これからも前向きに 名大社会長ブログ

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映画「ニューヨーク 親切なロシア料理店」

12月に相応しい心温まる作品。
なんで12月に相応しいの?と思われるかもしれないが、
大体クリスマスシーズンにはハートウォーミングが多いのが業界の習わし。
ほんとかどうかは定かではないが、そんな気がする。

それに合わせたかのような映画タイトル。
原題「The kindness of strangers」を訳しても、このタイトルとは程遠い。
似ても似つかない。

まるで「愛と青春の旅立ち」のようだ。
まあ、それは許そう。
あながち映画の中身がそれに沿っているから・・・。

ニューヨークが舞台でロシア料理レストランを中心に繰り広げられるし。
そう思うと安易なタイトルか、やっぱり(笑)。

僕は正統派アメリカ映画と思っていたが、それも違う。
デンマーク・カナダ・スウェーデン・ドイツ・フランスの合作。
アメリカもロシアも一切関係なし。
どうしたらこんな合作が生まれるか映画を観ても皆目見当はつかない。
ロネ・シェルフィグ監督がデンマーク出身なのでその繋がりくらいしか理解できない。

勝手な想像に過ぎないし、多分、その想像は間違っていると思うが、
この映画に描かれる世界は万国共通の深いテーマとも受け取れる。
DV、犯罪、リストラ、不倫などそれぞれの事情を抱えた人たちがもがきながらも支えあう。

それも偽善でもなく打算でもなく純粋な気持ちで・・・。
こんな映画を観ると殺伐としたニューヨークの景色も違った色に見える。
それは悪くない。

支えあう人がお互いに立派かといえば、それも嘘。
どこか間違っているし病んでいる。
それでも前を向く気持ちに心を奪われ映画に感情移入していく。
そのあたりも12月らしさといえるのか・・・。

最近の外国映画の俳優はとんと分からなくなっているが、本作もそう。
誰一人として知らない。
その中で僕が惹かれたのは唯一まともな人物ともいえるアリス役のアンドレア・ライズボロー。

ショートカットで颯爽と働く姿は美しく、少し影を感じさせるのもいい。
他にどんな作品があるかググってみたが、惹かれる画像は出てこない。
正直、ろくな画像がない。

そう思うのは僕だけ?
とどうでもいいことを感じてしまった。
単純なハッピーエンドも悪くないが、こんな感じで終わるハッピーエンドも救われる。

結局、人は人でしか救えない。
それはお互いの関係性が希薄であっても、人間同士だから繋がれる。
幸せな気分になれる映画を年末に観れるのはありがたい。

映画「ばるぼら」

自分一人の選択であれば、本作を選んだどうかは微妙。
気にはなっているが、モーレツに観たいと思う映画でなかったのは正直なところ。
映画評論仲間のヤブさん、コヤマさんとの課題作品となり鑑賞する機会を得た。

結論からすれば、この作品を評することでお酒を楽しむことができる。
作品の意図について互いの見解を述べたり、
手塚治虫氏の原作を並べながら昭和と現代を比べたりと話題は十分。
いい題材となった。

しかし、これも結論だけいっておこう。
大ヒットはしない。
万民に受ける作品ではない。
R15なので「鬼滅の刃」ファンを巻き込むこともできない。

ただ声を大にしていえば、テレビ小説「エール」のファンは観るべき。
さらにいえば、二階堂ふみファンは絶対に観るべき。
もしかしたら相当のショックを受けるかもしれないが、それを恐れずに観るべきだ。

それにしても彼女の演技はすさまじい。
それは本作に限らず、僕が過去観た作品でも同じ。
比べれば「翔んで埼玉」「SCOOP!」なんてかわいいもの。
流れとしては「この国の空」や「私の男」に近い。

より大胆な演技で、爽やかな朝の国民の顔を見事に裏切っている。
(「エール」は一度も観ていないが・・・)
この高尚な映画ブログでは卑猥なことは書けないが、
そのすべてを葬り去る演技は稲垣吾郎さえもダメ人間に陥れる。

妄想なのか、リアルなのか、文学的なのか、哲学的なのか、
観る者は翻弄され自分の居場所さえ分からなくなる。
そんな雰囲気を持つ映画。
いやはや、これはやはり大ヒットしない。

