前向きに行こう!名大社社長ブログ

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父親のこと その3

父が亡くなり、通夜、葬儀までしばらく時間があった。
親戚含め関係のある方に連絡。
近所のお世話になった方、これからお手伝いをお願いする方には弟と挨拶に出掛けた。
父の死を悲しむと同時に
「直司さんにはお世話になりっ放しだった。本当に感謝しています。」
と涙ながらに話された。
改めて地域とのお付き合いの深さとその人柄を感じ取ることになった。

多くの方に自宅にも弔問頂いた。
僕はその作法も分からず、頭を下げ、お礼を言葉にすることしかできなかった。
僕は不思議と悲しみが込み上げてくることはなかった。
ある時期から父の死を覚悟していたこともあるし、
喪主としての役割に追われていたこともその原因だと思う。

葬儀場との打合せを含め慌ただしい時間だけが過ぎて行った。
農協との関係性が強かったこともあり、葬儀も全て農協にお任せすることにした。
そして、岐阜市で一番大きな葬儀場を手配してもらった。

2月18日通夜、19日告別式。
多くの方に参列頂いた。
用意した椅子は全然足りず、かなりの方が立ちっ放しの状態。
僕の席から見ても人が溢れかえっていた。

申し訳ないと思いながらも、父の存在の大きさを知らされた。

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僕ができることは喪主としての責任を果たし、最高の状態で父親を送り出すこと。
表現は良くないが、いい葬儀にすること。
立派な父親に相応しい葬儀にすることだけだった。

イヤらしい言い方だが、僕のラベルも最大限利用した。
有難いことに多くの方が父親を偲んでくれた。
新聞社、テレビ局、名立たる友人、知人をはじめ、
多くの関係者が供花や弔電を送ってくれた。
経営者仲間も参列してくれた。
挨拶も原稿を読み上げるのではなく、
挨拶文を頭に叩き込み気持ちを込めて喋らせてもらった。

その甲斐があり、実力以上に立派な長男、喪主だと思ってもらえた。
「直司さんが立派なら、息子さんも立派だ。」
多くの方にそんなことを言って頂いた。

僕はたまたま立場があったに過ぎない。
父とは比べ物にならないレベルだが、周りはそうは理解していない。
息子が立派だという誤解は自分にとっていいこと。
このいい誤解が一番の親孝行なった。
僕は立派な息子を演じることができたのだ。

混雑な状況でご迷惑をお掛けしたが、
山田家の代表としていい送り出しができた。
正しい姿ではないが、父親を喜ばすことはできたのではないか。

通夜の日は弟と2人で葬儀場に泊まった。
父の棺を前に一緒に酒を飲んだ。
これだけ弟とじっくり話をしたのは初めてのこと。
腹を割り、これまでとこれからのことを話をした。
決して仲のいい兄弟ではなかった。
いい機会を父が作ってくれたのだ。

結局、父がどんな想いで生きてきたかは聞くことができなかった。
辛いこと、嬉しいことも知らないまま終わってしまった。

病床で苦しそうにしている頃、父は自分の人生に満足しているのだろうかとずっと考えていた。
やり残したことはないなんてあり得ない。
まだ、やりたいこともあったはず。
それでもいい人生を過ごしたのだと思う。
周りの方から慕われ、信頼され、自分を貫き生きてきた。
幸せな人生だったのだと思う。

その息子である僕も間違いなく幸せだ。
父親があったからこそ、今の僕がある。
特に何かを教えてもらったわけではないが、一番影響を受けた。
その存在が今の僕を作ってきた。

これがこれからも続いていけばいい。
カタチは違えど、同じ血が流れている。
僕にも娘にも息子にも流れている。
これからの僕たちを見守って欲しい。

そして、お父さん、ありがとう。

父親のこと その2

僕は小さい頃から、父親と親しい方にこんなことをよく言われた。
「お父さんは立派な人だから、テッちゃんも頑張りなさいね。」
大きなお世話だと感じていた。
口には出さなかったが、「アンタは頑張ってるのか?」と思っていた(苦笑)。

