
青春映画の傑作ともいえるし超蛇作ともいえる。
世代的共感を生むも生まないも、
尖った演出を受け入れるも戸惑うも観る人次第。
大きく評価は分かれると思うが、僕はどちらかといえば前者。
「お~、こうくるか・・・」と感心しながら観ていた。
日本の青春映画も時代によって描き方は変わる。
80年代でも90年代でも2000年代でも通用しない。
ましてや70年代なんてあり得ない。
これがイマドキ。
しかし、若者が抱える本質はいつの時代も変わらない。
ここから抜け出したい。
自分の存在価値を示したい。
表現は違えども心の中は同じじゃないだろうか。
どんな時代でも若者は悩むんだ。
本作のいいところは全くといっていいほど恋愛が描かれない。
南沙良や出口夏希という確実に売れる若手女優を使いながらも、
好きとか嫌いとか一切出てこない。
恋愛に興味がないわけじゃないが、大事なのはそこじゃない。
そこも好感度を上げた。
簡単に解説すると、
女子高生3人がひょうんなことから金儲けのために禁断の課外活動を始め、
その中で人として成長する姿を描く。
いや、成長とはいえないかもしれない。
単なるあがきや葛藤かもしれない。
そこも含め成長と認識すればいい。
その課外活動で作った同好会がタイトルの「オール・グリーンズ」。
高校生が一生懸命、お金を稼ぐ方法を考えても抜けはある。
当たり前だが上手くいくだけでは終わらない。
そこで挫けるか、這い上がるか、そこが問題。
その顛末はとても爽やかだ。
行為自体は褒められないが、なぜか応援したくなる。
だから僕は本作を評価するのだろう。
主演の南沙良は大河ドラマ「鎌倉殿の13人」「光る君へ」の印象とは大きく異なる。
幅の広さを感じた。
出口夏希はどこかで観たことがあると思いながら何かは思い出せない。
あ~、CMか・・・。
彼女も好演。
映画好きの女子高生を演じていたが、マニアックすぎる。
「太陽を盗んだ男」を絶賛する女子高生なんていない。
僕がアマプラのウオッチリストに入れながらも観ていない愚かさを指摘された気分。
だから昨日観ましたよ(汗)。
青春には正解がない。
本作にも正解がない。
それでいい。
どこまでも走っていけばいい。

一昨年、「シビル・ウォー アメリカ最後の日」を観た時、
「いつかこんな時代になるのかも」と危機感を覚えながらものほほんとしていた。
そこから1年足らずでそれに近い状況になってしまった・・・。
アレックス・ガーランド監督は恐ろしいことを想像する監督。
時代を予測していたかのよう。
そこからの本作。
いやいや、とてつもなく恐ろしい。
想像ではないリアルに恐ろしい作品だった。
一般的に戦争ものの場合、大義名分的な正義があったり、
強烈なリーダーシップを発揮し組織をまとめる、
もしくは戦闘能力が高く敵をバッタバッタと倒す。
そんなヒーローを描く作品が多い。
または痛烈な反戦メッセージを込めた社会派であったり。
セリフの端々にもそれを感じさせる作品もある。
否定するつもりは毛頭なく、そこからの学びは多い。
いかに戦争が無意味か知るためには継続的に戦争映画を観る必要もある。
ざっくりと分ければ戦争映画は2種類。
しかし、本作はどちらでもない。
ドキュメンタリーではないが、フィクションでもない。
本作にヒーローは登場せず、かといって戦争批判のセリフもない。
2006年、イラク戦争で起きた一日の出来事を忠実に描く。
実体験をもとに、最前線の極限状態をできるだけリアルに再現しただけ。
面白いもつまらないもない。
目の前で起きる戦闘を当事者のように映し出す。
勝手に自分がその場にいる感覚となり、どう対応するのかと考える。
自分がいつ撃たれるか分からない。
冷静な判断ができるのか。
無理だ・・・。
その状況で平静を装い訓練通りの行動を行う。
それは無理だ。
僕が無理なのは当然だが、強靭な肉体を持ち訓練を積み重ねてきた特殊部隊でも難しい。
戦争にヒーローがいないのが普通で、その場で第三者的な発言もできやしない。
本作で見せつけられた映像が戦争の本当の姿。
前線に立つメンバーは本来の目的を見失うのが当たり前。
現実は恐ろしいだけ。
特に面白い作品ではないが観る価値はある。
静けさと低空威嚇飛行の恐ろしさが印象に残った。
どうやら今年も続くようです。
月末水曜日のラーメンブログ。
一部、否定的な声が聞こえたりはしますが、概ね好評と理解しています。
そうなると続けざるを得ないですね。
先日もとある飲み会でふとした声を聞きました。
「山田さんってラーメンブロガーなんだよね」
絶対、読者じゃないと思っていた知り合いが僕を紹介していました。
初対面に近い方は
「へ~、そうなんだ・・・」
と感心とも、くだらないとも分からない反応でしたが、ここは受け止めねばなりません。
今年も月末水曜日はラーメンブログの日と決めていきます!
キッパリ!
そんな気持ちを抱えながら会社から住吉方面に向かいます。
以前、人気ラーメン店だった場所に別のラーメン屋さんがオープンしました。
閉店には閉店の理由があるんでしょうね。
新しくできたのは「ラーメン荒畑」さん。

