これからも前向きに 名大社会長ブログ

カテゴリ「本を読む 映画を観る」の記事一覧:

映画「シャイロックの子供たち」

池井戸作品の映画化はほとんど観ている。
これまでは半沢直樹的よりも社会性の強い作品が多かったので興味をそそられた。
ドラマ半沢直樹も欠かさず観ていたが、映画までは・・・というのが正直な想い。

そんな意味では娯楽性の高い本作は迷っていた。
しかし、映画評論仲間の推しもあり、映画館に足を運んだ。
やはり人気があるのか、結構混んでいた。

予告編も上手く作ってあったし、
阿部サダヲは宣伝も達者なので、
いい効果が表れていると思う。
本作もロングランになるのか・・・。

ひと言でいえば阿部サダヲは阿部サダヲ。
キムタクはどんな作品でもキムタクだと言われるが、阿部サダヲも同じ。
どんな役柄でも彼の軽快な魅力が発揮される。

キムタクと違う点はその役柄の人格が阿部サダヲになる。
この意味、通じるかな?(笑)。
セリフではセリフではなく、彼の発する言葉。
そんなふうに感じてしまう。

映画の舞台は池井戸作品のド定番の銀行。
必ず悪役が登場する。
それを倒す正義が現れる。

それもド定番。
誰が正義で誰が悪役かは映画を観てもらえば分かるので割愛。
大体、想像はつくかな・・・。

映画を観ながら思ったこと。
未だに銀行の職場環境はあんな昭和チックなんだろうか。
営業会議での詰め方もその対処法も旧態依然。

実際、今もこんな感じなら銀行はかなり古い体質。
失礼な言い方になるが、今も古い体質だとは思う。
ただ未だにこれはないだろうと思ってしまう。

就活生が見たら、銀行を志望するのは止める。
イメージは悪い。
杉本哲太扮する副支店長なんて最悪な存在。
ああいった人が出世する時代はとうに終わったと思うけどね(笑)。

当たり前のように使用するATMがあんな仕組みとは知らなかった。
それはいい勉強。

肝心な映画だが、誰もが楽しめるような作品に仕上げている。
それをどう評価するか。
大喜びする人もいるだろうし、
その展開に疑問を感じる人もいる。

要は観る人次第。
それでいい。
描かれる人についても同じ。

些細な気の迷いを認める人もいれば、許せない人もいる。
倫理観もまちまち。
結局、どう自分に向き合えるかが重要。

何があっても職場である銀行にしがみつく時代は終わったと思う。
銀行に限らず全ての業界、企業にいえること。
自分を失くしてまで、そこで働く意味はない。
少しズレるがキャリアの授業にもマッチするかもね。

タイトルでもある「シャイロックの子供たち」。
映画を観る前までサッパリだったが、なるほど、そういうことね。

いい気づきを頂きました。

映画「フェイブルマンズ」

本作も試写会で鑑賞。
ありがたい機会に恵まれている。

本作の上映時間は151分。
今年の話題作はなぜか長いと思うのは僕だけだろうか。
僕の理想は115分だが、これだけ長時間作品が続くと体が慣れてきたり・・・。
問題はトイレだけ(笑)。

既にあちこちで話題になっているので、さほど情報共有も必要ない。
ゴールデングローブ作品賞も受賞しているし、
アカデミー賞も7部門ノミネート。

僕のブログ次第では更に大ヒットが期待できる。
ここは頑張って書かなきゃいけないね。

監督であるスティーブン・スピルバーグの自伝的作品も周知の事実。
幼少時代の映画との出会いからその世界に入るまでの青年期までを描く。
これはネタバレじゃないよね。

僕も学生時代から自主映画を製作。
撮影から編集まで自身で行う姿を観ながら、
僕自身の学生時代を思い出してしまった。

なんだそりゃ・・・と思われるかもしれないが、
大学時代は脚本を書き演出をし編集もしていた。
時々撮影もしたが、基本カメラは得意な仲間に任せていた。

今から36、37年前。
当時は8mmカメラ。
映画の舞台は1950年代のアメリカ。
同じく8mmだが、僕らが使っていたよりも性能がよさそう。
80年代の日本の貧乏学生より、
50年代のアメリカのやや富裕層の学生の方が機能は優れていたわけか・・・。
スピルバーグも僕も知恵を絞りながらもがいていたわけだ。

