前向きに行こう!名大社社長ブログ

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両利きの組織をつくる

いいタイミングで良書に巡り合うことができた。
その機会を与えてくれたマッピーには感謝ですね(笑)。

常に組織と向き合っているわけだが、最適な回答ができることは少ない。
むしろ自分の思うようにならないことが多い。
構成するメンバーのせいにしたくる時もなくはないが、それは全て自分のせい。
本書を読んで自分の至らなさを改めて痛感した。

これまでもいい組織を作るために努力をしてきたつもり。
上手くいった時もあれば、そうでない時もある。
それは環境の変化であったり、価値観のズレであったり,
いろんな要素はあるが、一番は僕の想いの足りなさ。
共感度のなさである。

勝手に理想を描くだけでは伝わらない。
組織開発は組織感情のマネジメントと書いてあるように、
相手側の反発や不安に向き合わなきゃならない。

怠っていたわけではないが、そもそもそこに気づかなかった自分に大きな落ち度があった。
それが昨年、僕が手掛けてきたこと。
大いに反省・・・。
理解が足りなかったのだ。

今週で個人面談を終え、昨日は社員総会。
今日は半年に一度の幹部研修会。
まだまだ足りない点は多いとは思うが、継続して語り合うことにしていこう。

そして、本書で書かれているもっとも重要なことは両利きの組織つくり。
タイトルのままじゃないか(笑)。

小さな企業とはいえ名大社も50年の歴史を持つ会社。
知らず知らずのうちに変化に対応できない成熟企業になっている恐れはある。
それも誰も気づかないうちに・・・。
それでは気づいた時には手遅れ。

気づいていても何もしなければ意味もない。
大胆な変化も必要だがリスクも伴う。
だからこそ「両利きの経営」。

既存の事業を深堀する組織能力と新しい事業機会を探索する組織能力、
相矛盾する二つの能力を併存させる組織能力、
この三つの組織能力を形成することが求められる。

それを引き受け引っ張っていくのが経営者の務め。
簡単ではないができないことではないはず。
事例にあるAGCのような大企業ではないから意思統一も早いはずだし。
全社一丸でずっとやってきたわけだから、よりそう思う。
環境が大きく変わりつつある今だからこそ、やっていくべきだろうね。

経営者に求められること。
改めて認識することができた。

ありがとうございました。

映画「Fukushima 50」

本作はいろんな捉え方ができる映画。
作品に対して賛否両論もある。
お涙頂戴とかプロパガンダだとか。
確かにそんな感想もあるだろう。

しかし、いま語るべきはそんことではない。
そんな感想はどうでもいいと思ってしまう。

僕にとっては正しいリーダーシップを描く映画だ。
そんな表現もチープに映るかもしれない。

だが、その表現は間違っていないはず。
佐藤浩市にしても渡辺謙にしても、僕らが示すべきリーダーシップ。
何を優先すべきか明確だった。

では、佐野史郎はどうか。
確かにリーダーシップを発揮していた。
残念だが、そのリーダーシップは自分に向いていた。

ここではあえて役者名。
役名や立場は伏せておこう。
実際誰かかは分かっちゃうしね(笑)。

だから、僕は本作に痺れた。
今、発揮すべきリーダーシップ。
大袈裟にいえば、今まさに起こっていること。
新型コロナウイルスの猛威をふるう世界は別の意味で映画に近い。

僕は映画に自分をダブらせる。
本当に命を懸けて向き合っているか、
全てを犠牲にできるか、
守るべきを守っているか、
自分は自分の立場を全うしているか、
愛する者を理解しているか、

僕は涙を流しながら、自分に問うていた。
それは作られた世界ではない。
実在する世界。
実際の人物を描いている。
この真っすぐさを僕自身は反映させることができるか。

