楠木建氏も山口周氏も大好きな著者。
本書の発売を知ったとき、迷わず手に取った。
以前、山口氏がVoicyで楠木氏との対談から得た学びを語っていたが、
本書を読むことでその内容がしっくりと理解できた。
本書は「入力」「保存」「変換」「出力」という4章構成。
知的生産のプロセスがシンプルかつ分かりやすく整理されている。
印象的だったのは、はじめにと序章で語られる生成AIとの立ち位置だ。
「今後はスキルと呼ばれてきたものの多くは生成AIが担う。
誰もが外部化されたスキルを利用することができる。
人間に残された知的生産はセンスに集約される。
生成AIはセンスの正体を浮き彫りにする。」
「スキルには客観的な『正解』があります。
これに対してセンスは千差万別。センスは主観の次元にあります。」
この言葉が腑に落ちる。
これからはスキルを磨くのではなく、センスを磨く時代なのだ。
本書には、そのセンスをどう養うかというヒントが詰まっている。
そこには13年前に読んだビートたけし氏の「間抜けの構造」も紹介されている。
生成AIにどっぷり浸かると「間抜け」になってしまうと。
間抜けはバカよりも質が悪いようだ。
アプローチや方法は異なれど、ふたりの読書量は半端ではない。
つまり、入力(インプット)の絶対量が尋常ではないということ。
インプットした後の処理や管理の仕方に違いがあるのも面白い。
楠木氏は読んだ本をすべて処分するタイプ。
一方で山口氏は積読状態が多いという。
スタイルは対照的だが、互いを深くリスペクトし合っている理由がよく伝わってくる。
第4章の「出力」で、楠木氏はこう語る。
「仮説が先で、AIが後が鉄則。
AIは『調べもの』に限定し、アウトプットの本丸には使わない」
このスタンス徹底されているからこそ、
楠木氏ならではの独自の考え方やメッセージが際立つのだろう。
個人がエッジを立てるのなら、それが有効的。
企業が上手く活用するのは別の視点だと思うが・・・。
本書は非常に興味深い対談集で、得られる学びも多かった。
自分自身のAIとの向き合い方や読書の価値を再確認する上で、大いに参考になった一冊だった。