映画界の巨匠と同じような行動をしていたと確認できただけで嬉しい。
ほんの少しの才能の違いで歩む道が変わっただけか・・・。
何事も前向きな解釈が必要。
実際は圧倒的な能力差があるが、
その背景には育ってきた環境面も大きい。

本作の主役はサミー・フェイブルマン。
タイトルは家族を表す。
両親から受けた影響により才能の花が開いたといっていい。

もちろん受け継いだ血は大きい。
それは父親であり母親。
そして育った環境。
そのおかげで今の地位の基礎を築いたと考えられる。

それはここまで個性的な親でなくとも、誰しも考えられること。
血と環境で人の能力は広がっていく。
そんな意味では子育て真っ最中の親御さんが観るのはいい学びになるのかも・・・。

映画を愛する人たちは間違いなく吸い込まれていく。
どんな反響かも楽しみ。

そして改めて思ったこと。
スピルバーグ監督作品を見直してみようかと。
観ていない作品も多いしね。

映画「いつかの君にもわかること」

2023年が始まって2か月足らずというのに鑑賞した映画は偏っているように思える。
実際はジャンルも違えは国も違うが、共通したテーマが存在する。

それは「死」。
特に意識したわけでもない。
それに関する映画を選んでいるわけでもない。
たまたまに過ぎない。

ファミリア、とべない風船、モリコーネ等々。
しかし、僕の根っこで潜在的に向き合う要素があるのかな・・・。
そんなことはないか。

最近だと「すべてうまくいきますように」
これは高齢の父親と娘を描いた作品。
立場的には理解しやすい。

本作を比較すると真逆。
そしてかなり辛い。
余命僅かなシングルファーザーと小さな息子の家族探しの物語。
どうやら実話を基に作られた作品。

僕らが知らないだけで、このようなケースは意外と多いのかもしれない。
世の中には自分の意志でコントロールできないことは多い。
自己責任とは遠い話。

しかし、当事者は自己責任と捉え自分を責める。
息子の将来の幸せを最優先しながら、自身の在り方と葛藤する。
気持ちが揺らぎながら、感情を押さえながら、淡々と時間が過ぎていく。

死が目前であっても日常は普段とさほど変わらない。
変わらない日常でも微妙な変化に親子は気づく。
幼い息子は言葉にできなくても、変化を感じ取り行動にも表れる。
子供らしいわがまま・・・。

派手さはない。
お涙頂戴でもない。
互いの感情が大きく乱れることはない。

故にせつない。
故に悲しさがグッとこちらに押し寄せる。

親子を描く作品を観る度に自分の役割を考えさせられる。
健やかな家庭は健やかな子供を育てる。
荒れた家庭は荒れた子供が育つ。
全てではないが映画の世界も現実も同じ。

だからこそ、自分はどうあるべきか。
それを真摯に受け止める。
しかし、どうにもできない世界があるのも事実。

父親と息子の表情が全て表している気がしてならない。
何が一番大切なのか。

いつかの君にもわかること。

そう願ってまっとうするしかない。
今、瞬間はそうでなかったとしても・・・。

本作は2020年の製作。
もっと早く公開されてもよかったよね。

亀裂 創業家の悲劇

「こういった書籍がファミリービジネスのイメージを悪くするんだろうなあ~」
読み終えてつくづく感じた。
それは本書を非難しているのではない。

その事実は事実として受け止め、現状の問題をあからさまにしなくてはならない。
そうすることで少しは同族内のゴタゴタが改善するのだと思う。
この類と同等に「世襲と経営」のような魅力を伝える書籍が話題になれば、
イメージに左右されることは減る。