そんな気持ちになったのも今の環境があるからこそ。
大震災も感染症の拡大もないほうがいいに決まっている。
そんなことは当たり前だ。

しかし、予期しない出来事が起きた時に人の真価は問われるのかもしれない。
どこまで僕は覚悟ができているか。

震災当時、どんな人も辛い状況だったはず。
僕も同様。
当時のことはまだ鮮明に記憶に残っている。

だが、この現場の人たちに比べれば・・・。
覚悟のレベルが違う。
もっと試練を乗り越えなばならないのだろう。
いいタイミングでいい映画を観ることができたと感謝しなければならない。

そして思う。
この映画を素直に受け止められる人間で常にありたいと。
その気持ちは持ち続けたい。

映画の内容を語ることはなかったが、観るべき一本。
理解してもらえるのかな(笑)。

映画「1917 命をかけた伝令」

新型コロナウイルスは映画館にも大きな影響を与えている。
しっかりとマスクをして劇場内に入ると他に観客はいない。
これまでは少なくても1~2人の観客はいたのだが、今回は本当に僕だけ。
完全に貸し切りだった。
マスクの必要がないじゃないか・・・。

誰も知らないマイナー作品ならともかく、アカデミー賞にもノミネートされた話題作。
その作品をたった一人で観るとは・・・。
普段なら仕事終わりのサラリーマンやOLが多いと思うのだが。

理解はできるが、う~む、ここまでくるとさすがにね。
前向きに捉えていえば、誰にも邪魔されず、前後左右を気にすることもなく
優雅な気持ちで観れたということにしておこう。

話題の本作、見どころはてんこ盛り。
あれもこれも語りたくなる。
その中で注目すべきは全編ワンカット。

ここばかり注意して観ると肝心なストーリーが疎かになってしまう。
でもカメラが前にいき、後ろに回り、
いつの間にか遠巻きに捉える映像を見逃すわけにはいかない。
実際は先端の映像技術を駆使しているんだろうが、それだけでも感動ものであるのは間違いない。
そのチャレンジだけでも評価すべきなんだろう。

途中、主人公が気絶するので、何時間かはカットされているが、
あとは時間の経過とともに流れていく。
そこをよく考えてみるといい。

ワンカットということは時間とストーリーは同時進行。
本作の上映時間は119分。
ほぼ2時間。
であれば、ストーリーも2時間で完結するはず。

しかし、そうはならない。
少なくとも数日間を描いているのだ。
あきらか矛盾しているが、映画の迫力からすれば些細なこと。
戦争の悲惨さやむなしさを主人公の視線から感じ取る方が重要。
時に驚かされるシーンがあり、体が反応し声も上げてしまった。

それにしても主人公のスコフィールド上等兵は強いし運がいい。
そして、足が速い。疲れない。
あんな状況だったら、絶対死んでいるはずだ。

だが、死なない。
死ねない理由は明確。
任務以外のことにある。
支えてくれる存在はいつも変わらない。
その大切さを教えてもくれる。
守らなきゃいけないんだ・・。

それにしても過酷で報われない仕事。
ハゲタカの芝野健夫だったら必ず言うだろう。
「これがオレの仕事か?」
と・・・。
僕にもできないけどね。

それも教えてくれるのも映画。
早く安心して観れる環境が戻ってくれるといいけどね。

映画「わたしは、ダニエル・ブレイク」

日曜日を映画コラムニストの日にするために観たような映画。
それは言い過ぎだな(笑)。
昨日はほぼ一日家にいたので、久しぶりにAmazonプライムで鑑賞。

Amazonプライムに入会した時はなんてお得なサービスかと思ったが、
使っていたのは最初のうちでここ最近はほとんど使っていない。
サブスクリプションのいい餌食になってしまった。
子供たちが密かに使っているので、損はしていないと思うが・・・。

それはさておき本作品。
2年前に上映された映画でキネマ旬報洋画ベストテンの1位にも輝いている。
ようやく観る機会を得た。

昨年末に観た「家族を想うとき」と同じイギリスの巨匠ケン・ローチ監督。
舞台も同じイギリスのニューカッスルだ。
監督はこの街に恨みでもあるのかな(笑)。

「家族を想うとき」も切なく苦しい先品だったが本作も同様。
むしろこちらの方が深刻な問題を抱えているのかもしれない。
日本国内でも生き辛さを感じている人が多いだろうが、
(僕はそうは感じてないけど・・・)
この2本の作品を観るとイギリスの方がより生き辛いのかもしれない。