監督は手塚治虫氏の息子である手塚真氏。
どうだろう。
どれだけの人が知っているだろうか。

僕らの世代の邦画マニアで知らない人はいないが、一般的には認知は低いのでは。
僕が学生の頃、自主映画界ではカリスマ的な存在だった。
当時、話題だった「星くず兄弟の伝説」という訳分からない作品を観た記憶はある。
残念ながら前衛的すぎて理解できなかった。

35年経った今でもある意味、前衛的。
それを創作する者はいつの時代になっても、その感性は持ち続けるものだろう。

それにしても死人であるばるぼらこと二階堂ふみに対して稲垣吾郎ってヤツは・・・。
これはかなり衝撃的。
映画の解釈を含め、そのシーンだけでも観る価値はあるのかも。

やはり映画仲間の存在は大切。
また、鑑賞会をやりましょう。
ありがとうございました。

映画「スパイの妻」

ようやく映画コラムニストの仕事も戻ってきた。
最新作ではない。

本作を観たのは11月下旬。
上映している映画館も少ないかも。
まあ、ブログが休止していたからやむを得ない。
僕のブログを読んで観たくなる人は溢れんばかりだが、ご勘弁願いたい。

ヴェネチィア国際映画祭銀獅子賞を受賞した話題作。
要は最優秀監督ということ。

そうなると期待値がグッと上がるが、
海外の評価の高さが国内の評価とイコールとは限らない。
海外から観た日本の描き方、喋り方、文化の見せ方と
国内のそれとはそもそも感じ方も違うだろう。

いい意味でも悪い意味でも僕らが観る外国映画の理解は難しい。
それと同じではないか。

それは素人感覚?
まだ未熟な映画コラムニストの証なのかもしれない。

誤解を恐れずにいえば、本作の評価も賛否が分かれる。
少し前に観た「朝が来る」あたりと比べれば評価の差が激しくなるのではないか。
それは映画の解釈にも差が出るだろう。

反戦映画とみるか、恋愛映画とみるか、
ハッピーエンドとみるか、不幸な結末とみるか、捉え方も様々。
見方を変えれば、蒼井優演じる聡子のセリフも大きな意味があったり、
単なる感情であったり。

しかし、僕らはそのセリフに惑わされ、
戦時中という特別な時代に気持ちを持っていかれる。
これも黒澤監督の思うツボなのか。

だから映画は面白く、どこまでいっても不可思議な世界。
飲んで語っても終わることはない。

本作はその時代背景の作り方や映像美も魅力だが、カット割りも見どころ。
相米慎二作品の助監督を務めた影響か、長回しを多用している。
それがリアリティと緊張感を生み、上手く時代を反映している。

そのあたりも評価を得るポイントだったりして・・・。
あまり映画祭の受賞ポイントは変わっていないのかな(笑)。

それでも日本映画が海外で評価を受けることは大切。
どんどんその魅力を発信させ、全世界で観てもらう機会と作るべき。
ボヤっとしていると隣国に追い抜かれてしまうしね。

日本らしい作品をこれからも期待したい。
僕らはどこまでいっても日本人だしね。

映画監督論。を読みながら

今週は秋の映画強化週間。
最近観た作品はすでにアップしてしまった。
どうしようか…と悩みながら楽天マガジンを開くといいネタがあった。

毎年、この時期に「BRUTUS」は映画特集を行うのか。
昨年もこの雑誌を読み「キミはシネマコンシェルジュになれるのか」というブログを書いていた。

今年は映画監督論。という特集。
20名の監督の鑑賞論を中心に様々な角度から映画の楽しみ方を取り上げている。
その視点が他の雑誌と異なり興味深い。

監督と映画プロデューサーとの関係や宣伝マンとのやりとり等、
裏側に世界をリアルに知れるのも大きい。
映画の世界では監督が一番偉いような気もするが、
実際はいくら有能な監督でもプロデューサーに選ばなければ作品は撮れない。
こだわりすぎても嫌われたらおしまい。

各国の宣伝マンがうまくリードしないと目論見通りの興行成績も収められないし、
好き勝手に撮ればいいというわけではない。
だから最近はワガママな監督が減ってきたのかな?

