伏見に戻ってきました。
定番シリーズがめっきり減っていますが、最低でも月2回はアップしたいと考えています。
伏見シリーズのファンの方々(いないかもしれませんが)、ご容赦ください。
但し、新規開拓はしばらく先になりそうです。
名古屋人ならあるあるですが、急にあんかけスパゲティを食べたくなることはありませんか?
「うんうん」と頷く方は多いでしょう。
名古屋メシでありながら名古屋っぽくないのがあんかけスパゲティ。
それでも無性に食べてくなる時があるのです。
ヨコイ、チャオなどの有名店もいいですが、通としてはこちらに向かうのもいいでしょう。
会社から栄方面に歩きます。
永らくスカイル9Fに店を構える「あんかけスパゲティ コモ」さんに行ってきました。

正面にあるエレベーターやエスカレーターで行かれる方が多いですが、通は違います。
裏手にあるエレベーターから向かいます。

存在をあまり知られていないので、乗る方が少ない。
途中で止まることなく一気に9階まで上っていけます。

自販機でオーダーしますが、不慣れな方は何を注文すればいいか迷うでしょう。
後ろに人が並んでいると焦ってしまうかもしれません。
そんな時は迷わず、日替わりランチを注文しましょう。
日替わりランチ 800円

ランチの場合、大体はオムレツと揚げ物になります。
この日はとんかつでした。
こちらはレギュラーサイズでもかなりのボリューム。
女性は(少)の注文をおススメしますが、家人はレギュラーをペロッと食べてしまいました。
今回は日替わりランチでしたが、ピカタが好みでこちらを注文することが多いです。

以前のブログでも紹介していました。
5年前ですが、当時と比べるとかなりの価格上昇になります。
きっと5年前が安すぎたのでしょう。
ピカタは800円から1100円に、日替わりランチは550円から800円にアップしました。
以前のランチにはご飯が付いていましたし・・・。
家賃や人件費を考えると普通なのかもしれません。
こちらは安定したあんかけスパゲティ。
なぜか時々食べに来たくなります。
写真はありませんがシガツというメニューもおススメ。
次回はこちらにしましょう。
ごちそうさまでした。
先月9月25日は第10回名古屋ファミリービジネス研究会Day4。
全6回の折り返しを過ぎ、回を重ねるごとに受講生同士の距離もグッと縮まってきた。
スタートはいつものように僕のアイスブレイク。
まずは前回の親子対談の感想から。
積極的に会話する親子が増えたのは嬉しいこと。

また、星野リゾートの星野佳路社長の著書から
ファミリーの取り組みや考え方をネタに話をさせてもらった。
ファミリービジネス研究をライフワークにされているだけに造詣は深い。
続いてDay3の振り返りは丸山さん。

前回のポイントを分かりやすく整理してもらい、
また、新ネタも披露してもらい、今回の講義へとスムーズに繋いでいただいた。
いつも的確なまとめをありがとうございます!
そして今回のメイン講師はグロースリンク税理士法人代表の鶴田幸久さん。
鶴田さんの略歴と見るとその成長ぶりに唸ってしまう。
出会った頃から事務所は何倍も大きくなった。
いやはや、凄い。

と昨年からはダブル鈴木さんも担当。

テーマは「効果的な事業承継、事業承継計画の作成」。
こちらも毎年好評の定番講義。
ファミリービジネスにおいて事業承継は避けて通れない最大のテーマ。
自社の株価算定や税金対策といった専門的なスキームはもちろん重要だが、
それ以上に「どのようなステップで承継計画を作成し、どう未来を描くか」
それを考えていくことも重要。
数々の現場をみてきた鶴田さんやダブル鈴木さんだからこその事例も。
テーブルごとのディスカッションも盛り上がった。
この場では明かせないが、それぞれの課題も語り合った。
自社の事業承継計画を可視化することは、現経営者にとっても後継者にとっても大きな一歩。
経営権の委譲や親族間・非同族幹部とのコミュニケーションも含め、
改めて自社の未来に向けた重要な視点を得られたのではないだろうか。
講義終了後は恒例の懇親会。
ワンランク上の山ちゃんで大いに盛り上がった。

リラックスした雰囲気の中で各社の悩みや将来の展望について
熱く語り合う姿があちこちで見られた。
「本音で語り合える仲間」の存在が本研究会の大きな価値だと改めて実感。
次回Day5は10月23日の開催。
株式会社大戸屋ホールディングスの社長に就任された三森智仁氏の講演。
こちらも大いに楽しみにしたい。
鶴田さん、丸山さん、そしてご参加いただいたみなさん、ありがとうございました!