それだけ周りは父のことを評価していた。
信頼の厚い人だった。
仕事以外にも地域のために貢献していた。

僕が26歳の時に統計調査の実績が認められ藍綬褒章を授与された。
その11年後には瑞宝単光賞も頂いた。

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それは今も実家に飾ってある。
この賞は父にとって大きな財産であり誇りであろう。
しかし、それを自慢げに喋ったり、ひけらかすような人ではなかった。

今は残念でならないが、僕は父親と人生のことや仕事の話はほとんどしたことがない。
それがないまま、逝ってしまった。
今更、後悔しても何もならないが、そう思った時には口を利けない状態だった。

昨年の盆明けに倒れ、半年間の入院生活をし亡くなった。
お見舞いに行った時も気の利いた言葉は掛けてやれなかった。
親不孝な長男だったと思う。
僕は父親の背中は見てきたが、多くのことは語らず仕舞いでその関係を終えた。

父も自分の父を早くに亡くしているため、僕への接し方を戸惑っていたのかもしれない。
僕は不思議と父親に叱られた経験がほとんどない。
一方、弟や妹はかなり父から叱られていたようだ。
特に弟は厳しい父親像を描いていたのだろうが、僕にとっては物静かで穏やかな父だった。

僕の将来についても何ひとつ言わなかった。
本当は実家で仕事をして欲しかったと思うし、就職は農協あたりが希望だったはず。
期待を裏切ったのは確か。
しかし、僕の選択に文句ひとつ言わなかった。

その点でも親不孝なのかもしれない。
そして、何の親孝行もできないまま、逝かせてしまった。
今の住まいから車で1時間半も掛からないのに、頻繁に顔を出すこともなかった。
結婚した頃は月1度は顔を出していたが、徐々に減っていった。
それでも僕の家族のことは気にしてくれていた。

死後、身の回りのものを整理していると父の日記を兼ねた手帳がでてきた。
そこには父らしく、天候のことや農作物のことが多く書かれていた。
それと同じだけ子供、孫のことも書かれていた。
家族で遊びに行き、一緒に食事をした時のことなど、克明に書いてあった。

一年ちょっと前の手帳には僕の息子のことも書かれていた。
「りんくんが野球部のキャプテンに選ばれた。みんなの信頼も厚いようだ。」
そんなことが書いてあった。
その時は何気ない会話をしただけ。
それは父にとっても嬉しく、記録に留めておいたのだろう。
僕らへの愛情を感じた文字だった。

四十九日の法事を終えた後、母親と妹に聞いた。
「俺はお父さんにとって、ダメな長男なんだろうか?」
妹が言った。
「そんなことないよ。
お父さんはお兄ちゃんが新聞に名前や記事が載った時には嬉しそうに切り抜いていたよ。
喜んでいたよ。」
母親は聞きながら頷いていた。
父親からは直接そんな話は一度も聞いたことがなかった。
しかし、その場面を思い浮かべるだけで、こみ上げるものがあった。

いかん、まだ、終わらない。
続きは来週。
ほとんど自己満足ブログになりそうだけど・・・(笑)。

クランボルツを学ぶ

これでも僕はキャリアカウンセラーの有資格者。
右のプロフィール欄にも書いてあるCDA。
名古屋のカリスマキャリアカウンセラーと呼ばれていた時期もあった。
(これはウソです・・・笑)

最近、キャリアカウンセラーは国家資格にもなり、
移行手続きさえすれば僕も国が認めるキャリアコンサルタントになるわけだ。
しかし、その手続きに必要な「合格証明書」が見つからない。
なぜ、CDA認定証や会員証じゃダメなんだろうか。
う~ん・・・。

それはさておき、キャリアカウンセラーになるには一定レベルの知識が必要となる。
僕も当時(13年前)には結構、勉強した。
理論家の考えも理解した。
スーパー、ホランド、シュロスバーグ、そしてクランボルツ。
(CDAはクルンボルツと呼んでいたけど)