その複雑な社会制度、貧困、失業率など普段ニュースとして入らない様々な問題がここには描かれる。
それは社会を痛烈に批判しているのではない。
主人公ダニエル・ブレイクの生き様を通して、時に感情的に、時に淡々と、
そしてどんよりとした天候と共に日常を描いているのだ。

観る者のほとんどはダニエル・ブレイクの行動にやきもきしながらも共感するだろう。
それは彼が軽度な犯罪を犯した時の拍手喝采のように・・・。

観終わった後も清々しい気分になるわけではない。
むしろ気持ちは重くなる。
しかし、それを感じることも僕ら大人の責任。
日々の在り方方を含め言い聞かせなければならない。
そんなことを感じた作品だった。

本作はカンヌ映画祭パルムドール受賞作。
つい先日観た「パラサイト半地下の家族」も昨年観た「万引き家族」もそう。
パルムドール受賞作って共通点があるな…と思ったのは僕だけではないはず。

この類の作品が評価されるのかな。
とどうでもいい感想を・・・。
ぜひ、Amazonプライムで観てもらいたい。
(宣伝になってしまったか・・・笑)

映画「グッドバイ 嘘からはじまる人生喜劇」

達者という表現が正しいかは分からない。
しかし、僕の中では上手いのではなく達者。
それは本作の主役を演じる小池栄子さん。
相方の大泉洋さんも同じ。

以前から大泉洋さんのいかにもアドリブが効いてそうな演技は流石だと思っていたが、
この作品でいえば小池栄子がより上回っていたといえるだろう。
今どきの女優であんなハチャメチャな演技をできる人は少ないはず。

汚れ役もあんな馬鹿力を発揮できるのも、
一方で品のある奥様を魅せつけるのも彼女ならではの役どころ。
あんな役を他に誰が演じられるのかは思いつかない。
バカさ加減でいえばお笑い系をもってこれなくはないが、到底無理だろう。
そんな意味では本作は彼女のためにあるといえる。

なんとなくシアワセを感じて終わる映画だし、全編飽きることなく楽しめる映画。
そこについては何の文句もない。
終戦後、そんな時代があったんだとも思わせてくれる。

しかし、冷静に振り返ってみれば、大した内容ではない。
太宰治の未完の遺作「グッド・バイ」を戯曲化し出来上がったようだが、
よくよく見てみれば、女性にだらしのない編集長が
自分の都合で女性たちとスムーズに別れていくという随分と自分勝手な話。

まあ、この程度ではネタバレにはならないだろう。
しかし、残念ながらそのだらしのない話に観る者は吸い込まれてしまうからやっかいだ。
この映画で何か学ぼうとか自分を奮い立たせようとか思うのであれば観ない方がいい。
単純に楽しむことしかできない。

逆に気分が晴れない時とか、もっと明るくなりたい時にはうってつけだろう。
大体、この映画に登場する人物はロクな人間がいない。
役名はともかく松重豊にしても濱田岳しても木村多江にしてもロクなもんじゃない。
長渕剛が歌いそうなものだ。

でも、なんだろう。
誰一人として憎むことができない。
まあまあ、いいよ、いいよと許してしまう。
世の中、それで済んでいけば、みんなハッピーなのかもしれない。
おおらかにならなきゃダメなわけね。

そんなことを感じた映画だった。
そして、持ち込むべきはウイスキーとピーナッツ。
僕もいいウイスキーを買って持っていくかな(笑)。

50代からの人生戦略

この年齢になるまで行き当たりばったりで過ごしてきた。
それだと適当すぎるか(笑)。
目の前のことを懸命にこなす生き方をしてきた。
この表現の方が正しいかもしれない。

