
映画を観ながら最初に思ったのが、なぜ1980年代後半?
1985年あたりを想定する理由が分からなかった。
主人公は11歳なので、今は50歳前後。
勝手に想像したのが、今、50歳になる女性の価値観の醸成。
この多感な時期を過ごし、今の世の中にどのように反映されているのか、
社会の仕組みとどう関わるのか、そんなことを考えてしまった。
調べてみると早川千絵監督は1976年生まれ。
自身の子供の頃の描いていたんだ・・・。
少なからず合っていたか。
本作はカンヌ国際映画祭のコンペティション部門の出品作。
坦々とした映像や叙情的な雰囲気がカンヌ映画祭出品作をイメージさせる。
僕にバイアスが掛かっているのかな(笑)。
国際的評価と国内的評価が大きく異なる映画が多いし、半分はつまらないというのが僕の勝手な認識。
玄人受けはするが一般受けは難しかったりする。
僕は玄人なので作品の魅力も十分理解できる。
な~んて。
正直、共感できる面とイメージが追いつかない面と両方であった。
ただ、11歳サキを演じる鈴木唯の独特な存在感で飽きることなく観ることができた。
時に子供は残酷であり、時に大人以上に勇気があり冒険心が強い。
ためらうことなく行動する力を持っている。
当たり前だがまっとうな大人は理解できないし、幼稚な行為と判断する。
そのあたりの描写は上手かったと思う。
リリーフランキー演じる父親圭司と競馬に行くシーンがあった。
そこは岐阜の笠松競馬場。
「えっ、岐阜で撮影したの?」
と思いながら映画を観ていた。
エンドロールをじっくり眺めると撮影協力に芥見東小学校のテロップが流れた。
僕は芥見小学校の出身なので、隣の小学校。
学校内の撮影は芥見東小学校だった。
80年代を舞台にするのはこの辺りが最適と選ばれたらしい。
他にも長良川沿いの忠節橋や柳ケ瀬アーケード街でも撮影。
僕が子供の頃、何度か通院したみどり病院も。
全然知らなかった。
言ってもらえればエキストラや機材運びくらいやったのに・・・。
急に身近に感じたので、僕の中での評価はアップ。
大人は子供よりも単純なのだ(笑)。
母親役の石田ひかりもいいおばさんになった。
失礼ですね。
昔は似ていると思わなかったが、横顔はお姉さんにそっくり。
子供がどう育つかは親の影響が大きい。
僕はすでに遅しだが、純粋に育てるのなら親が健全じゃなきゃいけない。
そんなことも感じた作品だった。

韓国の人気俳優ってつくづく大変だと思う。
必ずといっていいほど、アクションを求められる。
やたら争うシーンが多い。
芸術性の強い作品ならいいが、
結構な頻度で戦争や事件に巻き込まれ肉体を駆使しなきゃいけない。
兵役の義務はこういった時にプラスに働く。
とどうでもいいことを思ったり・・・。
本作は脱北に挑む軍人の闘いを描く。
軍事境界線を警備する北朝鮮が舞台で、間もなく兵役を終える軍人の脱走劇。
北朝鮮の現状を描いているように思えるが、あくまでも韓国目線。
金正恩は観ることはないと思うが、北朝鮮側はどんな捉え方をするのだろう。
共感はあり得ない。
国批判とも受け取れるので、大きな問題にならないのかとそっちを心配してしまう。
公開されないだけで北朝鮮では韓国批判の映画が作られているのかな?