クリストファー・ノーラン監督作品は、観る前にいつも少し構えてしまう。
鑑賞中は頭も体もフルに活用することになり、
観終わったあとはかなりの疲労感に襲われることが多い。
それだけ作品を理解し、世界観についていくのにエネルギーを要するということ。
本作も3時間近い超大作。
正直、当初は観に行くことを躊躇していた。
しかし、周りの評価があまりにも高い。
映画コラムニスト見習いも息子も絶賛。
「これは観ておかないと映画コラムニストとして失格なのではないか」
そんな半ば強迫観念のような思いに押され、劇場へ足を運ぶことにした。
全国的にも珍しい上映だと思うが、
今回はミッドランドスクエアシネマでの35mmフィルム上映で鑑賞。
オープニングの映像を見た瞬間は、どこか懐かしいような独特の感覚を覚えた。
だが、物語が進むにつれて35mmならではの深みや味わいがじんわりと効いてくる。
最新のDolby Cinemaが誇る圧倒的なクリアさや重低音とはまた一味違う、
フィルムだからこそ魅力。
ミッドランドスクエアシネマ、やりますね。
元となった古代ギリシャの詩人ホメロスの叙事詩「オデュッセイア」について、
僕は全く知識がない。
残念ながら、この手の古典や歴史ジャンルに対する造詣も皆無。
観る前は「背景知識がなくてついていけるだろうか」という不安も少なからずあった。
しかし、結果としては杞憂に終わった。
知識がなくても、映画として十二分に見応えがあった。
息をのむような迫力ある映像表現と、観客を飽きさせないスリリングな展開。
難しい予備知識に頼らせず、純粋な映像体験として力ずくでねじ伏せてくるあたりは、
やはりクリストファー・ノーラン監督の並外れた力量だと感服するしかない。
3時間という長尺を感じさせない圧倒的な濃密さ。
構えて観に行ったはずなのに、
観終わってみればその世界観にどっぷりと引き込まれていた。
億劫がらずに劇場へ足を運んで本当に良かったと思える、見事な作品だった。

予告編を何度も見て、正直、救いようのない作品だと感じていた。
瞬間的に身体が拒否反応を示したが、
怖いもの見たさのような感情に抗えず、結局映画館へ足を運んでしまった。
タイトルになっているシャドウワークを直訳すれば「影の仕事」。
観終わってみれば、まさにそのまんまの映画。
ただ、その本当の意味を理解できたのは、すべてのスクリーン映像が消えたあと。
鑑賞前までは、まったく別の意味として捉えていた。
作中で描かれるのは、配偶者や恋人から凄惨なDVを受ける女性たちの姿。
個人的には到底信じられない行為なのだが、ニュースを開けば現実に起きている社会問題。
本作では、それを吉岡里帆と奈緒のダブル主演で真っ向から演じ切っている。
「このふたりに暴力を振るうなんて、オレがそいつを制裁してやる!」と憤った。
もちろん、あくまで映画の中の話ではあるんだけど。
特に吉岡里帆の旦那。
どんな役者かも知らんが、オレはオマエを許さん!
すいません、つい感情的になってしまった。
吉岡里帆の演技の幅広さは以前から感じていたが、
奈緒も最近の出演作でその凄みが増しているひとり。
ここまで可愛さを封印した彼女を初めて見た気がする。
「死ねばいいのに」もそれに近いけど。
刑事である薫役を淡々と演じるのだが、劇中でほぼ笑顔を見せない。
徹底した佇まいに、彼女の並々ならぬ女優魂を感じた。
俳優陣でいえば、薫の夫でエリート警察官を演じた北村匠海も素晴らしかった。
少し前までは「冷めた演技をする役者」くらいの印象しかなかったのだが、
突如として豹変する人間の危うさを見事に演じ分けていた。
物静かな会社員から中途半端なワル、救いようのない若者まで演技の幅が広い。
現在公開中の「しびれ」は多分観ないと思うが、
(すみません・・・)
今後の活躍には大いに期待したい。
本作のジャンルはクライムサスペンス。
同時に、現代社会への批判を込めた社会派ドラマとしても観ることができる。
観終えたあと、これがハッピーエンドなのかどうかは観客に委ねられる。
捉え方によっては、救いようのない世界を描いた作品だともいえるだろう。
それでも僕はかすかな希望を込めて、ハッピーエンドとして受け止めたい。

楠木建氏も山口周氏も大好きな著者。
本書の発売を知ったとき、迷わず手に取った。
以前、山口氏がVoicyで楠木氏との対談から得た学びを語っていたが、
本書を読むことでその内容がしっくりと理解できた。
本書は「入力」「保存」「変換」「出力」という4章構成。
知的生産のプロセスがシンプルかつ分かりやすく整理されている。
印象的だったのは、はじめにと序章で語られる生成AIとの立ち位置だ。
「今後はスキルと呼ばれてきたものの多くは生成AIが担う。
誰もが外部化されたスキルを利用することができる。
人間に残された知的生産はセンスに集約される。
生成AIはセンスの正体を浮き彫りにする。」
「スキルには客観的な『正解』があります。
これに対してセンスは千差万別。センスは主観の次元にあります。」
この言葉が腑に落ちる。
これからはスキルを磨くのではなく、センスを磨く時代なのだ。
本書には、そのセンスをどう養うかというヒントが詰まっている。
そこには13年前に読んだビートたけし氏の「間抜けの構造」も紹介されている。
生成AIにどっぷり浸かると「間抜け」になってしまうと。
間抜けはバカよりも質が悪いようだ。
アプローチや方法は異なれど、ふたりの読書量は半端ではない。
つまり、入力(インプット)の絶対量が尋常ではないということ。
インプットした後の処理や管理の仕方に違いがあるのも面白い。
楠木氏は読んだ本をすべて処分するタイプ。
一方で山口氏は積読状態が多いという。
スタイルは対照的だが、互いを深くリスペクトし合っている理由がよく伝わってくる。
第4章の「出力」で、楠木氏はこう語る。
「仮説が先で、AIが後が鉄則。
AIは『調べもの』に限定し、アウトプットの本丸には使わない」
このスタンス徹底されているからこそ、
楠木氏ならではの独自の考え方やメッセージが際立つのだろう。
個人がエッジを立てるのなら、それが有効的。
企業が上手く活用するのは別の視点だと思うが・・・。
本書は非常に興味深い対談集で、得られる学びも多かった。
自分自身のAIとの向き合い方や読書の価値を再確認する上で、大いに参考になった一冊だった。