現在53歳。
間もなく54歳で、とうに人生の折り返しは過ぎている。
そろそろこの先のことを考えなきゃならない。

ここ最近、特にそんなことを思うようになり、本書を手に取った。
著者は哲学的な難解な書籍を多数出しているので、
(ほとんど読んでないけど)
本書も相当難しい内容かと思っていた。

ところが拍子抜けするほど分かりやすい。
飛び抜けた事を求めているのではなく、ごくごく当たり前の人生戦略。
期待値が高すぎたのかな。
ただきっとこれから描くシアワセとはきっとそういうことなんだろう。

本書は6章で構成され、残り時間、働き方、職場の人間関係、
お金、家族関係、自分磨きに分かれている。
50代とはいえ、立場は人それぞれ。
感銘を受ける面とそうでない面と温度差は出てくるのも当然。

僕が参考になったのは、残り時間と自分磨き。
この章は何らかの形で活かしていきたい。

これから何を学ぶか。
著者は50代は地元の歴史や文化だという。
確かにそれは感じるところ。
今まではそれをないがしろしていたわけではないが、
優先順位として上に上がってくることはなかった。

今後、生活に余裕が出てくるとすれば、
(それは自分で作らねば・・・)
そんな時間の使い方もしたい。
そして、終わりから逆算して何ができるのかも考えねばならない。

終わりをいつに設定するのか。
80歳なのか、75歳なのか、
いくつかのパターンも想定しなきゃいけないのかな・・・。

そして、高校の教科書を読んでみるのもいいかもしれない。
幸い息子が今年卒業するので、
要らなくなった教科書を譲り受ければ元手は掛からない(笑)。
数学はチンプンカンプンでストレスが溜まるだろうから、
倫理の教科書をじっくりと読んでみる。
それもいいだろう。

「情報」を沢山得ることが教養ではないことも
この歳になってようやく理解できるレベルはいかがなものと思うが、
今からでも遅くはないだろう。
いや、遅いか・・・。

本書のタイトルには”いまある武器をどう生かすか”と書いてあるが、
自分の武器って一体何だろう。
改めて振り返ると何もないような気がして・・・。

あるとすればこの10年で書き上げた2500本近いブログくらいかな。
そんなんは武器にはならんか・・・笑。

これからの人生戦略を自分の中でも描かなきゃいけないね。

時間資本主義の時代

盟友櫻山さんが以前紹介していて気になり手に取った1冊。
1日にスマホを150回開き、延べの使用時間が3時間となる昨今でいえば、
(多分、今の若者はもっと長い時間使用するだろう)
すきま時間の使い方は時代が求めることであり、
それを有効的に活用することがビジネスにおいてもプライベートにおいても重要。
いつの間にかそれが当たり前の時代になってきたのだ。

確かに僕の今の生活をみても、エレベーターを待つ時間、電車を待つ時間など
ほんのわずかな時間でさえ、スマホを開いたりする。
余裕がないだけともいえるが、ちょっとしたすき間でさえ無駄な時間を作りたくない表れ。

それがいいどうかは別問題だが、ざっぱに言えばそれが分かりやすい「すきま時間」。
いかに「効率化」することで得られる時間。

その一方で重要なのが「かたまり時間」。
どうその時間を作り、自分にとっての「快適化」に向かうことができるのか。
それが「創造時間価値」となり、何事にも代えがたい価値となる。
それをうまく使える人がより成功に近づくわけだ。

1日24時間は誰しも与えられた平等なもの。
子供でも大人でも、大金持ちでもそうでなくても与えられる時間は一緒。
当たり前なことなんだけど、その価値に気づいていない人が案外多いのかもしれない。

僕なんて普段ボーっとしている割には貧乏性で、
(あっ、これも創造的な価値・・・笑)
一分一秒が勿体なかったりする。

しかし、「すきま時間」「かたまり時間」を意識しているかといえばそうではない。
どうでもいいところで無駄な時間を使うくせに、コンビニで並ぶのはせっかちになったりする。
それを「すきま時間」と受け止めればいいだけだけど・・・。

