とても文学チックな作品というのが鑑賞後の印象。
ノーベル文学賞受賞作家カズオ・イシグロ氏の小説を映画化するとそんな香りになるんだ。
描かれるのは1952年の長崎とその30年後のイギリス。
1952年は長崎原爆投下から7年後。
先月観た「長崎 閃光の影で」はまだ記憶に新しい。
この作品は1945年8月直後の長崎が舞台。
7年経過すると街並みも生活も大きく変わるが、その時の傷は癒えることはない。
記憶は薄らいでいくが、30年後も同じ。
文学的な表現で戦争の悲惨さは角度を変えているだけのこと。
ダイレクトに戦争の愚かさを訴える「長崎 閃光の影で」と間接的に訴える本作との違い。
そもそも比較するものでもないが・・・。
1952年の長崎はいい意味でアメリカの影響を受けファッションも食事も体現。
因みのこの時代の悦子を演じるのが広瀬すずで30年後の悦子が吉田羊。
ネタバレの範囲にはならないはずが、この2人が同人物であるのに少々驚いた。
なくはないか・・・。
本作はイギリスに住む悦子の娘・ニキが母親の長崎時代の話を聞くことから物語は始まる。
広瀬すず演じる悦子は回想シーンになるが、あたかも現実のように映る。
そこも文学チックな香りだが、そこに絡む謎多き女性・佐知子がより際立てる。
演じるのは二階堂ふみ。
悦子は長崎弁なのに対し、佐知子は標準語。
その標準語は僕からすると昭和30年代の映画の言葉。
2人の会話は神秘的で現実のようにも思えるが異次元の世界にも感じる。
果たしてそれがどうかというのが映画が進むにつれ明らかにされる。
本作の紹介はここまでにしておこう。
僕は映画を観ている段階では「遠い山なみの光」というタイトルの意味が分からなかった。
鑑賞後、しばらくしてから、「なるほど」と解釈。
とても重要なシーンが本作のタイトルだったんだ・・・。
さすがノーベル文学賞作家。
いや、さすが石川慶監督。
監督は愛知県出身ということもあるが、注目している映画監督の一人。
デビュー作「愚行録」は出演者が酷い連中ばっかり今でも頭にこべりついている。
3年前の「ある男」は2022年の日本映画ベスト5にも入れた作品。
最近では珍しく正統派な映画監督のように思う。
本作も期待を裏切らない作品だった。
これからの作品も楽しみにしたい。
実のところ二階堂ふみは誰なのか。
これから観る方は注意しながら観てもらいたい。