これからも前向きに 名大社会長ブログ

ド~ンと3日間連続!エンジニアフェア

企業展を12・13日で開催した翌日の14日(土)は技術者向けのイベント「エンジニアフェア」
この技術者向けの合同説明会は基本的に年3回、この6月の時期に開催することが定番化。製造業を中心にモノ作りが活発な東海地区ならではの企画である。
今回は思い切ってTVCMも一新した。これは画像の一部。
(躍動感は全く伝わりませんね・・・苦笑)
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僕は普段TVをほとんど見ないが、今回は珍しく自社のCMを見た。主催者が寝ぼけたこと発言をするな!と叱られそうだが、限定されたターゲットとはいえ、しっかりと告知はしなければならない。
今回も50社の企業に参加頂く。
技術系採用の意欲が強いせいもあるが、ありがたいことの締め切りの随分前に参加企業の枠が埋まってしまった。ご参加頂くクライアントには改めて感謝!。もちろん営業を中心としたメンバーもね。なんとこの春入社の新人クンも契約を頂いてきた。いやあ~、なかなかやりますね(笑)。
今回の参加企業も実に多彩。トヨタのシステムサプライヤーから国内No1の工具メーカー、特殊技術を持つ加工メーカー、スーパーニッチな技術企業まで各分野の企業に参加頂く。
来場者、出展企業双方の満足度が高まるイベントを提供していきたい。前日までの疲れなど一切見せることなく、イベントに臨む。その姿勢を評価してもらえると嬉しい(笑)。
イベントの詳細はこちら
<日時>2014年6月14日(土)
     11:00~17:00(企業との面談は12:00~)
<会場>吹上ホール 第2ファッション展示場
    地下鉄「吹上駅」より徒歩5分
※経験者はもちろん、未経験の方や来春卒業予定の方も歓迎。
※先着100名の方にはQUOカードをプレゼント。

W杯日本代表との試合とは被らないので、安心してお越しいただきたい。
僕も個人的には本当に良かった(笑)。

ド~ンと3日間連続!企業展PART4

今週はイベントウィーク。名大社では3日間連続でイベントを行う。きっとメンバーはフラフラになってしまうと思うが、そんなことは気にしない(笑)。
しっかりとした情報を提供し、キッカケの場を作ることが我々の重要なミッション。といって、こき使っているだけじゃないの?とお叱りを受けるかもしれないが、そんなことも気にしない(笑)。
まず12(木)、13(金)日の2日間は15年卒学生のための「企業展」
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その翌日は「エンジニアフェア」。あちらこちらで大学3年生を中心としたインターンシップ企画が行われる中、名大社としては就活を継続する学生をサポートしていく。そこに参加頂けるのは64社のジモト企業。
6月の時期にこの社数が参加頂けるのは大変嬉しいこと。一般的に就職活動後半期にこれだけの社数に参加頂くのは簡単なことではない。
就職環境が好転し、企業の採用意欲が強くなっている環境下でも、それはいえることだろう。名大社に期待して頂く企業に感謝すると共に、目標を達成したメンバーも頼もしく思う。いやあ~、さすが(笑)
また今回の出展企業の顔触れは理想的。
東海地区らしく地味で保守的だが(スイマセン、失礼ですね・・)、堅実で実力のある企業が多い。一般的な知名度は小さいかもしれないが、業界内でのポジションは高かったり、日本を代表する企業が得意先であったりと特徴的だ。
特にこれからの就活は知名度や規模に左右されることなく、真の姿を見て、お互いに共感する中で企業選びをしてもらいたい。リアルに会うからこそ感じ取れる魅力もあるはずだ。
もしかしたら就活に自信を失くしている学生さんもいるかもしれないが、そんな気分を吹き飛ばす意味でも企業展に参加してもらいたい。きっと新しい出会いがあるはずと勝手に想像する。
また、今の時期だから聞きたい、講演も数多く行う。
企業展の詳細や講演予約はこちら
<日時>企業展PART4
    2014年6月12日(木)・13日(金)
    11:00~17:00
<会場>ウインクあいち 6階
    名古屋駅より徒歩5分

僕は初日に大学の就職ガイダンスの講演でいない時間もあるが、ぜひ、よろしくお願いします!