その理論家の中で一番しっくりしたのがクランボルツ。
彼の理論が僕にはもっとも当てはまった。
「プランド・ハプンスタンス・セオリー(計画された偶然論理)」はまさにそう。
僕のキャリアを振り返ってもその連続と言える。
だからこそ自分自身の説得力にもなった。

前置きが長くなった(笑)。
僕が今日ブログで書きたいのは一昨日行われた海老原嗣生氏のセミナーのこと。
クランボルツの理論の読み解き方を分かりやすく話して頂いた。
海老原氏の著書は何度かこのブログでも取り上げている。

参考までに紹介すると、
「お祈りメール来た、日本死ね」
「就職に強い大学・学部」
「学歴の耐えられない軽さ」

といっても3冊だけか・・・。
もっと書いていたと思ったのに(笑)。
パフ釘崎社長やジオコス伊藤社長を通じてお会いしたこともあった。
鋭い切り口で本質をつく方だった。

その海老原氏のセミナーが名古屋で行われたので、
名大社のキャリアコンサルタントのウスイと出掛けたのだ。
結果的に言えば、僕がズバリの正解を答え、ウスイが海老原さんを「お~」と唸らせてた講演だった。
いや、違う。
それは2人が思っているだけのことで、講演の内容とはほとんど関係ない。
関係なくはないがどうでもいい(笑)。

いかん、いかん、講演の中味に入る前に相当量書いてしまった。

夢が叶うのも叶わないのも、クランボルツが掲げる5つのスキルが重要という。
好奇心、持続性、柔軟性、楽観性、冒険心。
この5つをどう結びつかせるかで、その夢への一歩は大きく変わる。

なぜ「タカアンドトシ」は成功し、「日本エレキテル連合」は消えて行ったのか。
お笑いコンビを例に夢のかなえ方の話は見事だった。
その他にも腹落ちする内容が多かった。
たいした能力のない僕が、なぜこのようなポジションで仕事ができているのかも
クランボルツの理論に完全にマッチしている。

キャリア理論に詳しくない方は何を言っているか理解できないかもしれない。
それはこのブログのとりとめのなさのせい(笑)。
すいません・・・。

しかし、重要なのはこれ。

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次に向かうためには自分自身を消化させなければならない。
積み重ねることで夢は近くなる。

夢は叶わないことがほとんど。
しかし、やり方次第で結構、叶う。
こだわりすぎず、何でも受け入れることも必要。
そうすれば、見つかることもある。
見つけるのではなく、見つかる。

きっとキャリアとはそんなもの。
それをクルンボルツが教えてくれた。

貴重な講演、ありがとうございました。

父親のこと その1

先週は父親の四十九日の法要。
実家でご住職にお経を唱えてもらった。
会食後、喪主である僕からの挨拶。
自分では縁戚者に対して、素晴らしい挨拶ができたと思った。

席に戻ると嫁さんに一言、言われた。
「山ちゃん、長い!」
自分で思うことと相手が感じることは違う(笑)。
そんなもんだ。
ようやく少し落ち着いたので、父親のことを書いてみたい。

父 山田直司。2月16日、82歳の誕生日を目の前に亡くなった。

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翌日の中日新聞岐阜版には死亡記事が掲載された。
地方版ではあるが、新聞に名が載ることで父親の偉大さを改めて実感した。

立派な父親だった。
小学校4年生時に戦争で父親を亡くし、7人兄弟の長男として山田家を支えた。
一番下の妹は父親の顔を知らない。母親(祖母)のお腹にいる時に戦死した。
10歳で一家の大黒柱。
岐阜の田舎で農業を中心に生計を立てていた。
高校へは行かず、
(実際は夜間高校に入学したようだが通う時間はなく、すぐ辞めたようだ。)
ずっと家族のために働いた。

