先日の「時には懺悔を」では重度の障がい者がテーマの背景にあったが、
本作で描かれるのは「自閉スペクトラム症」。
普段の生活ではあまり接せることもなく、
当事者や福祉に特別な興味がない人からすれば、
彼らは「扱いづらい弱者」と映るかもしれない。

僕自身、そんな目線が自分の中にゼロかと言われれば否定はできない。
そうじゃないと思いつつも、少なからずどこかでそんな見方をしているだろう。
もっと寛容な心を持ち、あらゆる人を公平に受け入れられれば素晴らしいが、
完璧にそんな存在にはなれない気もしている。

何も自分を意地悪く貶めたいわけではない。
世の中の多くの人が僕と同じような感覚を抱えていると思う。
それは僕のようなごく普通の人だけでなく、
のんが演じる自閉スペクトラム症の兄を持つ妹であっても同じだろう。

誰もが自分の子供には苦労のない不自由のない健康な体で生まれ欲しいと願うし、
僕自身もこれまでの人生で大きな苦労なく過ごせたことも
素直にありがたいと思っている。

だが、果たして「自分たちが恵まれていること」や
「当たり前の幸せ」を噛みしめるだけで、解決するか。
本作は僕たちの無意識な思い込みに「それでいいのか?」と静かに問いかける。

のんの結婚相手となる雅也やその両親が見せる理解ある態度は、
一見すると理想的に思える。
しかし見方を変えれば、それらも部外者特有の「綺麗事」に映るかもしれない。
そして、その悪気のない綺麗な発言が、
実のところ当事者を深く傷つけているのではないか。
そんなふうにも思ってしまう。

だからこそ本作は観る者に考える機会を与える。
これを単なる「生きづらさを抱えた家族の心温まるホームドラマ」や
「ステキな兄弟愛の物語」として美しくまとめ満足してはいけない。

僕らが無意識に引いている「普通」と「特別」の境界線、
その平行と垂直の交差点で立ち尽くす人のリアルな葛藤。
観終わった後も答えは出せないし、
自分の内側にあるズルさや不完全さと向き合わされる、

それを認識できただけでも意味のある作品といえるかな。