16卒採用について考える

昨日に引き続き「HRサミット」ネタ。
2日目の木曜は主に新卒採用に関する講座を拝聴した。名大社としては15卒採用の支援が真っ最中であるが、世間一般では終盤であり、16卒採用に向けて施策が行われていく。
今日、僕も情報収集を兼ねて同業他社のインターンシップイベントを見学させてもらうわけだし・・・。
既にいろんなメディアで報道されている通り、来年から新卒採用環境が大きく変わる。これまで大学3年の12月が就職活動のスタートだったが、翌年の3月に後ろ倒しになる。
一見、学生が学業に専念でき、良さげな感じはするが、実は大混乱を招く恐れがある。それは当の学生だけでなく、積極的に採用を行う企業においても同様で、我々就職情報会社の立ち位置や取るべき戦略も大きく変わってくる。
大手を中心とした同業他社は一斉にインターンシップの企画をスタートさせた。当然、採用に直結させない内容(広報の手段、個人情報など)になっているが、1dayインターンシップが激増する背景を見れば、どんな方向へ持っていきたいかは大よそ予想ができる。
特にこの夏はインターンシップ企画が目白押しのようだ。では、うちの会社は同様の企画はやらないのか。結論はやらない。そんな余裕がないという話もあるが(笑)、GOALが見えないというのが大きな理由。
インターンシップを実施するのは学生にとって社会勉強には有効であり、否定するものではない。名大社としても毎年夏休みの時期に懇意にする大学から学生を受け入れ2週間ほど就業体験をしてもらう。
自慢ではないが、評判もいい。インターンシップは学生にとって就業意識を高める上で大切な活動であるのは間違いない。しかし、中小企業の採用支援を中心とした名大社が取組むのは、今の段階では本末転倒のような気がしてならない。
別の事を考えて実施していきます(笑)。
この日、拝聴した新卒採用に関する講座で課題がより明確になってきた。
来年に関しては就職に関わる全ての者が手探りで動いていくことになるだろう。そもそも3月スタートを守ろうとする企業が少ないのは明白だし、8月選考を順守する企業がどれほどあるだろうか・・・。
僕らとしては大手企業の採用に巻き込まれない方法を探りつつ、中小企業が安心して採用活動を行えるサービスを提供しなければならない。それが大きな使命となるだろう。
とりとめとなく書いているブログでは何をやりたいかさっぱり分からないと思うが(苦笑)、この環境の変化を前向きに捉え取り組んでいくしかない。
あと1ヶ月もすれば16卒新卒採用向けの企画もリリース。その前にまだまだやることは沢山あるんだけど・・・。

