本作に本当の悪人は登場しない。
卑劣な殺人事件を扱う作品にも関わらず、悪人はいないのだ。
厳密にいえばそんなことはない。
あいつもこいつも確かに悪い。
世間から見れば悪人と呼ばれてもおかしくはない。
しかし、僕には到底、そう思うことができない。
それは本作に登場する誰もが懺悔したい気持ちを抱えているからかもしれない。
自ら懺悔することもなければ、反省の弁を述べることもない。
それでも懺悔したい気持ちを感じる。
懺悔したい気持ちがあるがゆえに酒に溺れ、自らを傷つける。
それでも弱者には言葉に表さない優しさを見せる。
自分のことは棚に上げているが、赦す姿勢。
僕はそこに惹かれた。
なんのことかさっぱり分からないと思うが、僕が素直に感じたこと。
本作は探偵とその助手が殺人事件の真相を探るうちに別の事件にも絡んでいくストーリー。
西島秀俊演じる主役の探偵・佐竹は頭脳明晰だが、ほぼアルコール依存症。
あれだけの酒を飲んでいたら体は悪くなるし、緊急時にも走れない。
それでも走れるのは懺悔の気持ちからか。
助手は満島ひかり演じる聡子。
常に感情的で、また佐竹同様、酒を煽る。
彼女もまた自戒からか走り続ける。
全く異なる境遇の2人が事件の真相を掴むにつれ、気持ちが露わになる。
お互いの苦しみの共有といってもいい。
それも懺悔。
その懺悔は観る者にも押し寄せてくる。
客観的な正義と主観的な悪と何が違うのか。
僕らは無責任に人としての倫理観を語る。
障がい者に対しては優しくなきゃいけない。
愛情をもって接しなきゃいけないと。
それが実際、親になった場合、本当にそんな行為が伴うのか。
優しさが怒りに変わることもあれば、愛情が憎しみに変わることもある。
それは当事者しか分からない。
生まれた子どもは悪くはない。
生んだ親だって悪いわけではない。
誰も悪くないのに不幸に思い辛くなる。
本作はそんな想いを僕らに突き付ける。
それが本作の優れた点。
冒頭に悪人は登場しないと書いたが確かにそう。
ただもがき苦しんでいるだけ。
西島秀俊は酒に逃げる生活。
満島ひかりは自らを責め他人も責める生活。
宮藤官九郎は過去を断ち切れない生活。
黒木華は後悔から逃れられない生活。
中でも誘拐犯・明野を演じた宮藤官九郎は絶妙。
ダメさの中に人間味があり、悪人がなぜか善人に映る。
缶チューハイに救いを求めるところも。
どんなストーリーかさっぱり分からないブログになってしまった。
時には懺悔を・・・。
それでいいじゃないか。
ハッピーエンドだと思うし。


