これからも前向きに 名大社会長ブログ

カテゴリ「本を読む 映画を観る」の記事一覧:

映画「ナックルガール」

Amazonプライムで配信された作品。
何かのタイミングで予告編を見て、早々に鑑賞。
TVCMだったかな?
個人的には面白かったが、レビューを読むと酷評が続く。

簡単に解説すれば、妹が裏社会の組織に監禁され、
プロボクサーの姉が救出するためにその世界に戦いを挑むストーリー。
確かに詰めが甘いというか、矛盾も多い。
映画館で集中力が途切れずに観たのなら、粗が目立ったのかもしれない。

しかし、ここは大目にみよう。
(無料で観ているわけだし・・・)
僕は何気に三吉彩花は気になる女優の一人。
特徴のある顔立ちではないので街で会っても気づかないかもしれない。
スタイルは抜群だが女優の力量としては未知の存在。

だが、なんとなく気になっている。
「ダンスウィズミー」「Daughters(ドーターズ)」も秀作とは言い難いが、
彼女の動きには目を見張るものがあった。

そして、本作。
三吉彩花のアクションを観るだけでも一見の価値はある。
アクションが上手い女優は綾瀬はるかや長澤まさみが挙げられるが、その比ではない。
彼女はその路線だけでも活躍できるのではないだろうか。

どこまで合成やスタントマンが使われているか分からないが、
本作を観る限りほぼすべて自分で演じていると思う。
トレーニングシーンが本物だとすれば相当な体力の持ち主であり、
その鍛え方には感動する。

ボクシングシーンも格闘するシーンも実にサマになっている。
現役のプロボクサーといわれても誰も疑わない。
そんなふうに思ったり・・・。

原作は韓国の人気ウェブコミックとのこと。
韓国映画ならリアリティを感じたかもしれないが、
(そうでもないか)
日本ではあり得ない世界。

現実からは遥か遠い世界を描いているが、設定は目の前の日本。
そのあたりが酷評の理由かもしれない。
何も考えず観ることをおススメしたい。
秋の夜長にはいいと思うし、伊藤英明や窪塚洋介も真剣に演じている。

映画館でないので本作は対象外になるが、
今年は80本を超える作品を観ることができるだろうか。
残り1ヶ月半。
こんな作品で体を慣らし、スパートを駆けていきたい。

映画「SISU シス 不死身の男」

描かれているのは第二次世界大戦末期の1944年。
「ゴジラ−1.0」に近い(笑)。
これが実話なら凄すぎる世界だが、さすがにあり得ない。
主人公がターミネーターかダイハード並に強すぎる。
いや、もしかしたらこの2人よりも強いかも・・・。
映画を観て、そんなことを感じた。

アクション映画はハリウッドが主役だが、最近は韓国やインドの台頭が目立つ。
それだけじゃない。
もしかしたらフィンランドもその国の一つかもしれない。

そもそもフィンランド映画って観る機会がない。
今年観た「コンパートメント No.6」が初めて。
僕の勝手な印象だが、タイトルの置き方や表現は時代を感じる。
途上国の雰囲気が残ると思うのは単に思い過ごしか・・・。

戦争映画は自国が舞台だと相手国との関係性がよく理解できる。
日本やドイツやアメリカが舞台ならものすごく分かりやすい。
ではフィンランドはどんな立場か。

無知な僕はフィンランドがどっち側なのかも、どう巻き込まれているかも知らない。
映画を通して国の立場を理解することになる。

本作は完全無敵の爺さんがナチス軍をメタメタにする物語だが、
ドイツの描かれ方をみればフィンランドが抱く感情は少なからず分かる。
どうみても悪い連中でろくでもない軍隊。
本作を観てすっきりしたフィンランド人は多かったりして・・・。

それにしても主人公の老兵コルビはタイトルにあるように不死身。
普通の人間ならとっくの昔に死んでいるがその度に復活。
それはヒーロー物の超人ではなく、あくまでも人間。