挑戦と安心の人事制度

今週の水曜、木曜は東京出張。珍しく最近、出張続きである。
遊びに行ってるのでは?と誤解されている方もいるが決してそうではない。確かに夜は飲んでいるが、それはあくまでも次いでであって、主たる目的ではない。決して言い訳ではない(笑)。
伺ったのはHRプロさん主催の日本最大級の人事・経営者フォーラム「HRサミット2014」
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述べ4日間行われるイベントのうち、僕は2日間の参加。1時間ごとのコマで各テーマに沿いながら多くの講演が開かれている。僕はお邪魔した水曜に朝一番からなんと6つの講演に出席。9:20にスタートして終了が18:30。これだけでもクタクタになってしまった。
慶應義塾大学大学院教授の高橋俊介氏や元スターバックスコーヒージャパンCEOの岩田松雄氏など、今回の目的で大変勉強になる講演もあったのだが、このブログでは朝一番で拝聴したサイバーエージェント人事本部長の曽山哲人氏のセッションを紹介したい。
社長の藤田氏を筆頭に何かと話題となるサイバーエージェントだが、人事制度についても積極的な取り組みをなされ、社員が成長するための仕組みが作られている。
会社の規模や経営者の能力を含め、うちとは比べ物にならないが、自社にも反映させたい点がいくつも報告された。そこには試行錯誤があり、その結果として運用されている成功事例が多数あるわけだが、その考え方は納得できる面が多かった。
人事制度を作るにおいて重要なのは2つ。
挑戦を促す人事制度と安心を与える人事制度。この2つをセットで考えることが大切なようだ。
言われてみれば当たり前のように思えるが、実際にそれを意識することは少ないと思う。経営人材を作っていくためには、それを促す場は必要であるし、しかし、そこにリスクしかなければ、誰もが躊躇してしまうだろう。背景としては安心して働ける制度も必要ということ。
それはリスクヘッジをさせるだけのための仕組みだけでなく、会社へのロイヤリティや定着化させる仕組みも含めてである。僕が従来持っていたハードワークなサイバーエージェントのイメージとは大きく異なっている。
わずか10年で16億の売上が1600億になり、20名足らずの社員が3300名になった理由もそんな制度が起因しているだろう。
挑戦させる人事制度のひとつに「ジギョつく」という新規事業の提案の制度がある。誰でも参加でき、賞金として100万円支給される魅力もあるのだが、そこに至るプロセスが僕には面白く、なるほどと納得してしまった。結局、人と人の繋がりが大事なんだな。(詳細不明ですいません・・・)
全てを真似るのは難しいが、その手法を真似るのは可能だ。いい面は吸収させてもらおう。挑戦と安心の人事制度、もっと頭を使って、いい仕組みを作っていかねばならないな・・・。

意外と健闘? 5月の目標

6月がスタートして既に5日が経過したが、5月の目標について何ら報告をしていなかった。3人のライバルが気にするので、ここはきちっとお伝えしておこう。(そういえば東京のライバルと一昨日、ご一緒したが、この件に関しては話題に出なかったな・・・)
5月のランニングの距離は78km。
意外と健闘している。既に出場する大会もなく、全くモチベーションの上がらない時期にこの距離は、頑張っているじゃないか・・・。
5月を振り返ってみると結構週末も予定が入っており、10km以上走った日は2日しかない。しかし、5km程度の距離を走っているのが、11日あるのだ。
飲んだくれの毎日を過ごしていると思われている方も多いと思うが、意外や意外、結構、平日の早朝に力を出している。一度は東京で研修の際、一人で皇居を走る日もあったり・・・。
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いやあ~、思ったより頑張っているじゃないか。と自画自賛で自分を正当化してみる。目標はあくまでも100kmランなので、当然目標は未達成というのに・・・。
しかし、5kmのランニングは悪くはないが、どうも中途半端だ。平日の朝は仕事の関係上、やむを得ないが、それが続くと体力が維持できているか不安になってくる。おまけにクールビスのシーズンとなり、男子としても露出度が高くなる。
その無様な姿は見る者に不快感を与えていないか。最近、購入したスリムなパンツから贅肉がはみ出していないか。実際にかなりキツイ。
5月の走行距離で満足する要素なんて一つもない。昨年5月を調べてみると95kmを走ってるわけだし・・・。
意外と健闘と言っても、本当は大したことがない。でも、ライバルには脅威な姿に映っているんじゃないかな。
さあ、この6月、今のところ走ったのは1日のみ。段々、暑くなる中でどこまで距離を伸ばせるだろうか・・・。