オープニングから勢いよく軍人は走り出す。
いきなり脱走かと思わせるが、そうではなくあくまでも入念な準備。
脱出ルートを深夜帯に見つけ出し地雷を防ぐ方法を探る。
脱北を試みて失敗する人が後を絶たないことを匂わせる。
1990年代、2000年代が背景かと想像したが、スマホが当たり前のように登場するので現代。
昨年観たドキュメンタリー「ビヨンド・ユートピア脱北」同様、これが現実なんだろう。
本作を観る視点はいくつかあると思う。
北朝鮮の独裁社会の息苦しさや生きづらさ。
国としての在り方を問う視点。
それは一切無視して、脱走兵が命懸けで逃れるシーンを描くアクション映画。
あの手この手で危険をかいくぐり韓国に向かう。
それを執念深く追いかける軍少佐。
お互いを知る2人の駆け引きも見どころ。
そんな視点も。
政治的な作品と捉えるか、娯楽エンターテイメント作と捉えるか。
その両方ともか。
観る側に委ねられる。
軍少佐がボソッと呟く言葉にすべてが凝縮されているとも思える。
本作も韓国だからこそ製作できる映画。
あらゆるネタを映画にしてしまう隣国の逞しさには感心する。
尊敬しないといけないかもね。

つい5年前の出来事を基に制作された作品。
配給はワーナー・ブラザース。
なぜこんな価値のある作品が日本の配給会社じゃないのか。
できればこんな作品は日本の会社に配給してほしかった。
官僚批判ともマスコミ批判とも受け取られることにリスクを感じているのか。
もっと正々堂々とあぶり出せると日本の配給会社の価値が上がると思うけど。
2020年2月のダイヤモンド・プリンセス号におけるコロナ感染のニュースは間近で見ていた。
世の中がコロナに振り回され始めた時期。
僕も忘れようにも忘れられない。
大いに悩んだ時期。
大型イベントを開催するか否か。
命を懸けて奮闘する医師や看護師らに比べれば、僕の闘いは小さいだろう。
2月のイベントは万全な体制を作り上げ開催したが、3月以降は中止。
会社も大きなダメージを受けた。
多くの方に迷惑を掛けたが、トップとしての正しい判断と今でも捉えている。
場所は異なるがお互い葛藤を繰り返してきた。
そう思うと無責任な外野が自分の都合だけでとやかくいうのは許しがたい。
自分では何もしない。
それも匿名で一方的に叩く。
その裏で懸命に仕事を続ける苦労なんて関心がない。
そんなシーンを見せられるだけで辛くなるし、
一方でそんな言動に屈することなく自らを信じて行動する方々には敬意と共に感動する。
本作のさりげないセリフにグッとくることが多かった。
本当は旦那には行ってほしくない。
しかし、使命感を止めることはできない。
どんなに非難を受けても正しさを優先する。
もちろん演出された面はあるが、その勇気を映画を通して改めて知る。
僕が見ていたニュースは一体何だったのだろう。
自分の力不足と捉えるしかない。
作品では実名で登場した藤田衛生大学。
愛知県を代表する医療系大学だが、当時のニュースでは軽く受け流していた。
どれだけ重い決断だったか。
非難と感謝も紙一重。
本当に大切なことは後から気づかされる。
本物のヒーローも当初は悪者だったりする。
錚々たる役者陣が派手に動き回る作品は得てして表面的に終わる場合が多い。
観る前は危惧していたが、全くの杞憂。
見事に役柄を演じ、深く感情移入をさせてくれた。
それは小栗旬や松坂桃李、池松壮亮だけではない。
イヤな上司の光石研もその一人。
僕が適役だと思ったのが窪塚洋介。
DMATの医師で感情に流されることなく重責を担っていた。
こんなに上手い役者だったのね・・・。
今年の日本映画は不作と思っていたが、最近になって「国宝」といい素晴らしい映画が続々と公開。
これから期待していいのか。
時にはルールを無視してでも優先しなきゃいけないことがある。
映画はそれを教えてくれるし、日本映画もそんな存在になってほしい。