体はボロボロで傷だらけ。
自分で治療する姿は目も当てられない。
かなり残酷。
ほぼセリフはなく、感情と行動だけで観る者を引っ張る。

たまにはこんなストレートな映画を観るのもいい。。
タイトルにある“SISU(シス)”。
フィンランドの言葉で正確には翻訳不能。
すべての希望が失われたときに現れるという、不屈の精神を意味している。
解説のまま引用(笑)。

映画の中でもそんなセリフがあるが、日本でいえば大和魂的な言葉か。
映画を通して国を学ぶことは多い。

バイオレンスアクションでもそれは同じだった。
やはり多くの国の映画を観ないとね。

映画「ゴジラ−1.0」

本作はゴジラの生誕70周年記念作品。
日本で製作された実写版映画としては30作目。
なんと公開日も第1作目の1954年の「ゴジラ」と同じ11月3日。

その初日に本作を鑑賞。
特にモーレツなゴジラファンでもない。
たまたま日程があっただけ。
最近観たゴジラといえば「シン・ゴジラ」「ゴジラ キング・オブ・モンスターズ」
といっても7年前だから随分と昔。

小学生の頃は公民館で上映会があり、ゴジラシリーズが流れていた。
「ゴジラ対ヘドラ」とか「ゴジラ対メカゴジラ」とか。
どちらかといえば正義の味方で、子供向けの作品になっていた。

平成になってシリーズ化されたが全く観ていない。
それについては特に問題はない。
問題なのは第1作目を観ていないということ。

どんな結末か知らない。
本作と比較するにはそれが重要な気がしてならない。
観終えたあとにそんなことを感じた。

舞台は第二次世界大戦の終戦前と終戦後。
戦争に敗れボロボロになった日本をゴジラが襲う。
その設定は果たして正解なのか。
ー1.0というから正解だと思うが、誕生の理由は分からない。
まあ、細かいところは省くとしよう。

個人的には「シン・ゴジラ」の方がリアリティがあり好きだが、娯楽作品としては抜群に面白い。
老若男女楽しめる映画。
僕が観た回はどちらかといえば年配の方が多かった。
「シン・ゴジラ」ではノスタルジックにはなれないし。
そんな面もあるのかな・・・。

山崎貴監督の技術はふんだんに映像に取り込まれ描き方はさすが。
同時に先が読めるストーリーも監督らしいというべきか。
思っていた通りの展開(笑)。

僕は前回のNHK連ドラは観ていないが、主役の2人はそのままという。
浜辺美波は「シン・仮面ライダー」もヒロイン役を演じており、往年のアイドル路線を歩む。
虜になっているオジサンも近くにいるし(笑)。
シン・シリーズには重宝する女優になりそう。

主役の神木隆之介は決して嫌いな役者ではない。
若手俳優では上手いと思う。
本作でも好演していた。
それは間違いではない。
しかし、僕は申し訳ないが迫力不足を感じた。
頼りなさを演出していたのかもしれないが、少し違うような気がして・・・。
この辺りは他の方の感想を聞いてみたい。

ここからまたゴジラシリーズが始まるのだろうか。
ゴジラ2.0とかゴジラ3.0とか・・・。
パワーアップしたゴジラの動きや破壊される街並みは楽しみにしておきたい。

「放送禁止歌」を読む

映画「福田村事件」を観て、SNS上で仲間と語り合った。
2023年のトップクラスに入る作品であるのは間違いない。
葬り去りたい過去の事件を正面からえぐった森達也監督には賞賛を送りたい。

語り合っていた時に紹介されたのが森監督の著書「放送禁止歌」。
書籍の発行は2000年7月。
文庫本は2003年6月の出版。
僕はその存在すら知らなかった。

森監督は元はテレビディレクター。
それもドキュメンタリー番組を制作してきた。
映画もドキュメンタリー中心で、先に取り上げた「福田村事件」は初めての劇映画。
これも成し遂げたかった仕事の一つのはず。
本書を読むと森監督のやりたいことが何となくみえてくる。