京都にて 「生い立ち学」を学ぶ

昨日のブログの続きである。
松下資料館の後は、京都駅前にあるセミナー会場へ。京都訪問の本来の目的である株式会社ヒトミの人見社長の講演に出向いたのだ。
元小学校教諭の原田良子さんが主宰する「生い立ち学」。その第1回の講師として登壇されたのが人見社長。
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自らの生い立ちを隠すことなく建前もなく、ユーモアを感じさせながらも真摯に語られた。幼少の頃のハンディを克服され、神童と呼ばれながらも挫折した学生時代を過ごし、多くの人との出会いから価値観を創り、自らを成長されてきた。その生き様が「生い立ち学」と呼べるのだろう。
人見氏は僕と同級生。しかし、その背景は全く異なる。僕は勉強は大したことはなかったが、健康で体だけは丈夫。小学校も皆勤で病気知らず。そこだけが取り柄の子供だった。
人見氏はその真逆。自らのハンディを学問という強い武器で跳ね返されてきた。何も考えずに過ごしてきた人生とずっと頭を使ってきた人生。そこには大きな差があり、その差があるだけ尊敬に値する。
そんな人見氏と僕が共通する点と言えば、「人との出逢い」。
そのレベル差はあるものの、多くの人と出会いに影響を受け、現在に至っている。だが、出会いは勝手にこちらにやってこない。自分が行動し、相手にぶつかった時、初めて本当の出会いとなる。
名刺交換を一度行ったくらいでは本当の出会いとは言えない。そんな事を改めて教えてもらった。自分より優秀な方とお付き合いさせてもらうことは、相手がどう感じるかはともかく自分にとってはありがたいこと(笑)。
この講演でも使われた森信三先生の言葉
「一生のうちに逢うべき人には必ず逢える。しかも一瞬早過ぎず、一瞬遅すぎない時に。ただし内に求める心無くば、縁は生ぜず」
まさにこの日と言えるだろう。
人見氏とはこの後行われた懇親会だけでなく、ホテルのbar、京都の有名ラーメン店ラーメン第一旭までご一緒頂いた。
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中津川の名経営者と一緒に12時過ぎに行列に加わりながら・・・(笑)。
いずれも話題の中心は経営や仕事、組織のこと。僕はそんな時間がとても好きだ。単なる酔っ払いと思われるだろうが、貴重な時間だ。
京都の夜に感謝。お疲れさまでした。

京都にて 松下資料館に行く

ちょうど1週間前の話である。盟友であり愚か者副本部長である櫻山さんと京都に出掛けた。観光ではない。言い訳ではなく本当に観光ではなく、経営のお勉強に出掛けたのだ。
目的は2つ。京都駅近くにある「松下資料館」見学と京都の名経営者と呼ばれる株式会社ヒトミ人見社長の講演を拝聴するためにである。今日のところは「松下資料館」。
僕は1年前に「松下幸之助歴史館」へお邪魔したが、こちらは初めて。こんな立地のいい資料館が電話一本するだけで無料で利用ができる。
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迎えてくれるのはもちろん幸之助氏。「神様の女房」の奥様も一緒に出迎えてくれる。ドラマとイメージは全然違うがそんなことはどうでもいい(笑)。
入館しての第一印象はイオン歴史館とそっくり。同じ方がデザインしたのだろうか・・・。
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いくつかのテーマ(経営、人材育成、生き方など)に分かれており、それぞれにビデオの視聴コーナーがある。これをすべて制覇しようと思うと一日掛けても終わらないだろう。僕は以前にも訪問されてことのある櫻山さんのおススメを視聴。
部下の方が幸之助氏との関わりを語られる。その大半が叱責を受けたエピソードを語られている。仕事のやり直しをさせられたとか給料を返せと言われたとか、結構理不尽な話が多かったりする。それも相当過激で感情的だったりする。
しかし、部下の方は実に嬉しそうにそれを語っている。本人にとってはいい思い出になっているんだろう。誰に叱られるかによって本人の受け止め方は異なる。嫌いな上司に叱られるのであればイヤな思い出にしかなっていないはずだ。
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そして、大切なのはリーダーとしての在り方。
リーダーの心得十カ条
1.仕事・商売を公事と心得る
2.すべて最終的に自分の責任と心得る
3.率先垂範とする
4.人材育成を重要任務と心得、実践する
5.部下が働くのを邪魔しない
6.適性、実力に見合った仕事に取り組む
7.人情の機敏に通じる
8.いざというときの覚悟を日頃からもつ
9.心配こそ生きがいと心得る
10.仕事を好きになる