今年5本目の韓国映画。
その中では一番爽やかで気持ちがいい作品。
本作も韓国ならではの歪んだ事情はあるものの、今までのような辛辣さはない。
これまでも面白い作品は多いが、どこか国を皮肉る要素があったりと。
僕はこの年齢になり青春映画はほぼ観ないし、共感度も薄くなってきた。
しかし、本作における男女間の友情は素直に受け入れ感情も持っていかれた。
舞台が日本でもいいと思うが、それだと違和感を感じてしまうのかもしれない。
バイアスが掛かっているのかな。
先月の韓国旅行したこともプラスに作用。
知っている街並みが登場するわけではないが身近に感じた。
本作は自由奔放でエネルギッシュな女子ジェヒと
ゲイであることを隠す寡黙な男子フンスの大学時代から社会人までを描く。
日本以上に韓国は男女格差があるのは映画からも容易に想像できる。
ジェンダーに対しての意識も同様。
日本もまだまだだが、韓国はより生きづらさを感じるのだろう。
そんな環境下で自分をストレートに押し出すジェヒとコンプレックスを抱えるフンス。
対照的な2人が生活を共にし友情を分かち合うことで恋愛とは異なる愛情が芽生える。
お互いにとってかけがえのないこと。
一見理解しがたい関係だが、なぜか観る側も不思議に思わない。
2人の個性と発する言葉に共感する。
否定する人もいるだろうが、本作においては少数派。
素直に応援したくなる。
学生生活は贅沢すぎるし、酒の飲み方も尋常じゃないが許してしまう。
やっぱりいつもチャミスルを飲んでいるわけね。
若者の不満を上手く発散させていた。
主役ジェヒを演じるのはキム・ゴウン。
正直な感想としてイマドキの韓国女優と比較すると可愛くない。
予告編や映画の途中までそう感じていた。
しかし、ストーリーが進み、彼女が大笑いし泣きわめきにつれ魅力的になる。
最後はとてつもなく愛らしく可愛らしい女性。
こんな青春映画なら60歳手前のオッサンでも楽しむことができる。
ただ、個人的な不満としてひとつ。
最後のフンスのシーンは必要だろうか。
トーンが変わったと感じてしまった。
感動的なシーンと捉える人もいるだろうけど。
昨年の「パスト ライブス 再会」は大人の恋愛映画だったが、本作はちょい大人の青春映画。
たまにはそんな作品もいい。

何度も予告編を観ながら「この映画は観ないな」と自分で決めていた。
予告編がつまらなかったわけではない。
ありふれたラブストーリーと勝手に解釈したのだ。
本作はミリオン座で「我来たり、我見たり、我勝利せり」と同じ時間帯で上映。
当初は「我来たり~」にするつもりだった。
何となくキューブリックの「時計じかけのオレンジ」を思い起こさせた。
しかし、いかにも後味が悪そうなので本作を選択。
まあ、評価が高かったのも理由の一つだけど。
テーマとしては不変。
夫婦愛、家族愛がテーマでそこに最愛の人の死が押し寄せる。
先日の「ただ、愛を選ぶこと」と同じ。
愛する人を失くす辛さを描く。
ただどうだろう。
本作に悲壮感はない。
とても清々しい気持ちになる。
前向きに生きる勇気を与えてくれる。
そんなラブストーリー。
ネタバレしない程度にストーリーを説明しよう。
新進気鋭のシェフであるアルムートと、
離婚して失意の底にいたトビアスが偶然の出会いから物語は始まる。
僕は学生らに偶然の出会いの大切さを教えているが、この2人は交通事故。
アルムートの車にトビアスは轢かれる。
大怪我をしたトビアスと加害者のアルムート。
こんな偶然な出会いはおススメしないが、2人にとっては運命的な出会い。
そこから2人の生活がスタートし、いくつかの災難が襲い掛かる。
感情的なアルムートと冷静なトビアス。
時に激しいバトルもするが、そこさえも心地いい。
こんな状態で一緒に生活できるのならシアワセ。
シェフであるアムルートは世界を目指すが・・・。
といったところか。