また、本誌には30名のシネマコンシェルジュが映画監督論を述べている。
そろそろ僕も呼ばれてもいいと思うのだが、今年も声が掛からなかった。
だが、納得せざるを得ない。
30名のシネマコンシェルジュは得意分野や専門性がはっきりして、紹介する作品も特徴的。

僕には半分も分からない世界。
一年を通して観る本数も桁が違う。
残念だが、僕の映画コラムニストとしての活動では未熟だということ。
もっと本数を稼ぎ得意分野でエッジを立てなければ・・・。

話は戻り映画監督論。
話題のクリストファー・ノーランからS・クレイグ・サラーまで20名。
日本人では大林宣彦、相米慎二、伊丹十三、今泉力哉監督が取り上げられていた。

大林監督も相米監督も好きな監督。
僕が最も映画を観た1980年代を代表する映画監督。
大林監督については以前ブログにも書いているので、今回は相米監督。
もう亡くなられて19年が経過する。
53歳なんて僕よりも若いじゃないか・・・。

相米監督のデビュー作は「翔んだカップル」。
2作目は「セーラー服と機関銃」。

はっきり言っておこう。
薬師丸ひろ子を育てたのは角川春樹でも大林宣彦でもなく相米慎二。
彼が薬師丸ひろ子を大女優に育てたのだ。
この2作とも単なるアイドル映画ではない。

「セーラー服と機関銃」は ”カイカ~ン”というセリフとともに大ヒットしたが作品もいい。
それ以上に「翔んだカップル」は素晴らしい青春映画。
僕は完全に薬師丸ひろ子にノックアウトされた。

長回しにこだわり徹底的なリハーサルを行うという。
そこで薬師丸ひろ子も鍛えられたのだろう。
今でもあのシーンを思い出すとジーンとしてしまう。

改めて調べると1985年には「ラブホテル」「台風クラブ」
「雪の断章 情熱」と話題作を3本も撮っていた。
それが寿命を短くしたのか。
今でも惜しい監督を早くに亡くしたと思う。
好きな監督の一人だった。

遺作となった「風花」を観たいが、Amazonプライムでは有料でも観れない。
Amazonさん、何とかしてね。

最近、監督で映画を選ぶことは少なくなった。
個人的には白石和彌監督くらい。
それがいいことかどうか。

たまにはお酒を飲みながら、好きな監督について論じあってもいいかもね。

映画「緊急事態宣言」

最近、またコロナ感染者が増えている。
ついに第3波の襲来なのか・・・。
そんなニュースを見ると辛くなるが、
自分たちができるのは感染予防を心掛け、会社として万全な体制を整えていくだけ。

一日も早く収束して欲しいが、withコロナで対応していくしかないのだろう。
本作はそんな中で作られ5本のオムニバスで構成されている。
Amazonプライムで公開された直後に4本を観て、最後の1本をつい最近、観終えた。

すでに観た人は多いと思うが、あまり話題にはなっていない。
それが作品の正当な評価かもしれないが、おヒマな人はその感覚を味わってほしい。

かなり賛否両論ある作品で、話題の監督が独特の感性で仕上げている。
真剣なのか、遊び感覚なのかは分からない。
今、目の前の現実と近未来が入り混じる。

再びコロナ感染者が増える中で、以前のような緊張感がない今、
本作を見せつけられるといい緊張感を生むんじゃないか。
そんなふうに思ったり・・・。

僕が5本のオムニバスで一番響いたのは「デリバリー2020」。
いつもはネタバレしないように注意しているが、今日は大いにネタバレさせよう。

離れ離れで暮らす家族が誕生日祝いをオンラインで行う。
コロナ禍なので、一堂に集まることができない。
そこには本来、誕生日祝いをされる父親は不在。
理由はコロナウイルスに感染し、死を迎えたため。

なんとなくシュール。
実際、そんなことが現実に起きてもおかしくない。
この作品に登場するのは3人のみ。
お母さん役の渡辺真知子さんは味がありますね・・・。

ともすれば1日の撮影で映画は完成する。
出演者はお互いに顔を合わせることはない。
それを踏まえての制作であり公開か・・・。

映画館での上映が前提ではなく、短期間、最少のスタッフでの制作。
オムニバスはそんな作品をまとめているが、これも時代の反映。

10年後、この作品の真価が問われるだろう。
個人的にいえば、この作品が忘れ去られるのが、いい時代だと思うのだが・・・。
そんな未来を期待したい。

映画「朝が来る」

連続して映画コラムニストの仕事。
本作は鑑賞する機会がないと思っていた。
スケジュールが合わず諦めていた。

ところが当初予定の夜の会合が中止となり、
またちょうどその時間に上映時間が当てはまり観る機会を得た。
それはまるで主人公の2人が旅行先でTVチャンネルを合わせた偶然に近い。
何事も偶然から広がっていくのだ。