ここではテレビで放送禁止になった曲を取り上げ、
その背景をディレクターらしく取材を積み重ねあからさまにしている。
ある意味、自分が所属するテレビ局の批判とも受け取れる。

僕も何となくだが放送禁止になった曲名については知っている。
岡林信康の多くの作品や「竹田の子守歌」「イムジン河」など。
部落問題や隣国との緊張関係を伝え聞いた感じで・・・。

しかし、そこに明確な根拠があったとは言い難い。
日本人らしい空気を読む姿勢がそっち方向に進んだといっても間違いではない。
本来あるべき姿をうやむやにしてしまった存在であると自戒を込めて語られている。

今から20年以上前の作品だが、基本は今も大きくは変わっていない。
そんなふうに思えてならない。

ジャンルは異なるが一連のジャニーズ問題でも以前は全く触れなかったことに対し、
今は必要以上に叩いていると感じる。
パレスチナ問題がクローズアップされたら、ウクライナのニュースは見なくなった。
それは僕だけ?

真面目に働いている人は多いし、少なからず関係もあるので否定するつもりはない。
しかし、無自覚な思考停止に陥っているのかも。
それは僕にも言えることだけど・・・。
すべてを反面教師的に捉えなきゃいけない。
「福田村事件」もね。

たまには精神的に追い込む書籍を読まないとバカになる。
薦めてくれた仲間に感謝。

それにしてもつボイノリオの「金太の冒険」は要注意歌謡曲は理解できるが、
ピンクレディの「S・O・S」もその対象とは・・・。
歌詞を読み返してみるかな。

映画「フィリピンパブ嬢の社会学」

名古屋の映画コラムニストとして試写会にご招待いただいた作品。
今週10日より愛知県で先行公開される。

なぜか。
作品の舞台は愛知県。
だからこの地区に詳しい映画コラムニストに案内も舞い込んでくる。
あんまし関係ないか・・・。

怪しげなタイトルだが、本作は実話を基に作られた映画。
原作の中島弘象氏の大学院時代が舞台。
その出身大学中部大学もそのまま、
その周辺の春日井市内もそのまま、
フィリピンパブのある栄の女子大小路もそのまま撮影されている。

映画を観ながら「あ~、あのあたりか」なんて心の中に呟いたり・・・。
そんな意味では身近に感じる作品。
有名俳優が出演しているわけでもなく、
莫大な予算が投じられているわけでもない。
地域の協力があってこそ完成した映画。

この手の作品はあまり面白くなかったりするが、本作はそうではない。
正直なところ、観る前まではあまり期待していなかった。
しかし、どうだろう。
どんどん映画に惹きこまれ、最終的には幸せな気持ちで映画を観終えた。

エンディングロールの後もなかなか憎い演出。
温かい気持ちにもなれる。

簡単にいえば、貧乏大学院生と事情を抱えたフィリピンパブ嬢とのラブストーリー。
そこで予測しない出来事が起きるわけだが、そこは実話がベース。
人を殺したり、アンダーグランドのディープな世界が描かれるわけではない。

あくまでも一般人が経験するギリギリのところ。
そのギリギリ感が人間らしい。
些細なことで悩みながらも大きな決断をしていく。

物語は面白おかしく進んでいくが、
僕らが知らない外国人労働者の現実や文化の違いを見せつけられる。
よりリアルに感じ、時折、ドキュメンタリーを見ている錯覚に陥る。
偏見は当然ながら、世間を取り巻く厳しさを痛切に感じる。
そこも含め楽しめる一本じゃないだろうか。