解説にはもっとネタバレ的なことは書かれているが、ここで留めるのが大人。
映画でいえば夫役のトビアスかな。
どこかで観たことがある俳優だと思ったら、スパイダーマンだった。
積極的なのか消極的なのか、
恥ずかしがり屋なのか分からないのがむしろいい。
それはフローレンス・ピュー演じるアムルートが真っすぐだから。
迷いはするが自分の信念を貫く。
惹かれる理由でもあるだろう。
僕は初めて知った女優で最初はあまり興味が湧かなかったが、
徐々に魅力的になってきた。
彼女の愛らしくもたくましい生き方に魅了された。
タイトル通りだね。
ストーリーの派手さはないが、
現在と過去を行き来しお互いの関係性を交り合わせるのは巧みな演出。
大切な過去があるから今がある。
そんなことも感じた映画。
誰にとっても好まれるかもね。

日本映画にしては珍しくほぼ3時間の上映時間。
かなり長い。
観終わって思ったこと。
時間はまだ足りないんじゃないか。
もう1時間足して、前編、後編に分けての上映でもよかったのではないか。
そうすれば喜久雄も俊介もより深堀でき重厚さは増したのではないか。
そう思ったのだ。
主役喜久雄を演じるのは吉沢亮、俊介を演じるのは横浜流星。
大河ドラマで主役を張る2人が作品をグイグイと引っ張った。
カギとなる俊介の父半二郎を演じた渡辺謙も同じか(笑)。
大河ドラマ「べらぼう」では親子じゃないけどね。
若手俳優代表の2人だが、本作がこれからの活躍を更に加速させるのではないか。
それだけ2人の演技には圧倒された。
特に吉沢亮はここまで才能溢れる役者とは思っていなかった。
すみません・・・。
昨年の「ぼくが生きてる、ふたつの世界」も良かったけど。
歌舞伎には疎いので、歌舞伎役者としてのレベルは分からないが、素人には圧巻。
一年半の稽古を積んだというが見応え感も十分。
演技の中の演技に吸い込まれた。
横浜流星は吉沢亮の陰に隠れるが彼の万能さも十分伝わった。
役者の演技ばかり書くのもよろしくない。
本作に触れよう。
描かれるのは歌舞伎の名門の当主に見いだされた父親を亡くした喜久雄の半生。
ざっと1964年から2000年代まで。
細部にこだわる時代背景が同時代を生きる自分たちともオーバーラップしていく。
想定すると僕より15歳ほど上かな・・・。
実話をベースにしたといわれても誰も疑わない。
歌舞伎界は純然たるファミリービジネス。
その血が全てという世界。
生まれながらに跡継ぎになる者も才能を見出され後継者に選ばれた者も
それぞれの葛藤が互いの関係にひびを入れる。
一般的な事業承継より厳しい世界。
伝統や文化を継承するとはそんなことなのか。
究極のファミリービジネスといえるだろう。
だからこそ一筋縄ではいかず、壮絶な人生を生み出す。
最後の最後はどこまで自分に向き合えるかだが、芸にも反映される。
そのシンクロが素晴らしく観る者を魅了する。
今年の日本映画は見応えのある作品が少なかった。
そこそこ面白い作品はあるが、グッと押し迫り感動を呼ぶ作品はなかった。
ようやく今年もそんな作品に出会うことができた。
やはり日本映画はいいね。
瀧内公美があんなシーンで登場するのも日本映画ファンは喜ぶ(笑)。
3時間の予定を都合つけてもらいたいね。

前回に続きドキュメンタリー作品。
本作はTBSのアナウンサーだった佐古忠彦氏の監督作品。
僕は知らなかったが今は番組制作を中心に活躍されているよう。
描かれるのは沖縄本土復帰後の沖縄県知事を通して映し出す沖縄。
第4代大田昌秀知事と第7代翁長雄志知事の言動を中心に年密な取材を重ねる。
普天間基地移設や辺野古新基地建設のニュースは今も頻繁に流れるが、
僕らは表面的なことしか知らない。
マスコミが流すニュースに疑問を抱くことなく受け入れる。
政府の正論と沖縄県の正論はかみ合うことはない。
お互いの正しさは理解できる。
僕は僕なりの解はあるが、それが正しいとも思わない。