果たしてどれだけ実践できているだろうか。う~ん、反省・・・。
それにしてもこの立派な施設。パナソニック社員と思しき団体客以外は誰も入館者がいない。庭園シアターは男2人で貸切であった。実に勿体ない。
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これだけ生きることについて学べるのであれば、修学旅行のコースに含めてしまえばいいのにと思ってしまった。
結局、開館時間ギリギリまで滞在し、勉強させてもらった。
こんな愚かの行為もしながら・・・。
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松下政経塾で幸之助氏が実際に座っていた椅子。こんな表情をしてたんじゃないかな・・・。
ありがとうございました。

名大社ゴルフ合宿の巻

先週の土曜・日曜は会社のゴルフ合宿。最近、やたらゴルフを始める若手が増えたため初めての試みとして行われ、9名のメンバーが参加した。
合宿といっても、土曜日にゴルフして、そのまま温泉旅館に移動し、飲んで食べて騒いで泊まって、翌朝解散するだけ。
走り込んだり、ゴルフ理論を学ぶわけではない。全員が自腹参加のため、できるだけお値打ちプランがいい。
幹事である名大社の哲学者が選んだのは名松・ゴルフ倶楽部と榊原温泉「清少納言」。あの金額でこれだけ楽しめれば大いに満足。
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ゴルフ場はリーズナブルなこともあり激混み。我々のスタートはなんと13時。終わったのは18:30頃だったため、ほぼ日没に近い。
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僕を含め全体的なレベルは低いので、あえてゴルフの内容は語らない(笑)。みんなで楽しくラウンドできればいいじゃないか。きっとそのうち腕も上がってくるはず。きっと・・・。従って集合写真もない。
ラウンド後、瞬間的に風呂に入り、旅館へ移動。到着した瞬間から宴会に入る。ゴルフ場での集合写真がなかったので、酔っ払う前にまずは全体でパチリ。
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しばらく食事を楽しんだ後、表彰式に入る。
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最初は落ち着いていたものの、どんどんテンションが上がってきた。
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悔しいので優勝者の写真はアップしない。
僕はちなみに3位。う~ん、納得がいかない(笑)。その後も宴会は盛り上がり、いつものように怪しい方向に進んでいった。
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二次会は旅館の地下にある昭和の香りたっぷりのスナック。貸切状態だったため、さらにテンションは上がっていく。僕のスマホには沢山の写真が保存されているが、とてもじゃないがアップはできない(笑)。
こうやって一日過ごしてみるとゴルフ合宿は仮の姿で、とことん飲むために泊まりにきたような感じが・・・。まあ、それでもみんなが楽しく過ごせるとすれば、よしとしよう。
これからも年1回はゴルフ合宿をするらしい。参加するメンバーも少しずつ増えてきそうなので、年寄り、いや失礼、ベテランから若手まで一緒に盛り上がっていければいい。
今日から1週間がスタート。
僕は今日は会社には行かないけれど、みなさん、仕事ガンバってくださいね(笑)。

