てっきりチャップリンの最後の作品と思っていた。
主演という意味では正解だが、監督作品としては(あとチョイ役も)「伯爵夫人」が最後の作品。
まだ知らないことが多い。
本作もミリオン座のチャップリン監督セレクションで鑑賞。
前回の「黄金狂時代」が1925年の製作。
本作は1957年の製作で32年が経過。
映画業界も無声映画の時代から大きく変化。
それは業界だけでなくチャップリンが置かれた環境も大きく変わった。
その象徴が本作。
皮肉な時代だったのか、現在を投影しているのか解釈はいろいろ。
僕は今、このタイミングで再公開されるのには意味があると思う。
(日本だけじゃダメだけど)
本作はアメリカから事実上の国外追放を受けて母国イギリスで撮った作品。
タイトルが「ニューヨークの王様」なんてケンカを売っているとしか思えない。
むしろ寛容な心がそうさせたのか。
今の時代の製作はまず無理だろう。
製作できたとしても配給が追いつかない。
ミニシアターという選択はあるかもしれない。
チャップリンだから許されただろうし。
簡単に説明すると、自国の革命からアメリカに亡命したシャドフ国王のニューヨークでの出来事を描く。
シャドフ国王を演じるのがチャップリン。
ひょんなことから有名になり、アメリカでの生活も不自由ない。
実際の台所事情は厳しいが本人は何も感じていない。
そのギャップもユニーク。
それもアメリカっぽいのかもしれない。
他人の生活に興味がありそうで実は何もない。
そんな時にあらゆる分野で興味のわくシャドフ国王。
目の前の子供にもそう。
その子供役を演じたのが息子マイケル・チャップリン。
先日観た「チャップリン」で苦悩を露呈しているが、本作は天才子役といっても過言でない。
それがプレッシャーとなり、俳優としては上手くいかなかったのかも。
父親は息子の才能を見抜くのが早すぎた。
時として天才は見誤る。
本作をコメディ映画と観るか、社会派映画と観るか判断は難しい。
どちらとも受け止められる。
もちろん時代性もある。
つくづく感じた。
本作までを通してチャップリンはチャップリンなんだと。
やはり過去の作品を総ざらいする必要もありそう。
映画人としては外しちゃいけないね。