昨日の「罪の声」も2つの物語が一つになる構成だが、本作も同じ。
生きる世界は異なるが、お互い辛い経験をしている。
違うのは前向きなのか、後ろ向きなのか、未来に期待しているのか、絶望しているのか。
その違い。

しかし、どんな状況でも朝は来る。
明けない夜はない。
そこにあるのは何か・・・。

登場人物に悪者はいない。
それぞれが自分と向き合いもがいている。
残念ながら上手くいくことは少ない。
思い通りにならない人生を悲しむだけ。

その中でどう立ち直っていくかもこの映画の訴えるところ。
(勝手にそう思っているだけだけど・・・)
立ち直るためのキッカケはとてもシンプル。

些細な言葉ですべてが満たされる。
どん底から救われることもある。

未来は過去もきっと変えてしまうのだろう。
昨日と同じこといってる?(笑)
ここまで読んでもらっても、映画はさっぱり分からないと思う。

本作の上映期間はさほど長くはないだろう。
間もなく公開終了ということか。
だとすれば、急がねば・・・。

この2020年の中では観ておくべき一本じゃないかな。
監督は河瀨直美氏。
嫁さんと同じ名前というのが理由ではないが、最近の作品はほとんど観ている。
初期は好きな監督でもなかったが、趣味が変わってきたのかな?(笑)。

ここ数年でも「あん」「光」「Vision」
正直、出来はマチマチだと思うが、
(すいません)
共通して優れているのは自然を描き出す映像。

それも光が差す森林であったり海であったり・・・。
そこには意志があり強いメッセージと神々しさを感じる。
監督の生き方を反映させてもいるんじゃないか。

本作のテーマは「特別養子縁組」。
身近なようで遠いテーマ。
これまでの僕の人生では想像できない。

自分が同じ立場になったとして真摯に向き合えるかと問われれば自信がない。
それは生みも育ても両方。
お前は男だろ!というくだらないツッコミは無視して、あくまでも一人の親として・・・。
しかし、現実にはごくごく普通の人がその環境でもがき苦しみ、
その中で喜びや生きがいを見出していく。

一人の子を育てることは生半可な気持ちではできないことを痛感。
本作を観て、改めて嫁さんに感謝。
当たり前の行為がどれだけ大変なのか。
映像を通してしか理解できない自分の鈍感さに呆れながらも、そんなことを感じた。

生みの母ひかり役の蒔田彩珠ちゃんを初めて知った。
これから可能性の感じる女優さん。

そして、思った。
パフのSに似ていると・・・。
パフ内でそんな話題になってない?
僕が思っているだけ?

おちゃらけな終わり方になってしまったが、グッとくる作品であるのは間違いない。
感動的な日本映画は秋に集まりますね。

映画 「罪の声」

毎年、この時期になると思う。
なぜ、秋になると考えさせる日本映画が多いのか。
それも優秀作が多いのか・・・。

超話題のエンターテインメント作品は年明けに任せ、
日本らしい小ぶりだがグッとくる作品はこの時期。
今年も先月観た「望み」に始まり、「スパイの妻」「朝が来る」など評価の高い映画が多い。

映画コラムニストとはいえ本業ではない分、どうしても観れない作品もある。
どこまで時間調整できるのかが、問題。
芸術の秋の最たる悩み、ですね・・・。

何が言いたいのか。
本作もこの時期の日本映画に相応しい一本。

上映時間は2時間半近いが、その長さを感じることはない。
あっちの展開、こっちの展開、それが合わさった展開で映画は進行し、
平成と昭和がオーバーラップしながら観客は吸い込まれていく。

時に新聞記者の立場になり、時に仕立て屋の立場になり、
時に辛い子供の立場になり映画にどっぷり浸かっていく。
時代の描き方として日本人にしか分からない。

理想は理想にすぎず、現実は現実として人を傷つけていく。
その葛藤こそが生きる世界。
誰もが幸せを築こうとする。
それも家族の幸せを最優先に考える。

しかし、ある種の誘惑に負け、ある種の憤りに負け、破滅へと向かわせてしまう。
冷静さはあくまでも客観的で当事者は主観的にしかなれない。
いかに自分が恵まれた生活を送ってきたかを映画とダブらせてしまった。