兄弟も巣立ち、ある程度、家庭に余裕もできたのだろう。
30歳で母親と結婚。
1年後、僕が生まれた。

幼少の頃の父親の記憶は働いているところしかない。母親も同じ。
本当によく働く両親だった。
それは家族のため、家計を支えるためであったのは間違いない。

僕の相手はほとんど祖母がしてくれた。
そういえば6年前に祖母のことをブログにも書いていた。
父親に遊びに連れていってもらった記憶はほとんどない。
今、思えば、働かざるを得なかったのは事実だが、働くことが好きだったのだのだろう。

農業以外にもいろんなことを手掛けてきた。
僕が小さい頃は養豚もやっていた。
小学、中学生の頃、よく手伝わされたが、それが恥ずかしくて仕方なかった。

春には野菜苗、花苗を作り「山直農園」と称して販売し、冬にはしめ縄を作り販売した。
昨年までの会社のしめ縄は父親がこしらえてくれた。
手先が器用な人だった。

僕が中学生の時に焼肉屋を始めた。
当初は弟とスタートしたのだが事情があり、うちの両親が店を切り盛りしていた。
中学、高校の友人は僕のことを焼肉屋の息子と認識しているだろう。
高校時、大学時はいつも手伝いをしていた。

だから、僕は常に父親の背中を見ていた。
厳密にいえば、見せられていた。

それが理由だと思う。
僕はサラリーマンになりたかった。
自営はほとんど休みがない。
子供を遊びに連れていくこともできない。
そんな印象が強かったので、僕はサラリーマンになることを希望した。
しかし、結果だけ見れば、サラリーマンでは物足りなかったのだろう。
そのあたりは父親の血を引き継いでいるのかもしれない。

こんなふうに書くと父親はいろんなことに手を出している。
聞くところによると他の事業にも手を出そうとしたこともあったようだが、
リスクが大きく止めたようだ。

告別式の挨拶でも言わせてもらったが、父は多角経営をする個人事業家だった。
一度も会社に勤めたことはない。
誰かの下で働いたことはなかった。
それでもずっと働いていた。
それは一生涯のこと。
昨年の夏に入院するまで、ずっとだった。
足が不自由になっても働くことを止めなかった。

いかん、とてもブログが終わりそうにない。
続きは来週・・・。

新時代に求められるリーダーシップ

先週土曜日に開催された中部経営塾の4月例会。
一週間前の勉強会だが、振り返りの意味で学んだことを触れておきたい。

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今回は名大社のセミナールームを活用しての実施。
代表幹事の櫻山さんの挨拶からスタート。
いつものように緊張感を解きほぐす柔らかな滑り出し。

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ブログタイトルにもあるのが、この勉強会のテーマ。
講師はこの時期恒例の鬼澤慎人氏。

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僕も何度か講義を受けている。
その度に気づかされるのだが、実践となると反省が多い。

そもそも「新時代」とは何か?
言葉の定義も必要になってくるが、そこは個々の解釈で進めることに。
AIやIoTの時代、少子高齢化、労働人口減少の時代、成熟した日本の低成長時代。
グループでの議論も様々。
どれも正解であろう。

いずれにしても難しい時代なのは確か。
その中で進むべき方向を示し、組織をまとめて上手くいくように導くのがリーダーの役割。
そのためには情報も含めた全体の共有が必要。

僕自身、それには気を付けている方だが、足りない点も多い。
言葉を発することは重要だが、その意味が理解されているか?
変化に対しても同様な共有がなされているか?
目的と行き先も明確で、かつ共有されているか?
ビッグワードで終始している点は大いなる反省点。

毎回、鬼澤氏が言われるのが「変化」に対しての意識と行動。
もう頭の中に入っているので、あえてここでは披露しない。
知りたい方はこちら(笑)。

業績が順調な時ほど会社は危険な状態であるというから、
常に健全な危機感を持たなければならない。
これもいつも考えているつもりだが、次へのアクションへは繋がっていない。
まだまだだ。