最近、名古屋で勢いあるラーメン店で数店舗をオープンさせています。
人気には人気の理由があるのでしょう。
オーソドックスな注文をすると
「ねぎ増しは無料ですが、どうしましょうか?」
「はい、お願いします!」
ねぎ好きとしては頼まない手はありません。
「なかなかやるじゃないか」
と心の中で呟きながら、しばらく待っていました。
ラーメン 950円

どうでしょうか。
美しいラーメンですね。
普通のラーメンの注文でしたがチャーシュー麵並みの焼豚の量。
スープはスッキリとしながらも味わい深い醤油味。
麺は平麵できしめん並みの太さです。
この個性は魅力的。

途中で味変で自家製辛ニラを投入。
ピリッとした感じに食欲が増します。
あっという間に平らげてしまいました。
こちらは定期的にお邪魔することになりそうです。

隣は全国的に有名なラーメンチェーンですが、頑張ってもらいたいですね。
それではこの1ヶ月のラーメンをお届けしましょう。
味噌豚骨ラーメン

柳麺(らーめん)

味玉中華そば醤油

味玉中華そば

担々麺

年明けの第一弾のせいかシンプルで爽やかなラーメンが多いですね。
キッパリと継続宣言したもののネタ切れも考えられます。
仕事と割り切って精進していくしかありません。
ごちそうさまでした
今年も頑張ります!

ザ・韓国エンターテインメントというような作品。
いかにも韓国映画で、それがどんどんエスカレートする感じ。
一体、どこまでいくのかと勘ぐってしまう。
それは最大の誉め言葉。
残念ながら日本映画でこのジャンルは期待できない。
韓国映画らしさがギュッと詰まった映画。
本作は2025年韓国映画観客動員数第1位。
喜ばしい成績だが、いずれファン・ジョンミンやマ・ドンソクが塗り替えていくだろう。
そうしたら本作も続編ができたりして。
「ベテラン」「犯罪都市」と競い合いながら韓国映画を盛り上げてほしい。
最終的には全部合体するとか。
まあ、それはないか。
それにしても韓国映画の警察ものは面白すぎる。
絶対、絡んでくるのが大物政治家、悪徳刑事、大物のボンクラ息子。
今回は現役大統領が担ぎ出され、大統領選挙に繋がるから恐ろしい。
第三者的な目線では韓国はそんな国と勘ぐるのは当然のこと。
日本の首相が登場した「劇場版 緊急取調室 THE FINAL」なんて可愛いもの。
フィクションとはいえ裏社会が絶対、存在すると想像させる。
作り手は国家権力にケンカを売っているように思えるが、もはや韓国映画の文化。
抉って、抉って、抉りまくるのだ。
ヤダンというのは麻薬犯罪者から情報を引き出し、
検察や警察に提供して司法取引を操る闇のブローカー。
カン・ハヌルが主役ガンスを演じる。
軽快な中に強さと弱さが介在し、適度な人間味を持つ。
あっちの世界、こっちの世界に翻弄されながらも目的を遂行していく。
裏切りや復讐の連続なので、目的も常に変化していく。
その変化についていくのが大変。
昨日の味方は今日の敵で、また明日には味方になる。
そして最終的には・・・。
そんな感じ。
目まぐるしく動き常にどんでん返しが目の前に迫る。
それがザ・韓国エンターテインメント。
もっと話題になってもいい。
R15+なので過激なシーンもそれなり。
だから夜の時間帯の上映が多いのか。
僕は朝一番に観たけど。
眠気が吹っ飛ぶ作品だった。