社長になるまでのこと 4

12月上旬、急に社長宅に呼ばれた。経営資料を携え最終的な詰めを行った。そして、その時に僕が正式に会社を引き継ぐことが決まった。
驚くほど呆気なかった。
対外的には翌年の株主総会後だが、実質は12月21日より全ての決裁権を自分が持つことがその場で決定した。社長は体調を崩していたこともあり、自ら対応を早めに決断したのだろう。
さすがにその夜は眠れなかった。布団の中にいても目が冴えるばかりだったので、当時放映されていた「坂の上の雲」の録画を観た。
この世界に比べれば、まだまだ小さい事じゃないかと自分を納得させていた。そんな気持ちで自分を維持しようとしていた。
寒さが堪えたのか、結局、風邪を引いてしまったことを記憶している。
とりとめなく書いてきたが、これが僕が社長になるまでの経験してきたこと。
帝王学を学んだわけでもなく、経営者の準備をしてきたわけでもない。それでも会社は成り立つ。会社は毎日動いていく。
その年の大晦日の日記にも書いていたが、この一年は僕の人生の中で最も変化の激しい、スピードの速い一年だった。何年分かを一年で過ごしてしまったようだった。
トップを任される一年前に飛び込み営業をしている奴なんてあり得ない。
ここで会社以外のこと少し・・・。
社長を引き継ぐ事が決まった時、僕は実家と嫁さんの実家に挨拶に出向いた。僕の実家は岐阜で農業も含め自営をしている。僕は三人兄弟の長男。父親はいずれ息子は戻ってくると期待していたと思う。
僕が実家に挨拶に出掛けたのは、その期待を完全に裏切ることを意味していた。僕自身、そんな感じで思っていた。僕は父親に、これから会社をやらなければならない。家業はやれないとそんな様な話をした。
父親は「会社のことはよくわからんけど、あんばようやってちょ。」とだけ言った。”あんばようやってちょ”と言うのは岐阜弁で、”しっかりやってくれ”という意味。その言葉を聞いて僕は安堵とし父親の大きさに感謝した。
そして、嫁さんの実家にも挨拶に行った。その一年前、義父を癌で亡くしていた。僕は義母にこれまでの事を話した。
「これから会社を任されることになりました。家庭の事は今以上にないがしろにするかもしれません。もしかしたら、最悪の状況に引き込んでしまうかもしれません。嫁にも子供にも迷惑を掛けるかもしれません。」
そんな僕の言葉に義母は言ってくれた。
「天国に行ったお義父さんは喜んでいると思うよ。哲也さん、何も心配することなく頑張ってください。」と・・・。
僕は涙が出るくらい嬉しかった。結局、僕は周りに支えられて生きているに過ぎない。
支えてくれたのは嫁さんの存在もあるだろう。不思議なことに僕がどんな状況、立場であろうと何も変わらなかった。
単純に僕に関心がないだけかもしれないが、僕が役員を降格になった時も、給与が半分になった時も、社長になる時も何ひとつ変わらなかった。
「あら、大変、どうしましょ~。」と呑気に言うくらいで態度はいつも同じだった。そんな態度に僕は救われたのかもしれない。
長々と書いてきた「社長になるまでのこと」。
思い出したままを感情的に書いているので、どこまで伝わったかわからないが、今、こうしてこんな事を書けるのも幸せなこと。
改めて充実した毎日に感謝しなければならない。
<追記>
昨日までのブログでも多くの方から温かいコメントやメッセージを頂いた。このブログを書くにあたっては、会社の恥部を晒すこともあり迷いもしたが、この事実は会社の歴史としても残しておかなければならないし、知ってもらうことも必要だと考えた。それがあって今の姿があるのだから・・・。
僕はあくまでも「中継ぎ」である。理想を言えば、全盛期のドラゴンズの浅尾のようにしっかりとマウンドを守り、勝ったまま次の者に引き継がねばならない。それが最大の使命だ。
この実力もないボンクラ社長が当面会社の先頭に立っていくことで、周りには迷惑を掛けていくだろうが、これからも見捨てずにサポート頂きたい。
また、明日以降、このブログもただの愚か者ブログになってしまうが、引き続きご覧頂けるようお願いしたい(苦笑)。
ありがとうございました。

