本作は2025年のカンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドールを受賞し、
アカデミー賞やゴールデングローブ賞にもノミネートされた。
近年の国際映画祭を見ていると、社会性の濃くメッセージ性の強い作品が選ばれやすい。
そんなふうに感じるが、アメリカから見た外国作品だからか。
今回もイランという国の今を切り取った濃密な人間ドラマ。

昨年観た「TATAMI」はイラン当局から上映禁止を食らい、製作もアメリカとジョージア。
対して本作は、一応イラン製作となっている。
痛烈な国への直接批判がないから、国内でも上映が許されているのだろうか。
だが、物語の根底に流れる空気感からは社会の歪みや閉塞感がひしひしと伝わる。

特筆すべきは、ワンシーンがかなりの長回しで構成されている点。
カメラが人物を追いながら、執拗なまでに撮り続けていく。
その手法のおかげで、映画を観ているというより、
他人の生活を覗き見ているドキュメンタリーのような錯覚に陥る。
俳優がセリフを喋っているという感覚がなく、
リアルなイランの人々が、剥き出しの感情でまくしたてるように映る。
その迫力にはただただ呑み込まれるしかない。

同時に、映画を観ながら少しホッとした部分もある。
ニュースなどで流れる政治的なイメージとは裏腹に、
描かれる一般的なイランの人々は情に厚く、お節介なほどに「いい人たち」なのだ。
ネタバレになるので明かさないが、いやいや、普通はそこまでしないよ・・・。
本来の彼らは温かい国民性なのだと思わせてくれる。

しかし、物語は「偶然」というタイトル通り、些細な出来事から予想もしない方向に向かう。
ちょっとマヌケな気もするが、それがユーモラスに繋がる。
そして迎えるラストシーン。
その解釈は観る側に委ねられているが、非常に恐ろしいものに感じられた。

イランという国のことは表面的なニュースで知るだけ。
本当の姿は知らない。
単なる「遠い国の話」として片付けられない普遍性を映画から学ぶ。
名誉、信仰、そして家族。

描かれる世界がどこまで実態かは分からないが、
ジャファル・パナヒ監督自身の経験も盛り込まれているという。
巨匠と呼ばれる監督はこだわりを貫くんだろうね。