最近、会社の中でももっと「対話」を重視しようと流れになっているが、
今回の勉強会でも改めてその重要さを痛感。
会話でなく対話をし、関係性を強くし相互理解を深めねばならない。
そのための「場づくり」、「たまり場」の存在が大切。

最後に行われた会社ごとの振り返りの中で、「たまり場」はどこにあるかという話になった。
名大社からはシゲノ、ニムラ、ウスイが参加し議論したのだが、
会社に特別な「たまり場」はなく、オフィスそのものが「たまり場」という話。
それはそれでいいのかもしれない。
社内の空気が澱んでいない証拠。

そして、共有を通して共感度を高めていくこと。
そうすればより一体感は増していくだろう。
僕がぼんやりと考えていたことがよりはっきりしたのが今回の勉強会であった。

いい学びを多く頂きました。
感謝!。

そうそう、信頼を高めるために必要なのは、実績、能力、そして人格ですよ。
リーダーのみなさん、できてますか?(笑)

個人面談も大切なのだ。

先週末に応接室を改装。
一番奥の部屋を大切なお客様の応対や打ち合わせでも使用できるよう
シックで落ち着いた雰囲気の応接に模様替えした。

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オフィス全体とは異なる違和感が逆にいいのかも・・・。
先週より始まった年度末の個人面談もこの部屋でしっぽりと行っている。

昨年までは全メンバーに対し一人一時間面談していたが、
今年はそこまでの余裕がなく一人45分と設定。
昨日まで役員を除き全員終えることができた。
結果的に1時間くらい面談するケースもあったが、
1対1で向き合い話すことができた。

他の業務も多忙であるが、こういった時間はお互いにとって大切。
社員側は面倒に思っているかもしれないが、
お互いの考えを共有するには割くことはできない。
新人から年上のベテランまで個別に話をすると価値観や方向性も違うので、
それはそれで面白い。

例年のように今年度の振り返りから次年度に向けた課題や役割、
会社の改善点などをヒアリングするわけだが、
今年は社長や上司、同僚の悪い点を指摘もらうことにした。

一般的に他者のことに触れる場合、マイナス面を避けいい面を語るケースが多い。
悪い面は話しづらく積極的には披露しない。
それではあまり進展しない。
あえて悪いことを言え!と嫌がらせのように聞くことにした。

「特にありません」という者もあったが、
ここぞとばかり僕の悪い点を指摘するメンバーも数多く、
「言わせてもらいますが・・・」
という言いだしかはともかく、出るわ出るわ。
そこまで言わなくてもいいだろと思うほど、
(そうでもないか・・・)
いろんな悪い点が出てきた(苦笑)。

「ふむ、オレはそんなふうに思われてるんだ・・・。」
と妙に納得したり疑問に思ったり・・・。
それも世代間によって意見が異なる。

リーダークラスの場合、僕とのコミュニケーションの薄さを指摘するケースが多かったし、
若手は僕の言動が与える影響力(もちろんマイナス面)を指摘するケースが多かった。
自分では全然そんなことを感じていなくても、若手の捉え方は違う。
承認欲求が強い世代だけに僕が発する言葉の重さを
必要以上に重く受け止めているようだ。

それはそれで反省。
良かれと思いやってることが真逆に伝わっていることもしばしば。
う~ん・・・。

こんな意見もあった。
「僕たちが知っているテツさんはブログとfacebookの投稿だけです。
それでは外部に向けた情報と一緒です。」
ほんまかいなと思いつつ、まんざら嘘でもない。
それも意味があると思いつつ、内部への配慮が足りないのも事実。
一人一人との対話をもっと増やさなければならないと素直に反省をした。

自分にとっては手厳しい意見が多かったが、嬉しい内容も多かった。
仕事の充実度や楽しさを語る内勤メンバーが増えたことだ。
営業と違い内勤側は外からの評価は得にくい。
達成感を見出すのも簡単ではない。
仕事の喜びを見つけることが難しい割には困難な業務を割り当てられることも多い。
それを責任と自覚し仕事をやり遂げ、充実感を味わう。
それが楽しいと言えることに対し、僕自身がとても嬉しくなってしまった。
これも個人面談を行ったから分かったこと。