いかに自分が恵まれた環境で生きているかと実感した作品。
決して本作が不幸な物語というわけではない。
家族の中でも一人ひとり抱えるものがあり、全て分かり合えるわけではない。
僕でも家人や子供を理解できないことも腹が立つこともある。
それはお互い様。
僕が正しいと思っても全然違う答えもある。
それでも繋がっているのが家族。
どう繋がっているかは立場や環境によるところも大きい。
本作のように弟の事故死があり母親が心を閉ざしてしまうと繋がりは壊れる。
健全な家族でもいつ何時事故が起きるか分からない。
そうなると家族が崩壊するのがむしろ普通。
キャッチコピーにある「家族をやめたい人たちへ」は特別ではなく、
誰しもが一度は思う感情なのかもしれない。
何も起きず平和に暮せる僕は恵まれているとつくづく思うのだ。
本作のキーワードは「嘘」。
それも家族を不幸にしないための嘘。
しかし、それは自分を苦しめ、結果的には相手を傷つける。
噓も方便というし必ずしも否定しないが、自分が辛くなるなら元も子もない。
嘘は永遠には続かない。
そこから解放された時に光が見えてくるもの。
だから僕の中で本作はハッピーエンドで終わった。
ここまで読んでも内容はよく分からないと思うが、それでいい。
家族なんて正解はないんだから・・・。
主役山吹演じるのは高杉真宙。
僕が彼を知ったのは大河ドラマ「光る君へ」。
まひろ(紫式部)の弟役だったが、軽さの中にも優しさがありとてもよかった。
次に観たのが「オアシス」で犯罪組織の若造役。
この映画で高杉真宙と伊藤万理華は幼なじみだった。
なんだ、同じじゃないか(笑)。
ヤツが波瑠と結婚したのは許せないが、活躍が期待できる若手俳優だと思う。
個人的には少女時代の姉・紅を演じた藤中璃子がチャーミングだった。
家族が拠りどころであるのは間違いない。
しかし、頼りすぎたり、思い込みが激しすぎたりするとあらぬ方向に進む。
家族のあり方を教えてもらった貴重な作品だった。

ファミリービジネスアドバイザーの端くれとして読まねばならない一冊。
ただ、この類の書籍は多いので素通りする場合もある。
しかし、本書は著者名を見て迷わず購入。
一時期、大きな話題となった大塚家具の大塚久美子氏の著した書籍。
どんな内容であろうと読んでみたいを思わせた。
いい意味で裏切られ、悪い意味で誤解した自分の足りなさを痛感。
それは僕自身がマスコミ報道に踊らされ鵜呑みをしたことが理由。
僕はヤマダ電機の傘下に入り、結果的に大塚家具という会社が無くなったことを否定的だった。
表面的かつ無責任に捉えれば、僕のように考えるのが一般的だろう。
裏側にある実情や当事者の葛藤を理解しないうちに決めつけるのは愚かな見方。
まだまだ視点が低いわけね。
すみません・・・。
いい意味で裏切られたというのは新たな視点が学べたこと。
「名古屋ファミリービジネス研究会」を運営し、FBAAの執行役員を務める身として
ファミリービジネスのおおよそは掴んでいるつもり。
しかし、本書を読んでハッとさせられ気づいた点は多い。
それはサブタイトルにもある「当事者の視点で考える」ということ。
僕と著者はほぼ同世代。
立場の違いはあるが、世代的価値観は近しいものがある。
親の影響もあり昭和的な感覚が少なからず残っている。
象徴的な一文はこれ。
1968年生まれの私自身は現代の会社と個人の規範で行動しますが、
内面に「家業」のために必要な場合は
「犠牲を払わなければならない」という価値観は否めません。
著者は現代の会社と個人の規範という言葉をよく使われる。
これまで自分たちが学んできた中ではあまり触れなかった言葉でもある。
日本には200年以上続く長寿企業が多い。
それがファミリービジネスの特徴と受け止められているが、
戦後の創業者は「家」の規範に捉われない自由な個人が多いという。
最初は「おやっ、なぜ?」と思ったが、
いつまでも事業承継できない創業者が多い背景はそれが起因するともいえる。
また、このあたりは新鮮。
経営の責任を追わないコンサル等の社外の勢力への否定的な言及も著者ならではの見方。
まさに当事者視点といえる。
本書を読むまでは大塚氏のコンサル会社の経営に違和感があったが、読後は納得。
この視点が後継者にもたらすメリットは多い。
どんなことでもそうだが他人の評価でなく自分の眼で判断することが大切。
いい勉強をさせてもらいました。
記念すべき伏見シリーズ333回。
ただ語呂がいいだけですね。
それだけでも気分がいいので、豪勢なランチを頂きたいところ。
会社から住吉町方面に向かいます。
夜が中心の街ですが、めっきりお邪魔する機会がなくなりました。
女子大小路、住吉町はなぜか減りましたね。
もう若くはない証拠です。
ふらりと歩いていると看板が目に入ります。