本書は8社(厳密には9社)のお家事情が描かれている。
当然だがノンフィクション。
取材や膨大な資料を基に著されているので誤りはないはず。
誇張した表現はあるが、それは少しでも辛辣な事実を伝えるための手段。

登場するのは僕もちょくちょく話題にした大塚家具をはじめ名のある企業。
ロッテ、セイコー、ソニーなど業界トップ企業も多い。
あまり表ざたにはならないが、目立たないところで一族間の衝突が起きる。

ほとんどは権力と財産に関すること。
怪しげな会社に大金を騙し取られるケースも多い。
いわゆる「M資金」。
客観的に冷静に判断すれば分かりそうだが、
当事者になると一点しか見えなくなってしまうのか・・・。

欲がなければ事業を成功させることはできないが、その欲は収まることはない。
原動力になるのは間違いない。
僕のような小市民は一定のところで満足してしまうから、
大きな成功を収めることはできない。
その点、大きな違いがあるが、その分、大きく間違えることもない。
どっちがいいのかな(汗)。

英才教育を受けた親子でもいがみ合いは起きる。
二代目や三代目はどんなに頑張っても創業者にはなれない。
やはりジェノグラムで関係性を明確にするのも大切だね・・・。

描かれるのはマスコミを取り上げるようなスキャンダラスな側面。
これは氷山の一角。
この規模ではないにせよ、同じようなゴタゴタはあちこちに存在する。
簡単にお金で解決できないので、却って後を引きずるのかもしれない。
その臭いを嗅ぎつけてニコニコとやってくる連中もいるだろうし。

久々にドラマ「ハゲタカ」を思い出してしまった。

世の中は金だ。
金が悲劇を生む。

気をつけないといけない。
いい勉強になりました。

映画「コンパートメント No.6」

フィンランド映画って、初めて観たんじゃないかな。
本作はフィンランド・ロシア・エストニア・ドイツ合作だが、監督も主役もフィンランド人。
フィンランド作品といって問題ないだろう。

フィンランドから何をイメージできるか。
なかなか難しい。
サウナくらいしか思いつかない。
もしくは今はロシアが隣で緊張を強いられると思うくらい。
教養のなさが出てしまうな(汗)。

本作は女子学生がフィンランドからロシアへ寝台列車で向かう一人旅を描く。
明らかに時代が古いので、鑑賞後、時代背景を確認したら90年代半ば。
僕は80年代?と思いながら観ていたが、
セリフの中で映画タイタニックの話題が出たので、それで90年代と認識。

それにしてはかなり時代遅れ感を感じさせた。
当時の北欧やロシアはそれが普通か。
車はオンボロだし、列車の車掌らのサービスはすこぶる悪い。
そんな時代。

映画では女子学生が旅行を通し、自分を見つめ直し、人との出会いにより価値観が変化していく。
時代もちょうど移り変わる頃。
少しずつ解き放たれていく。
旅は人を成長させる。

映画を観て思い出した。
僕の場合は80年代後半だが、大学4年の冬に2週間ほど一人旅にでた。
青春18きっぷを購入し、鈍行列車で北海道まで向かった。
東京や北海道に下宿する友人のアパートの転がり込む日も送ったが、基本は一人で過ごした。

携帯もネットもない時代。
連絡手段は公衆電話しかなかった。
当時の彼女は恋愛禁止の家庭。
内緒で付き合っていたので、電話もできず。
確か手紙を書いていたんじゃないのかな。

そう思うと90年代のロシアと80年代の日本は近いのかも・・・。
泊まる場所もなく、交番で安いホテルを聞いた覚えも。
まあ、僕もそんな経験で少しは価値観が形成されていったのかな。

本作は寝台列車を通したロードムービー。
とても暗かった女子学生の表情が次第に明るくなっていく。
やはり旅に出ろということか。
本作を観て、一人でぼんやりと旅行がしたくなった。