白羽監督は原作を読んで映画化を熱望し、原作者にSNSで繋がり名古屋まで来たという。
こんなふうにしても映画は創られるんだ。

本作が国内のどこまで公開されるかは分からない。
もし、そんな機会があればぜひ、観てほしい。

愛知県のローカルも理解できるしね。

映画「唄う六人の女」

「えっ、ホラー映画?」
映画を観始めて20~30分くらいの頃、そんな思いが頭をよぎった。
僕はホラー映画はほぼ観ない。
そのジャンルにそもそも関心がないし、
何の得もしないという気持ちが強く観ることはまずない。

本作は予告編を数回観ただけの知識。
怪しげな作品という認識はあったが、まさかホラー映画とは思わなかった。
30分ほど経った時に「途中で外に出ようかな・・・」と思ったのも事実。

しかし、そう思い始めたころから流れが変わっていった。
結果的には納得感が体を包んだ。
途中退出しなくてよかった。

ただとても不思議な作品。
現実と非現実がシンクロし、謎めいた森の世界で物語が繰り広げられる。
予告編では水川あさみはじめ艶めかしい女性陣が登場するので、
エロティックな要素が溢れるのかと思いきや、冒頭のホラー映画に近い状態。

艶めかしい女性陣は刺す女、濡れる女、撒き散らす女、
牙を剥く女、見つめる女とそれぞれ役割が決まっている。
その女性陣に監禁されるのが、フォトグラファーの竹野内豊と開発業者の山田孝之。

普通に考えればありえない世界だが、ここには深い理由がある。
観客の全てが竹野内豊になり、彼と共に段々と理由が解明されていく。
そこで物語が終われば、ハッピーエンドだが本作はそんな単純じゃない。

厄介者がいろんなものをぶち壊していく。
その厄介者が山田孝之でサイテーな人物。
だが、僕はそのサイテーな人物は立派だと思う。

それは役柄ではなく山田孝之。
本作では共同プロデューサーを務め、その作品で自ら汚れ役を演じる。
「どうする家康」の服部半蔵役もいいキャラだが、何かにおいてチャレンジングな役者。
そんな意味で好感を持つ。

女性陣も魅力的。
水川あさみ以外は知らないが、その魔力に惹きつけられてしまう。
誰も一言も喋らないし・・・。

評価はとても難しい。
面白いだけでは終えるにはテーマが深いし、
テーマを追求するには描き方は微妙。
人により解釈が大きく分かれるだろう。

改めて思うのは人間は自分勝手だということ。
それは戒めとして捉えなきゃいけない。
自分が巻き込まれるのは嫌だが、いい経験にもなるんだろうね。

映画「私はモーリーン・カーニー 正義を殺すのは誰?」

ビックリするくらい話題になっていない作品。
「映画.com」のようなサイトは新作が公開されると必ずビューがアップされる。
迷っている作品はビューの内容や評価点を確認して観るかどうか決める。

本作は僕が通う「ミリオン座」での上映が決まっていたので気になっていた。
公開日の翌週に別の作品かどちらかに行こうと予定していた。
しかし、公開されてもビューは全くアップされない。
上映されて1週間経過した26日現在で1件のみ。

なぜ、こんなにも話題にならないのか・・・。
解説には
「フランスの原子力会社の労働組合代表が国家的スキャンダルに巻き込まれていく姿を、
実話を基に描いた社会派サスペンス。」
と書かれている。
これに興味を示す人も多いはず。

実際に僕は重厚な社会派ドラマだと感じた。
より多くの人が観るべきとも思った。

調べてみると上映館が少ない。
「ミリオン座」は1日3回ほど上映するので、
その力の入れ具合が分かるが全国的にはそうではない。

なにか不都合があるのだろうか。
映画の中にもフクシマという言葉は登場する。
東日本大震災の翌年からのフランス原子力会社を描いているため過度に反応しているのか。
でも、それは日本にはあまり関係ないことじゃないか・・・。

本作では目に見えない圧力や影の力を感じることになる。
主人公モーリーン・カーニーはそれに立ち向かう。
その正義は日本ではあまりウケないと思われているのか・・・。
そんなことも感じてしまった。