「おっと、昼から焼肉なんて333に相応しいじゃないか」と根拠なく呟きます。
飲み屋さんが集まっているビルの2階にある「夏恋」さんにいってきました。

こちらはカレンって読むんですね。
今どきの女の子の名前のようです。
松坂牛をメインに扱うお店で契約農家から直送なのでお値打ちに提供できるのがウリだそうです。
ランチは昼焼肉セット(2500円)にしてビールでも飲みたいところ。
一人焼肉ができるカウンターも嬉しいですね。

気分は上々でしたが、午後に大事な約束がありました。
「約束なんてテキトーでいいかな」
と思いながら責任感の強い性格が邪魔をしました。
結局、注文したのはなんてことはない日替わりランチ。
なんとも勇気のない食べ物ブロガーです。
牛スジ丼セット 1000円

まずはサラダで体を整えます。
これで気分上々を抑えることができました。
牛スジ丼は結構な迫力。

丼に所狭しと並べられています。
今回も井之頭さん的な雰囲気になりましたが、ここも気持ちを抑えます。
ひとり呟きもグッと抑え込みました。
その分、牛すじ丼をじっくりと堪能します。
牛スジを頂くケースはあるようでありません。
定番メニューの炙りカルビ丼にしようかと迷いましたが、今回はこちらで正解。
できればビールを合わせたかったですが、これも我慢ですね。
店内にはプロ野球選手のユニフォームやグローブが飾られています。

なぜか広島カープが多い。
広島ファンのオーナーでしょうか。
少人数でお邪魔するにはいい焼肉屋さんだと思います。
ごちそうさまでした。
次回はこっそりと昼焼肉セットにします。

てっきりチャップリンの最後の作品と思っていた。
主演という意味では正解だが、監督作品としては(あとチョイ役も)「伯爵夫人」が最後の作品。
まだ知らないことが多い。
本作もミリオン座のチャップリン監督セレクションで鑑賞。
前回の「黄金狂時代」が1925年の製作。
本作は1957年の製作で32年が経過。
映画業界も無声映画の時代から大きく変化。
それは業界だけでなくチャップリンが置かれた環境も大きく変わった。
その象徴が本作。
皮肉な時代だったのか、現在を投影しているのか解釈はいろいろ。
僕は今、このタイミングで再公開されるのには意味があると思う。
(日本だけじゃダメだけど)
本作はアメリカから事実上の国外追放を受けて母国イギリスで撮った作品。
タイトルが「ニューヨークの王様」なんてケンカを売っているとしか思えない。
むしろ寛容な心がそうさせたのか。
今の時代の製作はまず無理だろう。
製作できたとしても配給が追いつかない。
ミニシアターという選択はあるかもしれない。
チャップリンだから許されただろうし。
簡単に説明すると、自国の革命からアメリカに亡命したシャドフ国王のニューヨークでの出来事を描く。
シャドフ国王を演じるのがチャップリン。
ひょんなことから有名になり、アメリカでの生活も不自由ない。
実際の台所事情は厳しいが本人は何も感じていない。
そのギャップもユニーク。
それもアメリカっぽいのかもしれない。
他人の生活に興味がありそうで実は何もない。
そんな時にあらゆる分野で興味のわくシャドフ国王。
目の前の子供にもそう。
その子供役を演じたのが息子マイケル・チャップリン。
先日観た「チャップリン」で苦悩を露呈しているが、本作は天才子役といっても過言でない。
それがプレッシャーとなり、俳優としては上手くいかなかったのかも。
父親は息子の才能を見抜くのが早すぎた。
時として天才は見誤る。
本作をコメディ映画と観るか、社会派映画と観るか判断は難しい。
どちらとも受け止められる。
もちろん時代性もある。
つくづく感じた。
本作までを通してチャップリンはチャップリンなんだと。
やはり過去の作品を総ざらいする必要もありそう。
映画人としては外しちゃいけないね。

