今、この分野では最も注目すべき2人。
本書は山口氏、尾原氏の対談集だが、それもZoomで行われたという。
それが編集され書籍として発行される。

それもイマドキだし、その著書を僕はkindleで読んだ。
数年前の出版業界では考えられなかったことだと思うが、
それ自体が仮想空間シフトと言うのかもしれない。

今、僕はまさにその狭間に立っているわけだが、まだ立っているだけ未来がある。
僕の同世代でもはるか先に進んでいる者もいれば、
立とうともしない、もしくはその場所さえ知らない者もいる。

人の価値観はマチマチでどこかに揃える必要はないが、
時代を読み違えると気づいた時には完全に手遅れになる。
そんな危機感だけは自分の中にあり、それが健全ともいえる。

しかし、それが幸せかどうかは分からない。
立とうとしなかったり、その場所を知らない者の方が幸せだということもあり得るのだ。
そんな表現をすると仮想空間へシフトするのは恐ろしい世界への突入と
世のオジサンは否定したくなるが、実際は得るものは大きい。

単に便利ということもあるが、より効率的に生産性も高まることもある。
だが、それも危険。
そっちにシフトすることが全て生産性が高まると判断されることもバイアスがかかっている。
確固たる思想に基づかないと意味もない。

その点では僕も狭間に立つ中途半端な人間。
しかし、少し先の未来を描いてみると希望も見えてくる。
「オンとオフ」と「都市とリゾート」の関係が逆転するとか、
ライスワークとワイフワークをどう切り分けて考えてくかで楽しみも増えそう。

その時点で凝り固まった自己の価値観をリセットせねばならないが、
それが当たり前の世界で想像していけばこの先の人生も明るくなる。
そう考えるとコロナがもたらした新しい世界も悪くない。

いや、やっぱりコロナのもたらした世界は勘弁してほしいが、
新たな価値を注入する点においてはプラスに考えるべきだろう。

狭間に立つ僕がこんな状況だとZ世代の大学生の息子あたりはどんな未来を作っていくのか。
オンライン授業と対面授業を活用しながら、スマホで全てか解決できる生活を送る。
世のオジサンたちはつまらん!と一括りにするかもしれないが、
僕らではおよそ導くことのできない新たな世界を創造する可能性はある。
むしろ可能性は高い。

結局は人次第で上手くリードする側と上手く利用される側に分かれるだろうが、
その感じ方、受け止め方、主体性で大きく変わるだろう。
楽しみにしておきたい。

なんだか訳の分からない話になってしまったが、
少しずつ僕らの生活は仮想空間比率が高まっていく。
その分、リアルの価値も高まり、その意味も大きいとは思うが・・・。

いつまでもアーリーアダプターでいたいが、気づいたらレイトマジョリティになってるかもね。
気をつけないと・・・。