地味な作品だが、映画館は混んでいた。
2021年カンヌ国際映画祭のコンペティション部グランプリ受賞の影響もあるだろうが、
みんな僕と同じで一人旅を求めているわけね。
そんなことを感じた映画だった。

映画「ハケンアニメ!」

昨年、見逃した作品をNetflixで鑑賞。
今月、発売された2022年キネマ旬報ベストテンでは6位、
読者選出では5位を獲得。
評論家も愛好家も好んだ1本となる。
それに感化されたわけじゃないが、評価が正しいと思う面白さ。

ハケンアニメというタイトルからして原作を知らない人は派遣社員が絡む映画と思うだろう。
主演は吉岡里帆なので、余計にそう感じる人が多いはず。
彼女がアニメの監督とは事前情報を入手しなきゃ誰も思わない。

ここでいうハケンは覇権を獲ることを指す。
同時刻に放送される2本のアニメ番組のどちらが高い視聴率を獲得できるのか。
その覇権争いのこと。

映画でこんな設定は新鮮。
それにも増して新しいと感じたのが、覇権争いの比較の仕方。
SNSの拡散は今の時代を反映し、分かりやすく伝える。
単にスマホで情報をアップするだけでなく、その影響度を映像に絡ませながら臨場感を醸し出す。
こんな手法も今までの映画にはなかった。

ただ、どうやら覇権アニメという言葉はその世界では一般的のよう。
話題の「すずめの戸締り」も「かがみの孤城」も観ない僕には未知の世界。
アニメの制作現場も未知の世界。

あれが正しい現場の描き方だろうか。
あんなふうに作品が制作されるシーンは勉強になった。
一人ひとりの役割がひとつの作品のクオリティを上げる。

この現場感も本作の魅力。
覇権争いをする2本のアニメを全編通して観たいと思う人は意外と多かったり。
もしかしてアニメファンは全員そう?
描かれるタッチもファンの気持ちを揺り動かすのかな?

多くのスタッフがしがらみを抱えながら絡み合い、
テクノロジーと感性を駆使して作り上げるアニメはやはり日本の誇るべき文化。
日本映画が世界で勝てる数少ない分野。
「THE FIRST SLAM DUNK」は映画で完全に負けている韓国でも大ヒットだし・・・。

アニメの魅力を実写で伝えるなんて何とも憎い。
僕のように普段アニメを観ない輩がこれをキッカケに吸い込まれていく可能性もあるから。
姑息ではなく計算し尽くされた作品。
そんなことを思ったり・・・。

そして、エンドロールが終わってからの誰もが喜びそうなカット。
あれはチャップリンなのかな。

なぜ、うまくいっている会社の経営者はご先祖を大切にするのか

まずは著者の天明茂先生にお詫びしたい。
本書はわざわざ天明先生にご来社頂き、直々に頂戴したが、
会社の書棚に置きっぱなしだった。
誠に申し訳ありません。

読まなきゃと思いつつ放置状態。
先祖を大切にするのは当然だが、関係ある方も大切にしなきゃいけない。

ファミリービジネスを学ぶ上で「家系図」は重要。
名古屋ファミリービジネス研究会でも必ずジェノグラム(家系図)の作成は研究会の中で実施する。
そこから見えてくることも多い。

本書を読むことでより理解が深まる。
それは家族の歴史や先祖の存在だけではなく家系の価値観そのもの。
家系を知ることでそのファミリーの人間性まで把握することができる。

10年近く前に僕も自分自身で家系図を作った。
父親、母親、祖母、祖父の流れを描いてみるとそこに宿る使命のようなものが見えてくる。
よきにつけ悪しきにつけ親の影響は受ける。

表現は酷いが、虐待を受けた子は親になっても虐待するケースは多い。
借金癖がある親からは借金癖の子が育つ。
もちろん全部ではないし、偏った見方もある。

しかし、それが多いのも事実。
いいものは受け継ぎ、悪いものは断ち切る。
これも家系図から判断できるということ。

天明先生は実体験を晒しながら、多くの分析を行い何が重要なのかを語る。
結論としては本書のタイトルになるんだけど・・・。

長く続く企業は「家を継ぐ」「先祖を祀る」「親孝行」の3つを実行しているという。
これは同族企業を基本にしているが、それには限らない。
人として生きる上で誰しもが大切にすること。