今日は午後、東京で「ふるさと就職応援ネットワーク」の例会。
多分、夜は酔っ払ってしまうだろう(笑)。
そして、明日は半期に一度の幹部研修会。
それに向けた資料作成もまだ途中なので、移動の新幹線も仕事をせねばならない。

個人面談を終えてホッと一息つきたいところだが、そんな余裕はなさそう。
3月末まであと1週間。
気合と根性で乗り切っていくしかないな・・・(笑)。

清宮克幸氏の講演

昨日は愚か者副本部長である株式会社サンコーの櫻山社長にお誘い頂き、
清宮克幸氏の講演に参加。

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清宮氏といえば、息子さんが春の甲子園出場で話題になっている。
本人も自虐的に自己紹介されていた(笑)。

現在はラグビートップリーグヤマハ発動機ジュビロの監督。
前期も2位の成績を収められている。
今回の講演テーマはW杯に向けラグビーの普及ではなく(当たり前か・・・)、
組織とリーダーシップ。
数ある競技の中でラグビーは必然のスポーツで、一番ビジネスに近いという。
ここで培った経験を基に組織論やリーダーシップを語るケースは多いようだ。

そういえば、僕は10年前、清宮氏の著書を読んでいた。

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幹部時代に勉強していたわけですね。
内容はすっかり忘れてしまったし、
てっきりブックオフに売りさばいたかと思っていたが、本棚に残っていた(笑)。
当時とは違う捉え方をするかもしれないので、再読の必要もあるかも・・・。

ラグビー界の方であれば清宮氏の実績は説明するまでもない。
一緒に講演に参加した櫻山さんは現役の清宮氏の活躍ぶりを知っているようだし、
監督としての経歴も抜群。
早稲田大、サントリー、今のヤマハでの実績を見れば、何もいうことはない。
今回の講演ではそれぞれの監督時代のエピソードを余すことなく話してくれた。
この話が感動的で何度も涙が出そうになってしまった。

ラグビーファンにとっては周知の事実かもしれないが、
初めて聞く僕は、もっとゆっくりと一つひとつを伺いたい気分。
具体的なことは割愛するが、問題を起こした選手が最後の最後で活躍した早稲田大学優勝のこと、
サントリー佐治社長の男前っぷりのこと、
ヤマハチーム解体の危機からの復活劇のことまで、感動ストーリーのオンパレード。
そこにはリーダーとしての立振る舞いや選手を思う気持ち、
奮い立たせる言葉など、学ぶべき点も多く含まれていた。

最後に語られたのがイラクで殉職した奥克彦氏とのやりとり。
その生き様が今の清宮氏に与えている影響は大きい。
「ノーブレス・オブリージュ」という言葉。
これが印象に残り、頭から離れなかった。
たまに聞いたりするが、これまでは深く考えたこともなかった。

帰宅しググってみると、分かりにくく解説されているが(笑)、
なるほど大きな意味があると解釈した。
ここに清宮氏の使命感もあると・・・。

かいつまんで書くと中味のない内容になってしまったが、
ラグビーの面白さを知れたのとリーダーの役割を再認識できたのは僕にとってはありがたい。
松岡修三氏とのやりとりも面白かったし・・・。

ありがとうございました。

怒涛のイベント週間を終えて

今週は忙しい1週間だった。
2月28日から3日間連続で学生向けのイベントを開催。
過去を振り返ってみても就職活動解禁日前後に3日間連続は初めてじゃないかな。
昨日の「ジモ採る」で企業寄りのコラムを没個性で書いてみたが(笑)、
今日は違う視点で書いてみたい。

この3日間のイベントで一番盛り上がったのは2月28日の「ジモト就職応援フェア」。

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129社の参加企業があったのも影響したと思うが、
2000名を超える学生さんが参加してくれた。
解禁1日前という日程が却って参加しやすかったのかもしれない。
開始時間の1時間前くらいから学生さんが並び始め、
僕も喋った経営者トークセッションは満席でイスを追加したほど。