珍しく立て続けにアメリカ映画を観ている。
硬派な社会派ドラマを主として選択する僕がなぜかアクション映画が続く(笑)。
まあ、それはよし。
映画サイトの解説を読むうちに気になってしまった。
まず結論からいおう。
期待以上に楽しめた。
ネタバレはしないつもりだが、感想を書いているうちに漏らしてしまうかもしれない。
そこはご容赦頂きたい。
ポスターにあるコピー「マフィアもネコもバッチこい」
WHY?と思っていたが、オースティン・バトラー演じるハンクは、
将来、メジャーリーグで将来を嘱望された選手だった。
ある理由が夢が途絶えるわけだが、未だにそれを引きづって生きている。
それがそのコピーに繋がるといっていい。
このあたりは映画が進んでいくと解明され、肝心要なシーンでインパクトを発揮する。
これって、ネタバレじゃないよね?
隣人の猫を預かったことからとんでもない事件に巻き込まれ、とんでもない道を歩んでいく。
5メートルずれていれば平穏無事な生活で終始していたかもしれない。
先日観た「ワーキングマン」もそうだが、ちょっとした偶然が追いつ追われつの状況を作り出す。
アメリカって、やっぱり怖い国。
本作の舞台は1990年代後半だが、今もその状況は続いているんだね。
誰を敵に回さないかと吟味しなきゃいけない。
僕がその中に入ることは300%考えられないが、万が一、入ったら瞬殺されるのは間違いない。
逃げ切る勇気もない。
ハンクの立場が変化すると同時に彼の思考や行動も変化する。
やっていることはほぼ犯罪だが観る者は正義の味方として認識してしまうのではないか。
僕も密かに(密かにする必要もないが)応援していた。
ラストは一瞬、えっ?と思った後に、へ~、なるほど!と感心。
なかなか上手い演出。
最後に気になった点がひとつ。
ハンクの母親がほんの少し登場するが、誰だったのかな?
大物女優だと思うが名前が出ない。
カメラワークも斬新で、ずっと緊張しっぱなしの107分。
こんなアメリカ映画もいいね。

Z世代評論家としては放置するわけにはいかない一冊。
Z世代の特徴はあ~だ、こ~だといわれてる。
確かにその傾向はあるが、すべてが共通の世代感とみるのは危険。
十人いれば十通り。
ある種の傾向性だけの話。
それは時代性もあるし育ってきた環境もある。
育ってきた環境という点ではタイトルにあるZ家族は腑に落ちる。
本書は実例だけでなくこと細かなデータも網羅しているので説得力は高い。
僕が予想した通りというよりそれ以上。
Z世代に与える親の影響力は強い。
親子の距離は近く何でも相談できる関係性もあるし、真っ先に相談するのは友達ではなく母親。
就職活動で「オヤカク」が常識になっているのも距離の近さを表す行動。
オヤカクは特別なことではないようだ。
僕が保護者向けセミナーの講師を依頼されるのはZ家族の存在が理由のひとつ。
そんな僕も本書でいうZ家族。
しかし、書かれている内容には当てはまらない。
子供から相談されることもなければ、尊敬されている感じもない。
これが父親だけで母親が近しい関係であればいいが、母親もそこまでではない。
さすがに僕よりは近いが本書とは程遠い。
やはりみんな同じじゃないんだよね。
我が家は極端かもしれないけど(汗)。
そこも含めて考えてみると子供は至って普通のZ世代的感覚の持ち主。
親の立場からすると子供の言動に不安を持つが、今の時代はなんら問題はない。
むしろ変わることを装いながらも本質的には変わっていない自分が時代に適していない。
(昭和的感覚とういべきか)
そんなふうに思ってしまう。
だから評論家でいられるのかな。
そういえば正月早々、家人の誕生日を迎えた。
冬休みが重なることもあり、毎年、家族で食事に出掛ける。
近年は子供らがお店を予約。
(支払いはこちらに回ってくるが)
その時にはちゃんと家人のケーキをお店に頼んでいる。

また、リビングがざわついていると思っていたら、娘、息子でプレゼントを渡していた。
僕が同じような時期に親に対してそんな経験はない。
その優しさというか気の回し方というか、いい空気の読み方も今の世代を象徴している。
もう少し冷静に客観的にこの世代を見るべきかもしれない。
いい勉強になりました。