今年観たフランス映画は本作を含め3本。
「すべてうまくいきますように」
「シモーヌ フランスに最も愛された政治家」
これまでフランス映画にさほど注目してなかったが、今年は素晴らしい作品が並ぶ。
あまり表沙汰にしたくない世界を堂々と描く。

「シモーヌ」もフランスでは大ヒットしたし、本作も同様。
大ヒットしたようだ。
国のマイナス面を露わにしているといえなくもない。
本作の事件はまだ未解決だというし。
その姿勢に拍手を送りたい。

日本でもこの類の作品が堂々と制作され公開されることを願う。
まずは本作がもっと話題となり、上映されることだろうけどね。

映画「アナログ」

本来、僕の鑑賞リストには入っていなかった。
この年齢になるとラブストーリーにはさほど興味を示さない。

しかし、周りのざわつきが僕を映画館に向かわせた。
一つは映画情報サイトの評価の高さ。
ただ、それだけでは動じない。

決定的になったのは映画評論仲間の声。
50代後半のオッサン達が胸ときめかせ絶賛していた。
もう、これは自分の眼で確かめるしかない。
この年齢で「胸キュン」なんていう現実があるのかと・・・。

やられてしまった。
映画評論仲間のオッサン同様、胸ときめかせてしまった。
このピュアなラブストーリーに汚れたオッサンが見事にハマってしまった。

なんかいい。
自分にもまだ純粋な心が残っていたことに少しホッとした。
いつまでもこんな気持ちを持ち続けたい。

原作はビートたけし。
やはり彼は天才なのかも。
次作「首」も観ないとね。

といってもストーリーに複雑さはなく、真っすぐに進んでいく。
今どき、携帯電話を持っていないこともあり得ないが、
持っていなければ自宅に電話すればいいと思うが、それもしない。

ただそれに違和感を感じない。
毎週木曜日に同じ場所で会う約束しかない。
かつてそんな時代もあったかと思わせてくれる。

その展開にときめきを覚える。
キスもしない、
その先も当然ない。
手をつなぐのがせいぜい。

それが美しい。
中学生でなく、いい大人だから美しい。

ヒロインは波瑠。
彼女の凛とした美しさと謎めいた雰囲気に惹かれる。
本作は彼女以外は考えられない。

好きな女優はたくさんいるが、僕がいざ付き合うとなれば、きっと彼女。
あり得ない話だが、そんな気がしてならない。
すいません・・・。

主役の二宮和也は泣いてばっかりだが、
同じように泣いていたオッサンも多いと思う。
こんなラブストーリーもたまには観た方がいい。

そして、ここにも登場するのがリリーフランキー。
「アンダーカレント」では饒舌だったが、本作では寡黙。
黙々とコーヒーを淹れ、笑顔で接するだけ。
舞台となる珈琲店「ピアノ」に絶妙なバランス。
助演男優賞かな・・・。

せつないし、悲しいし、嬉しい。
こんな映画も大切にしたい。
そう感じた一本。
スルーしなくてよかった。

映画「アンダーカレント」

今泉力哉監督は日常を描くのが得意な監督と思っていた。
ごく平凡な人の普通の生活にドラマを生み出す。
そんな監督と思っていた。

本作もその流れを組んでいる面はあるものの、独特の世界。
オープニングで紹介される「アンダーカレント」とは、
1.底流、下層流 
2.(感情・意見などの)底流、暗流
という意味。もっと長い文章だったけど・・・。

映画で意味を紹介されるとストーリーとの関連性を読み込みたくなる。
コミックの読者ならその必要性はないが、
その存在すら知らない者にとっては、
このタイトルは主役の真木よう子を指すのか、
それとも井浦新なのか、永山瑛太なのかと勘ぐってしまう。
まあ、複雑に絡み合ってはいるので、本作を観て感じ取ってほしい。