社長になるまでのこと 3

多分、うちの会社に詳しい業界の方は思っていたと思う。
トップ、ナンバー2のいない名大社は終わりだと・・・。実際にそのような声は僕にも届いていた。そんな時期での決断だった。
そこから社長とのやりとりが始まった。100%の信頼をされていたわけではない。
「もしかしたら、こいつが会社を潰すかもしれない。自分が作り上げてきた会社を他人が潰すくらいなら、解散した方がまし。」もしくは「私物化して会社をメチャクチャにするかもしれない。」そんなふうに思われていた。
お互いに意見は交わすものの、多くの場合は持論をぶつけられ、そこから前に進むのは難しかった。
社員もきっと不安だったはず。ある時、右腕となる社員とサシ飲みをした。会社の今後が話題の中心だったが、右腕は僕に聞いてきた。
「哲さんは本当に会社をやっていきますか?途中で辞めたりしませんか?」当然ある疑問だろう。僕はこれまでのこと、今回の決断のこと、多くの事を頭に巡らせながら答えた。
「大丈夫。辞めない。」「なぜですか?」
「俺は今まで何かを途中で辞めたことがない。学校も塾も部活もアルバイトも一度決めたことは辞めたことがない。30歳から始めた日記も今やってるマラソンも辞めていない。辞めた経験がないんだ。だから大丈夫だ。」
チープな論理だった。それでも説得力は持っていたようだ。
右腕は「分かりました。納得しました。」と言って、後は何も聞かなかった。それは右腕に言った言葉でもなく、自分自身に向けて言っている言葉だった。
そんな状況でも会社は動いている。自らも営業し、数字が思うように上がらないものの、組織は鼓舞していかねばならない。同時に経営計画書を作成していく。今の赤字状態からどう脱却するか。コストダウン、新商品の開発など黒字化するための道を探っていた。苦しい時間であった。
最大のコストダウンはオフィスの移転。創業以来、40年間、栄にある中日ビルにオフィスを構えていた。徐々に拡張していったため、結構なスペースもあった。そこから移転で大幅に固定費はカットできる。
しかし、40年間暮らしてきた場所を安々と離れることはトップの感情として許しがたいことでもあった。ここの説得が難航したが、最後には理解してもらうことができた。
秋頃は、社長とそのようなやりとりを繰り返しながら、会社存続に向け話し合いを続けていた。ある時、急きょ呼び出され、二人で飲むことになった。これまで一度もお邪魔をしたことのない洒落た小料理屋だった。
どんな話になるかは想像ができていた。僕自身、覚悟もできていた。どんなことがあろうと会社を守る。自信も根拠もなかったが、その気持ちだけは強かった。
社長の懸念材料は多かったと思う。一番大きな要素が会社は誰のものになるかという点。「お前は会社を自分のものにするつもりはないか?私物化しようとしていないか?」
そこははっきりと答えた。
「ありません。もし、そんな様子を少しでも感じるようであれば、クビしてもらって構いません。」自分でクビを切りだしたのは初めてだった。
これまで何度もダメ社員の烙印を押され、危うい立場を過ごしてきたが、自らキッパリ言うのは初めてだった。定かではないが、この言葉が社長の気持ちを変化させたのかもしれない。
そして、僕は11月に重要事項を決定した。冬の賞与を一切支給しないことに決めたのだ。前年も業績は悪かったが賞与がストップすることはなかった。過去も一度もなかったはず。
それを僕が決めた。ただでさえ給与が減り生活が苦しい状態でその決断は社員には本当に申し訳なかった。心が離れる社員が増えるのも予想された。
全ての現場を任されていた僕は全員の前で詫びた。
誰ひとり非難する声は上がらなかった。会社は酷い状況だったが、夏以降、誰も辞めなかった。さすがに冬の賞与の件で退職者も出るだろうと覚悟したが、その時も会社を去る者は誰もいなかった。
僕はそれが一番嬉しかった。
会社は何とかなると思えたのも、そんな仲間の存在だった。
賞与をゼロにしたことで社長は僕にすべてを任せようと決心したようだ。
(続く・・・)