いずれにせよ快適な時間価値の提供が、今後、ビジネスになっていく時代。
時間に大金を注ぎ込む人が増えてくるのだろう。

僕らのようなリアル中心でビジネスをする者はもっと時間の価値を考えなきゃいけない。
わざわざ出向く価値、そこで生まれる価値。
「かたまり時間」を頂く以上は、「創造時間価値」を提供しなきゃいけない。

自分自身の行動、そして自分たちの事業ドメイン、それを改めて考えるいい機会になった。
ありがとうございました。

映画「ジョジョ・ラビット」

本作はアカデミー賞の有力候補だった。
結果的には「パラサイト半地下の家族」だったけど。
これはこれで驚いた。

この作品は雑誌で読んだ評論ではすでに2020年のナンバー1作品に挙げられていた。
ちょっと早すぎるだろと思ったが、
評論家の方はそれだけ素晴らしい作品と捉えたのだろう。

確かに今年の映画の中では注目される作品に違いない。
社会派ドラマとも反戦映画ともコメディとも受け止めることができる。
社会派ドラマや反戦映画にありがちな暗くて重い要素が全くない。
戦争の悲惨なシーンもあまりそれを感じさせない。
戦争が及ぼす緊張感、切迫感もない。
映し出される景色や建物もほのぼのとしている。

逆にそのコントラストが高い評価に繋がっているともいえるのではないだろうか。
映画の描き方もどんどん変化してきているのだ。

僕の中では本作は青春映画。
有識者からは「お前はバカか!」と言われるかもしれないが、
僕の中のジャンルはそう。
くすぐったさを覚える青春映画なのだ。

なぜそう思ったかは、10歳の主役ジョジョ役を演じる
ローマン・グリフィン・デイビスをなくしては語れない。
いやあ~、彼は天才ですね。

その愛くるしい演技。おびえる表情、はにかむ表情、
甘える表情、そしてダンス。
どこをとっても抜群。
脇を固める役者陣もよかったが、彼のパフォーマンスが映画の価値を大きく高めた。

そんなふうに思う。
将来大物になっていくだろうが、チヤホヤされ天狗になり変な遊びを覚え、
堕落していかないことを祈るばかり。
周りの大人はしっかり育てるように(笑)。

そして、ジョジョの友達役ヨーキーも最高。
戦争に駆り出されても何の悲壮感も感じさせない。
誤射して家をぶち壊しても、あっけらかんとしている。
映画の中でいい空気を作っている。
子供を使って感動させるなんてズルいと思うが、
お涙頂戴映画ではないので許しておこう。

今年は結構なハイペースで映画を観ているが、例年に比べハイレベルではないか。
2020年がスタートし、たかだか1ヶ月半だが、
これまで観た6本はどの作品も素晴らしい。
外れがない。

今年は期待できる一年になるのか、
それとも前半飛ばし過ぎて後半失速するのか。
それは僕自身の鑑賞本数も含めて・・・。

映画って、やっぱりいいですね。
とありきたりな終わり方。
すみません。

妻のトリセツ

こんな本を紹介すると「奥さんがどんな対応するの?」なんて思う方がいるだろう。
それは心配無用。
カミさんは僕のブログに全く興味を示さないので読むことはない。
本人が直接知ることはない。

カミさんの友達が読んでいて、
たまにブログのことを伝えることがあるのでそれは心配。
そんな友達に言っておこう。
”余計なことはしなくてよろしい”

元々、本書を読むつもりはなかった。
昨年、懇意にする議員さんの囲む会に出席。
著者の黒川さんが基調講演を行われ、それが面白かったので手に取った。

カミさんを上手くコントロールしようなんていう邪な考えはない。
決してそんな危ういことは考えていない。
そのためkindleで購入したものの、
空いた時間に少しずつしか読まなかったので、結構な時間が掛かった。
鼻息荒く読んだわけではないことを理解頂きたい(笑)。