僕なんかも普段の生活で忘れがちになるが、意識はしている。
親孝行しているのか!と問い詰められると答えに窮するが、
何も親に頻繁に会うことだけが親孝行ではない。

どんな生き方を示せるかが親孝行にもなるはず。
僕はそれを亡くなった父親から学んだ。
常に周りから信頼される存在もきっと遺伝するはず。
継ぐことができると思う。

今の幸せや自分の成り立ちも先祖の苦労や努力があってこそ。
そこを忘れてはいけないし、感謝し続けなきゃいけない。
自分の力で築き上げたなんて愚かなことを思わないこと。

本書を読みながらその大切さを改めて感じた。
僕が作った家系図はまだ中途半端。
専門家の方にお願いするのも方法だが、自分で戸籍謄本を取り寄せ作ってみるのもいい。
叔父さんが元気なうちに教えてもらったり、檀家に確認しようかと・・・。
そんなことを考えたり。

それがきっと自分の役割なんだろうね。
どこかで時間を作らないと。

天明先生に書いて頂いたことを大切にしたいですね。
改めてありがとうございました。

映画「すべてうまくいきますように」

久しぶりにソフィーマルソーを観た。
彼女を初めてしたのは中学生の頃。
「ラ・ブーム」にときめいた。
もう40年以上も昔の話。

同級生なので今56歳。
なんと愚か者副本部長とは生年月日が同じ。
まあ、どうでもいいことだけど(笑)。

この10年くらいは名前も出なかったと思うが、何をやっていたのだろうか。
調べてみると継続的に映画には出演している。
日本に届いていないだけで、フランスでは今も第一線で活躍しているよう。

相変わらずの美しさだしスタイルもいい。
いい年齢の重ね方をしていた。
本作はほぼソフィーマルソーが出ずっぱり。
彼女中心に撮られた映画であるのは間違いない。
しかし、さすがにこの年齢だとアイドル映画とはいかない。

人の尊厳に関わるのが本作のテーマ。
85歳の父親が脳卒中で倒れ自由が利かなくなったことで起きる親子の葛藤を描く。
ソフィーマルソーは娘役で実年齢に近いと思われる。

日本とフランスのお国柄の違いはあるだろう。
しかし、死に対する考え方はさほど変わらない。
僕が父親の立場であれば同じ選択する可能性は高い。

自分の体が思い通りにならない。
人に迷惑を掛ける。
であれば安楽死を望む。
個人的には共感できる。

身内はそれを素直に受け入れられるだろうか。
様々な思いが巡る。
日本ではその選択肢はないが、高齢化社会になればなるほど同様の問題も起きる。
誰にでもいずれ死は訪れるわけだし・・・。

本来、僕の立場であれば子供であるソフィーマルソー側から捉える問題だが、
なぜか父親側として受け止めていた。
自分自身の死生観が何とはなしに反映したのかもしれない。

全て感情のまま表現する父親。
感情を押し殺しながらも時に抑えきれなくなる娘。
自分を制御できるかも年齢と共に変わっていく。

安楽死を選んだ父親がふと呟いた言葉。
これも現代社会の象徴。
選択肢を広げるためには一定の財力は必要。

悲劇を描くわけでも、社会問題を描くわけでもない。
事実を受け止めるだけだが、いろんな視点が入り交ざる。

すべてうまくいきますように。

そう願うのは誰しも同じだろう。

映画「モリコーネ 映画が恋した音楽家」

あまりにも心地いい音楽に序盤はついウトウトしてしまった。
次第に馴染み深い音楽とモリコーネの語りに吸い込まれて、
気づいた時にはうっすらと涙を浮かべていた。

映画コラムニストとか映画ファンとかエラそうにいいながらも、
音楽がここまで映画に影響を及ぼすとは思っていなかった。

映画音楽が作品に寄り添い一体化する。
音楽が映画に乗っかるのではなく、歩調を合わせ共に前に進む。
映画を盛り上げるだけの存在でないことがようやく理解できた。
ちと、遅いね。