映画はゆっくりと流れていく。
淡々と描かれる毎日と些細な会話。
そこには表面と内面が介在する。

なんとなくお互いに何かあると感じながらも打ち明けることはない。
本当は打ち明ければラクになれるし、
互いに理解できるのは分かっているが、それができない。

それは銭湯の経営者かなえと住み込みで働く堀の関係性であり、
かなえと失踪した旦那との関係性。
あっ、住み込みで働く堀が井浦新で、失踪した旦那が永山瑛太ね。
結局は自分で話をしない限り相手のことは分からない。
いや、いくら話をしたところで相手のことは完全に理解できない。

それは映画の中だけでない。
自分自身もそう。
30年近く連れ添っている家人のことを僕はどこまで知っているのか。
映画を観ると自信をなくす。

言わなくていいことを言わないのは気遣いだが、本当にそれでいいのか。
すべて明かしたからこそ、あんなラストシーンとなる。
ハッピーエンドなのか、そうじゃないのかは観る人に委ねられている。

そもそも答えなんてない。
本当は答えなんて必要ないのかもしれない。
と感じた作品。

多分、これでは映画コラムニストの役割を果たしていない。
映画については意味不明。

それでいい。
心の中にある何かを言葉にするのは難しい。
言葉にしたところで正しく伝わるかは別。
ただその姿勢が気持ちを動かす。

本作ではリリーフランキーと康すおん(全然知らず…汗)がいいアクセント。
静かに流れる川に優しく石を投げこむように。
そこから広がる何かはあるよね。

今泉監督にはこれからも期待したい。
きっと彼しか撮れない作品は増えていくんだろうね。

映画「月」

144分の上映時間、ピーンと張り詰めた時間を過ごした。
観終わった後は疲れが残った。
それが心地よい疲れならいいが、そうではない。

自らを問いに向かわせる。
果たして自分はどっちの方向を向いているのか・・・。
自分の中で正解は出ている。
至極まっとうな判断。

しかし、それは偽善じゃないかと聞かれれば答えに窮する。
偽善じゃないとは言い切れない。
自分自身があらねばならないという気持ちがそうさせている。

僕だけの問題であれば、特に悩むことはない。
きっと多くの方が同じ感情を抱く。
答えのない映画を見せつけられた。
それも作品に疲れた理由の一つ。

本作は実際に起きた障がい者殺傷事件をモチーフにした小説の映画化。
ネタバレしない程度に解説すれば、
宮沢りえ演じる元有名作家の洋子が働く障がい者施設での出来事。

一般的な障がい者施設よりも重度の方が多い。
働く側はどうしても感情的になる。
仮に僕が当事者として常に冷静にいられるかは分からない。
ついカーッとなってしまうこともあるだろう。
そう考えればここで働く人を簡単に非難できない。

自分も加害者になり得る可能性はなくはない。
そこでせめぎ合いながら気持ちを整えていく。
そこで許せない気持ちが強くなってくると・・・。

4月に観た「ロストケア」は介護を描いた作品。
ここでも人を殺める行為が描かれ近しいが、根本的に考えは異なる。
人として扱うか、そうでないか。
客観的に冷静に考えれば誰しも答えは同じなはず。

しかし、そうじゃないよね?というのが石井裕也監督の問いだろう。
この年齢でこんな作品を撮ってしまうとは・・・。
すでに熟年監督の領域じゃないか。

また、本作はなんといっても宮沢りえと磯村勇斗。
これだけ美しくない宮沢りえも初めてじゃないか。
ほぼすっぴん。
この作品に賭ける想いがその表情から伝わってくる。

ここ最近の映画界の若手では磯村勇斗が一番かと思う。
個人的には「ヤクザと家族 The Family」が好きだが、
今年の出演作「最後まで行く」「波紋」も印象的だった。
更に期待が高まるだろう。

観る側が辛くなる作品。
しかし、目を背けることなく観る必要がある作品ともいえるだろう。