しかし、読みながら
「なるほどね・・・」
「あの時はそんな感じだったんだ・・・」
と行動を思い出しながら納得する点は多かった。

それはカミさんだけにいえるのではなく、女性脳がもたらすこと。
自分の言動を疑っていたので、そうじゃないことを確認出来て一安心。
そんな場じゃない時も多いだろうけど。

本書が勧めるとおりの行動をすれば関係性はよくなるだろうが、そんな簡単ではない。
相手は気にしないと言われても、何か怪しいと疑われる。
その段階でこのブログの存在を知られてしまったら・・・。

なんともお粗末な結果になりそうだ。
ここまで書いてきたが取り下げた方がいいのかもね(笑)。
バレないような言動を心掛けたい。

いずれにせよ、僕は一人では生きられない。
同居30年以上の離婚のケースはこの30年で4倍になっているという。
捨てられる夫が多いという証。
気をつけなければ・・・。

しかし、こんなこともいえるらしい。
妻がガミガミ言うのは、夫と長く暮らしたいからだと。
それだけ心配しているからだと。
ガミガミいわれることを喜ばないと思わなきゃいけない。

僕の知り合いには酔って記憶を失くし訳の分からない行動で、
奥さんに激怒される方がいるが、それはどうなんだろうか。
相手のことを心配してガミガミ言うのとは違うんじゃないのかな。

女性の特性を知ることは大切。
勉強になりました。

ちなみに今日は結婚記念日。
平穏無事な1年にしたいと思います。
よろしくお願いします。

映画「フォードvsフェラーリ」

いやあ~、シビレた。
痺れた映画だった。

僕はさほどカーレースには興味はない。
山本左近氏は応援しているが、F1もル・マン24もほとんど見たことがない。
過酷なレースであることは知っているが、その程度のこと。

それでも大いに興奮する。
手に汗握るシーンが繰り返される。
車好きならより楽しめるはず。

こんな表現をするとアクション性の高い映画に思われるが、そればかりではない。
男同士の友情と意地を賭けた戦いであり、
企業のプライド、個人の名誉欲を描いた映画でもある。

本作は1966年のル・マン24時間耐久レースを描いた実話。
その背景にあるフォードとフェラーリの攻防も面白い。
そんな事実があったとはこの映画を観るまで知らなかった。
短絡的に互いの技術力を競っていると思っていた。
無知は罪ですね(笑)。

褒め称える友人が多く、それにつられて観たわけだが、これは大正解。
間もなく公開も終わりそうなので、男同士の熱いドラマに興味のある人は、お早めに。

1960年代の色使いも巧みだし、ハラハラドキドキするレース展開も見ものだし、
実在する企業トップの人物像も上手く表現されている。
そして何よりいいいのがダブル主演のクリスチャン・ベールとマット・ディモン。
特にクリスチャン・ベールの役作りは尊敬を超える。

映画の最後にモデルとなったケン・マイルズとキャロル・シェルビーの写真が紹介されるが、
ケン・マイルズはクリスチャン・ベールにそっくり。
クリスチャン・ベールが完璧な役作りをしたということ。
「バイス」でもそのこだわりに感動したが、本作でも凄まじいものを感じた。
とてもバットマンと同人物とは思えない。

映画の中の登場人物もそうだが、とことんこだわる男はいつの時代もカッコいい。
こんな生き様を見せつけられると一体自分は何をやっているんだ…
と余計なオーバーラップをしてしまう。

そして、ところどろこ笑わせるところ、泣かせるところがあるのもいい。
勝負にこだわるマット・ディモン扮するシェルビーは意外にこっすいしね。
まあ、それも含め熱き戦いなんだろう。

そして、エンディングで示されたル・マンでのフォードの成績。
これは一体、どんなメッセージなんだろうか?
賞賛とも皮肉とも受け止められる。
アメリカ全体に発したメッセージとも受け止められる。
一番何が大切なのかと・・・。

本作は153分と長い作品だが、時間の長さを感じることはなかった。
いやいや、面白かった。

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