本作は映画音楽の巨匠エンニオ・モリコーネを追いかけたドキュメンタリー。
インタビューと彼が手掛けた作品をシンクロさせながら、時代の変遷とともにその人生を映す。
モリコーネが手掛けた映画音楽は500本以上という。

「ニュー・シネマ・パラダイス」のように映画を思い浮かべた瞬間に
音楽が頭の中を流れるような作品もあれば、超マイナーな作品まで多数。
70年代あたりのイタリア映画は前衛的な作品も多そうだし。
そこにモリコーネの音楽を重ね合わせるとよりインパクトの強い映画になるわけだ。

若かかりしクリントイーストウッドが主演したマカロニウエスタンも音楽が作品を押し上げている。
セルジオ・レオーネにしてもクエンティン・タランティーノにしても、
モリコーネの主張を100%受け入れるのは信頼と実力の証か。
そう考えるとキューブリックは勿体なかったね。
諦めなかったら、どんな「時計じかけのオレンジ」になっていたのだろうか。

僕が一番映画を観ていた時代は80年代から90年代。
(今年という話もありますが)
音楽を聞くだけで作品が分かる映画がこんなにも多いとは・・・。

過去観た作品を違う視点で愉しむのもいいかもしれない。
調べてみたらAmazonmusicでも聴けるし、感傷的になってみるかな。

今年に入ってわずか1ヶ月半だが、上映時間3時間級の作品が多い。
今年の傾向だったりして・・・。
じっくりと映画に時間を割く。
最高に贅沢な時間を味わう。

「映画が恋した音楽家」
まさにその通りでいいタイトル。
こんな贅沢を多くの人に味わってもらいたい。

解像度を上げる

なぜか与えられた課題図書。
久々に問題解決系の書籍を読んだ。
最近、頭を使うことがめっきり減っているので、
たまにはこうしたジャンルで刺激を与えた方がいい。

18年前に通ったグロービスの「クリティカルシンキング」を思い出した。
当時は論理的思考力のかけらもなかったが、
この授業のおかげで人並みに考えをまとめられるようになった。

しかし、それは常に訓練して維持できること。
脳みそも使い続けなけりゃ、あっという間に退化する。
今はそんな状況かもしれない(汗)。

当時、問題解決を山ほどやったが、今も基本は変わらない。
本書に書かれていることも近い面はある。
しかし、それは近い面に過ぎず、ここで求められるのはそんな事だけではない。

「深さ」「広さ」「構造」「時間」の視点で解像度を上げろということ。
クリティカルシンキングの場合はwhat→where→why→houや
why?why?why?を繰り返し、考え抜くことが必要だったが、
解像度を上げるにはそれだけではない。

サーベイやデータ分析も大切だが、
手を動かす、体を動かす、何よりも行動することが重要だという。
情報を集め思考するだけでは足りない。
人と話をする、インタビューする、体験する。
それにより深くなったり、広くなったり・・・。

本当はそれをきれいに分けて考えるとより整理ができるが、ここは感覚的に収めておこう。
ここはふわっとした解像度状態のブログでいい。
解像度が高いブログだと本書を読む必要がなくなってしまうし・・・。

最近、話題のChatGPTを使うと更に脳みそが退化するが、もはや時代の必然。
これは効率的なツールとして、いい活用をする。
同時に時間を掛けて長期の視点を持つ。

これだけ情報が溢れ、なんでも手に入りそうだが、実際は何も手に入らない。
それは自分自身の解像度がイマイチなのか・・・。

そんなグダグダな状態から脱するためにも「あるべき姿」を意識しながら行動していきたいね。