とネタバレせずに書いてみたが、少しは伝わっただろうか。
いや、それは難しいな・・・。

本作は35年前に起きたグリコ森永事件をモデルにしている。
それはサラっと予告編を観ただけでも分かる。
それが題材となれば本作は刑事事件。

てっきり主役の小栗旬も刑事の役だと思っていたが、役柄はうだつの上がらない新聞記者。
そもそも本作に警察や刑事は一切登場しない。
厳密に言えばくだらない警官は登場するが大した問題ではない。
誰もが知る大事件の35年後を警察とは関係ない人たちが追いかけるのが面白い。

そして、キツメ目の男で思い出した。
それは宮崎学氏。
彼が存在感を表したのは90年代半ば。
当時、出版された「突破者」を僕は貪るようにして読み、その後もいくつかに作品にも触れた。

彼は事件の重要人物として疑われたが事件とは関係なし。
それがあったからこんな映画も生まれた。
未解決事件だからこそ、その後のフィクションが構成される。
原作を読んだことなければ存在も知らなかったが、
小説が持つ魅力を感じることができた。

一般的に人は過去を変えられないという。
しかし、最近は未来によって過去も変えられるともいう。
本作もそういえるのかもしれない。

改めて思った。
いいね、日本映画。

仮想空間シフト

今、この分野では最も注目すべき2人。
本書は山口氏、尾原氏の対談集だが、それもZoomで行われたという。
それが編集され書籍として発行される。

それもイマドキだし、その著書を僕はkindleで読んだ。
数年前の出版業界では考えられなかったことだと思うが、
それ自体が仮想空間シフトと言うのかもしれない。

今、僕はまさにその狭間に立っているわけだが、まだ立っているだけ未来がある。
僕の同世代でもはるか先に進んでいる者もいれば、
立とうともしない、もしくはその場所さえ知らない者もいる。

人の価値観はマチマチでどこかに揃える必要はないが、
時代を読み違えると気づいた時には完全に手遅れになる。
そんな危機感だけは自分の中にあり、それが健全ともいえる。

しかし、それが幸せかどうかは分からない。
立とうとしなかったり、その場所を知らない者の方が幸せだということもあり得るのだ。
そんな表現をすると仮想空間へシフトするのは恐ろしい世界への突入と
世のオジサンは否定したくなるが、実際は得るものは大きい。

単に便利ということもあるが、より効率的に生産性も高まることもある。
だが、それも危険。
そっちにシフトすることが全て生産性が高まると判断されることもバイアスがかかっている。
確固たる思想に基づかないと意味もない。

その点では僕も狭間に立つ中途半端な人間。
しかし、少し先の未来を描いてみると希望も見えてくる。
「オンとオフ」と「都市とリゾート」の関係が逆転するとか、
ライスワークとワイフワークをどう切り分けて考えてくかで楽しみも増えそう。

その時点で凝り固まった自己の価値観をリセットせねばならないが、
それが当たり前の世界で想像していけばこの先の人生も明るくなる。
そう考えるとコロナがもたらした新しい世界も悪くない。

いや、やっぱりコロナのもたらした世界は勘弁してほしいが、
新たな価値を注入する点においてはプラスに考えるべきだろう。

狭間に立つ僕がこんな状況だとZ世代の大学生の息子あたりはどんな未来を作っていくのか。
オンライン授業と対面授業を活用しながら、スマホで全てか解決できる生活を送る。
世のオジサンたちはつまらん!と一括りにするかもしれないが、
僕らではおよそ導くことのできない新たな世界を創造する可能性はある。
むしろ可能性は高い。

結局は人次第で上手くリードする側と上手く利用される側に分かれるだろうが、
その感じ方、受け止め方、主体性で大きく変わるだろう。
楽しみにしておきたい。

なんだか訳の分からない話になってしまったが、
少しずつ僕らの生活は仮想空間比率が高まっていく。
その分、リアルの価値も高まり、その意味も大きいとは思うが・・・。

いつまでもアーリーアダプターでいたいが、気づいたらレイトマジョリティになってるかもね。
気をつけないと・・・。

映画「キーパー ある兵士の奇跡」

確かにグッとくる感動作。
評価サイトを見ると
「映画業界内でふつふつと話題を集めている作品」
と紹介されている。その通りかもしれない。

僕は本作を評価サイトを読むまでは知らなかったし、
監督も俳優陣も聞いたことのない人ばかり。
意外と点数が高いのとたまたま空いた時間が合致したので観たまで。

第二次世界大戦を描いた実話という認識しか持っていなかった。
その認識は大きくは間違っていない。

しかし、僕が予想していたストーリーとは180度違う。
解説を読めば、なるほど!と思うのだが、あえて予備知識を入れず観たのだ。
それが良かったのだろう。
素直に感動したし、第二次世界大戦後のイギリスの状況もよく分かった。