それぞれ反論する意見はあり、自分たちの正しさを主張する。
どちらの立場で判断するかで求めるものは180度異なる。
本作を観て沖縄の主張を素直に受け止める人も、国家批判と捉える人もいるだろう。
あまり偏った解釈は危険だが、自分なりの考えを持つことは大切。
そのためにも本作で沖縄の歴史を学ぶのも重要。
大田知事や翁長知事がどんな想いで当時の総理大臣と対峙したかは、
ニュースだけでは分からないし。
沖縄県の知事が全国の知事で一番難しいんじゃないかと思ってしまう。
全国的な公開ではないので、どこで本作を観ることができるのか。
いえるのは骨太のドキュメンタリーであるということ。
僕は沖縄が好きだ。
昨年も行ったし、今年も行く予定。
一時期は沖縄に移住したいという妄想もあった。
ただ悲しいかなそれは表面的な世界しか見ていない証。
ほんわかとのんびりした雰囲気で人も街も明るい。
オリオンビールも泡盛も美味い。
海もきれい。
そんな場所で暮らすのもいいと思ったが、それは浅はかな旅行者の発想。
現地の人たちが抱える永遠の苦悩を直接聞くわけではない。
むやみやたらに話すことでもないし。
だからこそこんな作品に触れる必要がある。
沖縄好きな人も日本好きな人も両方嫌いな人も観た方がいい。
自分のアイデンティティが問われると思うし。

第40回サンダンス映画祭ワールドシネマ・ドキュメンタリー部門審査員大賞受賞作。
なにげに今年初めて観たドキュメンタリー作品。
ドキュメンタリーは観ようと思いつつ、今年46本目でようやく辿りついた。
映画コラムニストとして失格ですね(笑)。
ノルウェーを舞台に母親を亡くした家族の3年間を追いかける。
とても小さな作品だが、描かれる世界は深くて大きい。
豊かな自然の中で自給自足で暮らす5人家族。
お金では買えない生活を求め、子供は学校にも通わず自分たちで教育をする生活は夫婦の理想。
小さな子どもたちも満足しながら生活を送っていた。
そこで訪れた母親の死。
生活は一変し、これまでの生活が維持できなくなる。
その家族の様子を美しい自然と共に描くわけだが、僕は観ながら錯覚を起こす。
演出された普通の映画かと。
巧みな取材方法と家族が愛らしく振舞う姿が演技のように思えたのだ。
ネタバレになるので詳細は省くか、子供たちは日増しに成長し、自我も芽生えていく。
その中で起きる葛藤。
母を亡くした悲しみ。
不慣れな学校での生活。
以前のような生活に戻りたい気持ち。
正面から子供たちに向き合う父親も迷いながら、自分と戦いながら理想の生活を求める。
せつなくもあり温かくもある。
時に子供たちはわがままで父親を困らせるが、
父親は決して声を荒げることなく真剣に冷静に子供の話を聴く。
出来の悪い父親としてはそれだけでも感動を覚えたり・・・。
こうして心豊かな人間が育っていくんだ。
亡くなった母親も含めすべてが魅力的だが、僕の目をもっと惹いたのは次女フレイヤ。
推測するに10歳あたりから撮影されていると思うが、彼女が本当に愛らしい。
彼女を天才美少女子役と錯覚してしまったくらい。
父親を想う大人びた言葉もあれば、子供らしい喜怒哀楽もある。
フレイヤの視線の先に家族の未来が見えてくるような感じ。
いずれスカウトが来るんじゃないかと浅はかな僕は思ってしまった。
タイトルにある「ただ、愛を選ぶこと」。
秀逸な邦題。
自分が忘れかけていた大切なものを教えてもらった。

暗くなりがちなテーマを暗いままにせず、明るく流す感じがいい。
認知症のオヤジが家庭内で暴れまわると通常は悲壮な作品になる。
面倒を見る家族は疲弊し崩壊する。
そんなイメージが一般的。
本作が180度違うのはイギリスでの実話をベースにしているからか、
横須賀というちょっとスカした街が舞台からか、
それとも寺尾聰のキャラクターがなせる技か、
すべてがうまい具合に調合されている。