このイベントが初めての学生さんも多く、
どうしても知名度のある企業に集中する傾向。
仕方ないのかな・・・。
大量に用意したランチパックも瞬く間に消費されていった。

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意外とタマゴの人気がなく、メンチカツが早々に品切れとなった(笑)。
終了時間の17時を過ぎても多くの学生さんが残っていた。
これでいいスタートが切れるのではないだろうか。

翌日3月1日は名古屋証券取引所とのコラボイベント。
今年で5年目となるこのイベントは安定した流れ。
解禁日の開催のため話題性は高いようだ。
この日は新聞社3社、TV局4局の取材。

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普段は愚か者本部長としてしか存在感を示せない僕だが、
この日ばかりは就職支援会社のトップとしてのコメントが求められた。
同じことを何度も何度も喋り(笑)、慌ただしい一日。
これも有難いことだけど。

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15時からは人事担当者とのパネルディスカッションでのファシリテーター役。
終了後、参加してくれた学生さんは
「就職活動が不安でしたが、このパネルディスカッションに参加してポジティブになれました。」
と嬉しいことを言ってくれた。
僕の厳しいツッコミに面白おかしく答えてくれたパネラーの担当者には改めて感謝。
元気と勇気を与えてくれたのだと思う。

そして、翌日2日はアスリート就職セミナー。
体育会系に所属する学生さんが300名以上参加してくれた。

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キビキビした挨拶。健康的に焼けた肌が印象的。
このイベントが一番こじんまりしていたが、
スタッフにとっては良かったと思う。

前々日のイベントは吹上ホールのどデカい会場を歩き回り、
前日のイベントではウインクあいちの7階と8階を行ったり来たり。
相当くたびれただろう。

僕のようにほとんど機能していない存在でもかなり疲れたわけだから、
責任を課せられたメンバーは大変だったと思う。
お疲れ様でした。

何のトラブルもなく無事にイベント週間を終えることができ、本当に良かった。
参加してくれた学生さんも企業さんもいい結果に結びつくことを祈るばかり。

ありがとうございました。

「プレミアムフライデー」は浸透するのか

経営者として失格なのだろう。
昨日から実施された「プレミアムフライデー」のことを全く意識していなかった。
これからの取り組みくらいしか思っておらず、
昨日から実施されているとは気づかなかった。
こういったことに関心がない証。
知らない方から見れば社員の働き方を軽視している愚かな経営者としか認識されない。
反省・・・。

昨日のニュースでは首都圏中心のようだがそうでもない。
全国的な取り組みで、昨晩のローカルニュースでも名古屋の企業が取り上げられていた。

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一見、働く側にとって有効的な手段のように思える。
間違いなくそう感じる人も多いだろう。
一方で余計なものができたと思う働く人も多いだろう。
(ケチな経営者のことを言っているのではない・・・笑)
これに取り組まない企業は「働き方改革」を疎かにしているとか、
従業員に優しくないとか、批判の的にもなるだろう。

僕はそう思わない。
ただでさえ忙しい月末の週末にそれを前提にしてしまう必要はない。
企業ごとに策を練ればいいだけのこと。

僕の単純な思考で別のアイデアも出してみた。
「スーパープレミアムフライデー」としてイベントの翌週の金曜は昼12時に終了するとか、
「スーパーのんびりマンデー」としてイベント明けの月曜は午後から出勤にするとか、
企業に合う形を設けてはどうだろうか。
あまりいい加減なことをいうと期待を持たせるだけの嘘つきになってしまうが、
そんな手もある。