何より世界でも先端を走るプレミアリーグの歴史も理解できた。
あの当時はあんな環境でサッカーをやっていたんだ。
ゴールキーパーはグローブもしていなかったんだ。
それでも10万人の観客動員可能なスタジアムがあったんだ。
映画の本筋とは異なるが、新鮮な気づきが多かった。

本作のジャンルはどこに位置するだろうか。
いろんな角度から観ることが可能。
恋愛青春映画、社会派人間ドラマ、反戦映画、スポコン熱狂作品などなど、
観る人によってジャンル分けが異なるんじゃないだろうか。

確かなのはある兵士の奇跡を描いた実話だということ。
なんだタイトルのままじゃないか。
もっと凝った表現をしなさい(笑)。

本作のイギリスでの公開は2018年。
僕が観たのが遅いのではなく、日本での公開は先々週。
Amazonプライムではなく映画館。
このタイムラグはなんだろうか。
元々注目度が低かったのかな。
それがジワジワと少しずつ票を集め・・・。
そんな感じかな?

観た後は気持ちもよくなるし、明日への活力にもなる。
元気になりたい人は是非観てもらいたい。

そしてもう一つ。
主演女優のフレイア・メーバーがチャーミング。
乙女時代のはにかんだ表情もいいし、母親の悲しげな表情もいい。
それを確かめるのも観る要素かもしれないね。

ネット興亡記 敗れざる者たち

タイトルを見て沢木耕太郎氏の名著「敗れざる者たち」を思い出した。
本書のあとがきにもそのことに触れられているが、
著者はそれを意識したわけでもなく、結果的に同じタイトルになっただけ。

沢木氏の著書は敗者が取り上げられているが、本書は必ずしもそうではない。
むしろここに登場する起業家や経営者は敗れた瞬間はあるものの、
見事に復活している場合がほとんど。
本書の「敗れざる者たち」は登場人物の背後でのたうち回っていた者だろう。

本書を読むきっかけとなったのはテレビ愛知「モーニングサテライト」。
その流れで5月に「ネット興亡記トークLIVE」も視聴。
内容もある程度は理解しているので、敢えて手に取る必要もなかったが、つい(笑)。

本書では藤田晋、堀江貴文、孫正義、三木谷浩史、
宇野康秀ら12名を中心にネットベンチャー起業家を描いている。
彼らの書籍もまあまあ読んでいるので、敢えて読む必要もないと思うのだが・・・。
なんで読んじゃったのかな、こんなに分厚いのを・・・。
kindleじゃ分からないけどね(笑)。

これはやはり勉強。
”人の振り見て我が振り直せ”でしかない。

ここで描かれる世界を僕は同時進行で歩いてきた。
もちろん違う業界でエリアも異なり接点はないが、
当時の状況は一人のビジネスマンとして時に羨望し、特に落胆し、
無責任に喜んだり悲しんだりしていた。

当時は一介のサラリーマンだが、今は同じ経営者。
スケールの違いや能力に違いは棚に上げても、彼らの心境は理解できる。
その判断が正しかったかどうかは、何年後しか分からないが、ピリピリした環境下での決断の連続。
そんな経験が経営者としての面の皮を厚くし、判断能力を高めていく。
今のホリエモンを見てれば、何も怖いものはないと感じるし・・・。

それにしても感じるのは全てが繋がっているということ。
ソフトバンクであろうと楽天であろうとLINEであろうとメルカリであろうと
関係者はどこかで必ず接点があり、状況次第で味方になり敵になっている。
お金の動きを含めその駆け引きは実に面白い。
正直、当事者にはなりたくないが・・・。

どんなに成功した経営者でも多くの失敗を経験し、孤独に重圧と戦っている。
本書に登場するのは現役の代表選手。
そう考えると日本にはそんな人が200万人も300万人もいるわけね。
僕なんてまだまだなんだろうね・・・。

一人の壮大な想いや創造力やワガママが企業を大きくし、業界を育てていく。
この20年で時代が大きく変化したのもこの人たちが生み出したサービスのおかげ。
どんな環境に身を置くかも重要な要素。

理解している世界とはいえ、改めて学ぶ点も多かった。
また、自分を戒めるいい機会にもなった。