この書籍を手にした時は、一部の人が映画を早送りで観るのだろう。
わずかな割合だろうと高をくくっていた。
それが本書を読み進めるうちに実態が分かり愕然とした。

しかし、同時に時代がもたらした事実として納得せざるを得なかった。
これが今の標準なんだと・・・。

自称映画コラムニストとして映画は基本映画館で観ることが前提。
そのためには予め予定を組み、
少なくとも2時間は全ての連絡をシャットアウトする必要がある。
メールもLINEも電話も何もかも遮断する必要があるのだ。

暗闇の2時間を確保するのはかなり難しい時代になった。
この時勢において映画館で映画を観ることは最大の贅沢なのかもしれない。
本書を読んでそんなことも感じた。

今の20代全体で49.1%が倍速視聴経験者だという。
大学2~4年生を対象とすれば87.6%がその経験者。
10秒飛ばしを行う学生もほぼ近い数字。

もちろん見る動画コンテンツによってその利用度は異なる。
まだ映画の割合は小さいが、いずれにせよそれが当たり前の時代。
映画を倍速で観るなんてあり得んと嘆くのは僕らのような世代で、
若者からすればそんな嘆き世代は時間の使い方がヘタクソとしか思われない。

拘束される映画館はともかく、
YouTubeでも、ネットフリックスでも、Amazonプライムでも
その倍速機能が標準装備ということは推奨していると捉えても仕方ない。

僕は知らなかったが若者たちは「タイパ」「タムパ」という言葉を使う。
「タイムパフォーマンス」の略で時間のコスパを表す言葉。
これだけ情報が溢れている昨今、どの情報を選ぶかは彼らの中では重要な行為。
少しでも無駄を省きたいと思う。

ファスト映画が象徴するように映画はあらすじが分かればいいし、
観てつまらなければ最大の後悔になるという。
僕もつまらない映画を観た時は時間の勿体なさを感じる時はあるが、
それは作品側に問題があるのではなく、
その作品を選んだ自分に問題があるという認識。

逆にこの作品はどこがつまらなかったかが論点にもなり得る。
いい評価対象にもなるが、そんな話は倍速する連中には通用しない。
僕もVoicyやYouTubeは1.2倍くらいで聞くので大きなことは言えないが・・・。

これもネット中心の世界がもたらした新たなメリットであるのかもしれない。
世代論や時代論としてこの行動は理解できた。
やむを得ないとも思えてきた。

しかし、大切な要素がなくなっていくような寂しさを感じる。
セリフとセリフとの間や空気感、そこに存在する大きな意味。
そんなものが全て無駄として捉えられるのは寂しいし、
大切な何かを失っていくようでならない。

本書を読みながら昨年観た「サマーフィルムにのって」を思い出した。
未来は2時間の作品は消滅しているという内容を含んでいる。
せいぜい5分の作品が中心の世の中になっている。
もしかしたら現実になるかもしれない。
そんな世界は勘弁して欲しいが・・・。

映画館に通える贅沢。
改めて知れたのは良かったが、ツラさを感じた書籍でもあった。