みんながみんな同じことをやろうと思うと無理も出るし、バランスも崩れる。
大手企業とか中小企業とか関係なしに、
企業風土にマッチする方法を見つければいい。

一律に何かを実施するよりも、この方が「働き方改革」に繋がるのではないだろうか。
と思う。
昨日のニュースでは誰もが飲みに行っている印象もあるし・・・。

真っすぐ帰って家庭サービスすればいいが、家族に内緒でテキトーに飲みに行き、
普段通りに帰宅し晩飯を食べる。
肥満者が増えるだけじゃないか。
僕がその対象ならそんな行動に出ないとも限らないので、
ついついマイナス面も考えてしまう(笑)。

どちらにしても世の中がそちらの方向に向かっているとすれば、
それを肯定的に捉えねばならない。

名大社は名大社らしい方法を考えていきたい。
やっぱり「スーパーのんびりマンデー」かな・・・(笑)。

青山学院大 原監督のはなし

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先週金曜日は中日文化センターの50周年記念テーマ講演会に参加。
講師は青山学院大学の陸上競技部監督の原晋氏。
箱根駅伝の3連覇を達成した大学の監督だ。
自己紹介を聞いて分かったが、僕とは同級生。

原監督は中京大学に通っていたので、当時、同じ名古屋を歩いていたわけだ。
どこかの安い居酒屋ですれ違ったこともあるかもしれない(笑)。
第二の故郷と自己紹介で言われていたのは、そんな大学時代があるからだろう。

最近、メディアへの露出が多いせいもあるだろうが、原監督の話は面白い。
そして、サービス精神に溢れている。
一般的にアスリート絡みの講演は意外とぶっきらぼうな感じが多いが、まるでタレントのよう。
むしろその辺のタレントさんよりも話の構成も素晴らしく、笑いを取る箇所も心得ている。
それを快く思わない方もいるかとは思うが、僕は好意的に伺った。

そもそもの才能もあるだろうが、背景には原監督の今の環境がそうさせている面も強い。
陸上という競技をサッカーや野球と同等の人気にしていきたい。
そのためにはその暗いイメージを払拭させ、少しでも競技人口を増やしていきたい考え。
それが話を面白おかしくし、興味度を上げる意味合いも多分にある。

今回は中日文化センターが主催ということもあり、僕が普段顔を出す講演とは景色が違った。
普段参加する講演は社会人や経営者向けが多く、そのほとんどが男性でスーツ姿。
それが今回は私服の方がほとんど。
それも年配の方や中年の女性が数多く見られた。
若いアスリート経験者と感じさせる方も多かった。

講演タイトルは「フツーの会社員だった僕が、青山学院大学を箱根駅伝優勝に導いた魔法の言葉」。
これだけみれば明らかにビジネス層向け。
しかし、来られている参加者に合わせ、箱根駅伝の裏話など平易な内容を伝えられていた。
僕はむしろタイトル通りの話を聞きたかったけど・・・(笑)。

とはいえ、そこには原監督の哲学が随所にちりばめられており、勉強になる面は多かった。
どう一人ひとりに向き合い、ある時はおだてるように話しかけ、
またある時はあえて一切の声を掛けず、その状態を見極めながら接する。
個々人の力を伸ばしながらも、チーム、組織として動くことを優先し、その重要性を語り続ける。
人としてアスリートとしての当たり前を定着させる。

他の世界でもよく聞くような話だが、それを原監督は原流で貫き、選手を育て上げる。
その熱さと温かさはビジネスの世界に通じるものと感じた。
情と理を結びつけながらも、最後は何とかなるさ、と楽観的な態度を示す。

最後の章で話された「無駄を学ぶ」も共感できる内容。
それは原監督の生き様そのもので、10年間のサラリーマン生活がいかに今の監督生活に役立っているか。
サラリーマン生活があったからこそ、このような偉業を達成できたということを自ら述べられていた。

今回は参加者も普段とは異なっていたため、最後の質疑応答も違っていた。
高校生をスカウトする際のポイントだったり、初心者ランナーが注意すべきことだったり、
普段の講演では聞くことのない質問だった。
1時間の講演では短く、もっと話を聞きたいと思わせる講演。

僕もそんなふうにならなければ・・・。
う~ん、難しい(笑)。

貴重なお話をありがとうございました。

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