ホロッとしながらも辛くなることもなく明るいままでいられる。
重いテーマの方向を変えると認知症も悪くないと思ってしまう。
松坂桃李演じる息子・雄太役の設定は40代。
年齢差はあるにせよ、僕は息子の視線で捉えることも間違いではない。
しかし、今は完全に寺尾聡演じる父・哲太役に感情が移る。
自分もいずれこうした運命を辿るのかと考えてしまう。
周りに迷惑を掛けるくらいなら、とっととくたばった方がいいと思うのだ。
その考えは変わらないが寺尾聰のような生き方なら悪くない。
迷惑かけても笑って済まさせる。
そして、なにより妻役の松坂慶子の存在。
随分とおばさんになってしまったが、あんな奥さんが隣にいたら生涯幸福。
「ずっとそばにいてあげたい」と言ってもらえるならどれだけ幸せだろうか。
僕は言ってもらえないだろうなあ~(汗)。
夫婦愛、家族愛を感じさせてくれた作品。
息子役の松坂桃李もよかった。
予告編はイマイチと感じたが、難しい設定を上手くこなし、
グッと押し殺した感情もこちらに響いた。
ネットで炎上するシーンはなぜか「空白」を思い出した。
スーパーの店長の彼は不幸だったが、本作で晒される彼も災難。
相も変わらず無責任な群衆によりチャンスを失う。
本作は無責任な群衆が結果的に救ってくれるけど。
SNSは難しいね・・・。
そうそう、本作は空いていると思い足を運んだが驚いたことにほぼ満席。
(すみません。平日だったので)
それも高齢のお客さんばかり。
僕が最年少だと思えるほど。
なにかキャンペーンでも張っていたのか、
世代的共感を生んでいたのか、
理由を知りたいが声を掛けることはできなかった。
こんな作品はハッピーエンドで終わるのが理想的だね。

解説を読み、「差入屋」なんて物好きな人がいるんだと思っていた。
実際に存在する仕事と映画を通して初めて知った。
刑務所も加害者もありがたいことに無縁の世界。
できれば一生関わることなく生きていきたい。
自分の子供には特に強くそう思う。
健全な親であれば当然である一方で、そちら側にいる人にはどうしても偏見が伴う。
知らない世界を知らないままで終わらせようとすると
勝手な誤解が生まれるのはやむを得ない。
それはある意味、危うい。
両面を理解し生きる道を考えるべきだが、残念ながら簡単ではない。
本作は「差入屋」を通し、その狭間にある難しさを教えてくれる。
主役は「差入屋」を営む金子真司(丸山隆平)。
妻美和子(真木よう子)と子供、叔父(寺尾聡)で暮らし生計を立てる。
この商売を通して、様々な事件に向き合うのが本作の流れ。
真司は犯罪経験があり、一部の冷たい視線を浴びながらも懸命に生きる。
その姿は誰もが認め、いちばんの理解者は美和子。
内容としてはこの程度にしておこう。
これ以上語るとネタバレになる。
映画としては平穏無事に済むはずはない。
必ず事件が起き、そこに巻き込まれ、
自分たちではどうにもならない状況となり、感情が揺れ動く。
客観的な僕は「冷静になれよ。そこでキレるな」と思いながらも、
そのむき出しな感情を受け入れる。
誰しもがまっとうに生きようと自分では思っている。
しかし、思うようにはいかない。
気づいた時には取り返しがつかないこともあったり。
この類の作品を観る度に親としての役割を考えさせられる。
毒親を持つ子供は被害者だが、ある段階で加害者になることも多い。
どこかで切り離さなきゃいけないが、それも危険が伴う。
昨年の「あんのこと」もそう。
すべてフィクションなら笑って済ませられるが、そんなはずもない。
唯一、まともに思える美和子も何らかの問題を抱え、乗り越えてきたと想像する。
真木よう子は本来のシャープな美しさを消し、理解を示す母親と妻を演じていた。
新たな一面なのかな。
世の中から犯罪がなくなることはない。
少しでも協力者が増えれば、増加は防げる。
この商売も協力者としての意味もあるだろうし。