショナル 仕事の流儀。

久しぶりに見たのですが、毎回学ぶべき点が多い番組です。

 

今回は、京都の日本料理人の方による「もてなしを究める」という内容です。

ミシュラン3つ星を7年で6回も獲得された方を取り上げています。

とにかくこだわりが凄い。

 

お客を迎えるのは1日1回。席はカウンター14席のみ。

お客1人1人をもてなす限界が14席というこだわり。

 

料理は35000円のコースのみ。

そこで即座に電卓で計算してしまうのは、私が下衆だからでしょうか?

原価率はいくらなのかなどと余計な想像をしてしまいました。

 

まずは、食材の仕入れから。

通常は入れない店奥の下し場へも入って食材を見極める。

その一方で、一般のスーパーにも出向く。

自分の目で見て、実際に触れて、納得したものだけを仕入れるこだわり。

その為に、仕入れは弟子に任せず自ら行っている。

 

仕込みにもこだわりが。特に刺身の仕込み。

イカに包丁で切れ目を入れていく様子が流れたが、わずか1ミリ以下だという。

マグロの刺身では、血管の筋を一つ一つ丁寧に抜いている。

食感だけでなく、見た目でもおいしさを感じてもらうためのこだわり。

 

見えないところで手を抜くのは、お客にはわからないが、それをするのは意味がないという。

自分の生き方、流儀に反する。

それが料理に出るというこだわり。

 

店のしつらえにもこだわりが。

調理の技術だけでなく掛け軸や四季の草花、器にまで及ぶ。

時間を見つけては、骨とう品展や展覧会へ出向いて知識を高める。

直接の技術だけでなく、店全体をプロデュースしているということなのでしょうか?

 

料理を提供し、お客に喜んでもらうために究極のもてなしをする。

その目的のために徹底的にこだわる。

しかし当人とっては当たり前のことを当たり前に行っているだけ。

番組をみて私はそう感じた。

但し、そのレベルが際立っいると思う。

 

超一流のもてなしを見て、私の仕事にどう生かすのかは、すぐには思い浮かべることはできなかったが、

完璧に近づける姿勢は見習わなくてはならない。

必要なこだわりを持つことが大事だと感じた。

 

マスカレード・ホテル

こんにちは、神谷です。

1月も終盤ですが、今年最初のブログということで、
本年もよろしくお願いいたします!

この冬は暖冬だと気を緩めていたところに、10年に一度と言われる寒波到来。
寒さが一段と身に染みますね。
体調管理にも気を付けたいところです。

さて、昨日の重野さんのブログに「10年目…」とありましたが、
私も入社して10年になります。
(私は中途入社ですが、重野さん・さやかさんと同期です!)

これまで、ナビの開発から、個人情報のこと、人材紹介、営業管理システム などなど、
本当にいろんな業務に携わってきたのですが・・・

恥ずかしながら、自分がどんな仕事をしているのか、
未だに人にうまく説明できない自分がいます。
業務内容を一つ一つ述べてみても断片的な感じがしますし、
自分の言葉で伝えられていないなあ~と、もどかしさを感じることもしはしばです。

そんな中、年末年始のお休み中に読んだ小説がとても心に響いたので、
ちょっとご紹介したいと思います。

東野圭吾『マスカレード・ホテル』(集英社文庫)

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人気作品のようなので、読んだことのある方も多いかもしれません。
シティホテルを舞台に、若手刑事がホテルマンに扮して事件解決に挑む…
というミステリー小説です。
ストーリー展開もなかなか面白くて引き込まれるものでしたが、
詳しい内容についてはここでは触れないでおきます。

それよりも私がここで取り上げたいのは、主人公であるフロントクラークの女性のこと。
彼女のホテルマンという仕事に対するプロ意識と、徹底したホスピタリティ精神が見事に描かれていて、
それがとても印象的でした。

ホテルマンとしての彼女の信念は、
『ホテルにおいてはお客様がルールブックであり、ホテルマンはそのルールに従わなければならない』
というもの。

「お客様が全員好き勝手なことを言い出したら、収拾がつかないじゃないか」
小説の中でこんな問いを受けた彼女は、こう答えます。
『それを何とかするのが私たちの仕事です。すべてのお客様が上品で理性的で辛抱強いとしたら、ホテルマンほど楽な仕事はありません』

自分の仕事をこんな風に言い切れるところがすごいです!!

