人間にとって成熟とは何か (幻冬舎新書) 人間にとって成熟とは何か (幻冬舎新書)
(2013/07/28)
曽野 綾子

商品詳細を見る

この年になって初めて曽野綾子氏を読んだ。これまで興味を持っていなかったのも事実だが、手に取る機会も全くなかった。
名前は存じ上げるものの、どんな特色のある著書を出されているかは知らないお粗末な状態であった。たまたまBOOKOFFに立ち寄った時に新書のコーナーに並べてあったので、思わず手に取り中味も確認しないまま購入。
なるほど、はっきりした物の言い方、物の見方をされる方と理解した。80歳を超える年齢のせいもあるかもしれないが、人生を達観した印象をその文章から感じ取った。
人間にとって成熟とあるが、その対象は分別のある大人に限定される。それもまさに現代社会を生きる成人が対象だ。それはキミのことだよと僕の耳元で囁かれているような状況。日本語の使い方から日々過ごす姿勢までダメ出しをくらっているようだ(苦笑)。
今の47歳と昔の47歳を比較するのは難しいとは思うが、明らかに自分なんかはその精神年齢を含め幼い。物事の判断材料の視野は狭く大局的な視点も少ない。
先日の成人式ではないが、僕が20歳の時、47歳のオジサンはもっと人生をわきまえた有識者だと思っていた。しかし、現実はこの程度である。著者にとっては由々しき事態であり、将来を憂いているだろう。マラソンもあっけなく否定されているし・・・。
反論する面がないとは言えないが、素直に納得する方が多い。
品というものは、多分に勉強によって身につく。本を読み、謙虚に他人の言動から学び、感謝を忘れず、利己的にならないことだ。受けるだけでなく、与えることは光栄だと考えていると、それだけでその人には気品が感じられるようになるものである。
しかしこの世に、徹底して諦めない人ばかりいると、私はどうも疲れるのである。できるだけは、頑張る。しかし諦めるポイントを見つけるのも、大人の知恵だ。
成熟した人間になるには、沈黙と会話の、双方の達者な使い手になるほかないのである。
世間からどう思われてもいい。人間は、確実に他人を正しく評価できないのだから、と思えることが、多分成熟の証なのである。

などなど・・・。
本当に言いたいことは最後の一文が表しているのかもしれないけど(笑)。
自己の欲求を捨てるのは難しい。それには相当の時間を要するだろう。年齢を積み重ねたからといってその領域に辿りつけるかはわからない。
5年後、10年後ではなく30年後、僕自身がどうなっているかが成熟しているかどうかの証明になるのだろう。