そしてこの言葉通り、宿泊客の理不尽で我がままな要求にも、
彼女は真摯に向き合い応えようとします。
そこでの判断力や機転の利かせ方がまた絶妙で・・・
終始、感心しきりでした。

とはいえ、全て小説の世界の話。
いくらでも美化できるじゃないか、そんな声もあるかもしれません。

ですが、自分の信念から決してぶれることのない姿勢には素直に引きつけられましたし、
プロ意識ってこういうことだな、と強く感じさせられました。

そして読み終えた後、改めて心に残ったのが、
「お客様の我がままをなんとかするのが私たちの仕事」という一言。
ホテルマンという仕事の意義や誇り、喜び、行動指針・・・
こうしたことが、この言葉に凝縮されていたように思います。

こんな文脈で自分の仕事を定義できたとしたら、
冒頭で述べたようなもどかしさは、解消されるのかもしれません。
10年目。そろそろ「○○が私の仕事です!」と、自分の納得できる言葉で表現できるようにならなければ!
と思うところです。
なかなか難しいですが・・・

何気なく手に取った本でしたが、思いがけず深く考えさせられた一冊となりました。

10年目、ありがとうございます!

新年のご挨拶を、とも思いましたが1月も後半。 
既に名大社では新卒者、転職者向けのイベントを合わせて3つ開催しました。

*ご出展企業様、ご来場いただいた皆様、ありがとうございました!

毎年、名大社の年始は忙しいというか…
あっという間に過ぎていきす。 

こんにちは、名大社の重野です。

1/11に東京へ一部のメンバーでふるさとキャリアミーティングのお手伝いに行きました。
早く着き過ぎたこともあり、浅草寺にて参拝し、一緒にいた4名でおみくじを引いたのですが。
なんと、大吉1/4、凶3/4!!

凶の方達、明るくいきましょう!笑
(私は大吉でした!)

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おみくじ?
おみくじと言えば、初詣で引いたおみくじは小吉だったのですが、
そこに書かれていた内容が…
まとめると、人のために、人を想って行動すること。
そんなことが書いてありました。
自己中心的にならず、感謝の気持ちを忘れてはいけないなーと改めて思ったわけです。

感謝の気持ち?
と言えば、タイトル通り、
10年目、ありがとうございます!

どのクライアントも、とても思い入れのある方、企業様ばかりなのですが、
自分にとって印象に残る企業様があります。


入社1年目になかなか契約がもらえなかった私なんですが…
(なかなかと言うか、全くですね。)
秋ごろに自社媒体で2件連続で新規のお客さんから受注をいただきました。

その内の1社の企業様は、10年経った今でも毎年かかさず新卒採用のお手伝いをさせてもらっています。
採用が上手くいったり、思うようにいかなかったり、
リーマンショックで厳しかった時も、です。

10年目、ありがとうございます!

先日、その企業様に伺い2017年卒の打ち合わせ&毎年楽しみな工場見学を
させてもらったのですが、こうやって今年も打ち合わせできることに感謝です。

ありがとうございます。

2016年、感謝の気持ちを忘れずに、突っ走って行きたいと思います!
よろしくお願いしまーす!


中期経営計画の作成のこと

高井です。
ここ数日風邪を引きっぱなしで、久しぶりに大変でした。
体調管理はやっぱりすごく大事ですね。
まだ1月も終わってませんが、就活イベントや転職フェアもあってなかなかハードな時期で、皆さんにもご迷惑をお掛けしました。しかしやっと回復しましたので明日からぼちぼち頑張ります。

さて当社では現在次の3年間の『中期経営計画』なるものを作成しようと昨年の終わりからみんなでいろんなことを討議しております。

メンバーといろいろと名大社の現在過去未来について普段しないような討議をすることはなかなか有意義だし、それぞれそんなことを考えていたのか?ってわかることもとっても勉強になります。

だから語り合う場としては面白いのですが、この『中期経営計画』って言うモノを実際作るのは想像より難しいです。
まず何よりもこれからの外部環境がどう変わるのか?それを正確に理解することは簡単ではありません。
最近の株価の下落なんかを見てると、すぐ恐るべきリーマンのトラウマが蘇ってくるのですが、一方で学生人口の数が減って、企業の採用力競争も激化し、コストもアップするのも当然な理屈にも感じます。
業界はこれからどうなるのでしょうか?競合他社は?
考えなくてはならないことはホントいっぱいありますね。しかも年々増えているような…
一方でもう一つ、とても難しいけれど大事だと感じたのは、人のこと。
(当社の社員が3年間でどこまで成長しているのか?
そして組織はどのように変化しているのか?
これを考えることは、希望的な意味だけでは無く、現状の社員の役割、それに能力の向上を予測できたら、すぐ未来の仕事も、売上規模も、予測することは難しくないと思います。。)

確かどこかで企業経営の3つの課題は「利益」「売上・シェア」「人材育成」だと聞きましたが、実は当たり前ですが利益や売上計画も大事ですが、その定量に根拠を出すとしたら、人材育成の仕組みが回っていて、計画的育成計画がちゃんとあることだと思います。つまり売上を作るのはこれから採用する人ではなく、今の社員の能力に3年後の「伸びしろ」を足した人の能力として、設定し直されなくてはなりません。
まあ、人の伸びしろを考えるのは難しいと思いますが…

とにかく3月末までの完成に向けて、これから急ピッチに進めます。
では、本年も皆様、よろしくお願いします!