
昨年の公開時はよくある恋愛映画と思い観るのを止めた。
原作はお笑いコンビ「ジャルジャル」の福徳秀介と知り迷ったが止めた。
ジャルジャルのお笑いセンスは好きだが止めた。
後になって少し後悔。
2月発売の「2025年キネマ旬報ベストテン」で本作は9位にランクイン。
それを知りAmazonプライムで鑑賞。
ちなみに2025年の日本映画ベストテンで観ていないのは本作と「見はらし世代」。
さすがに100本以上観るとほとんどの作品がランクイン。
「旅と日々」「敵」「海辺へ行く道」を僕は選出しなかった。
順位には納得したけど。

本作に出演したさっちゃん役の伊東蒼は助演女優賞を獲得。
カギとなる長回しのシーンはグッときた。
このひとつの演技で賞をかっさらったといっても過言ではない。
グラグラしてしまった。
ついでにいうと外国映画ベストテンで観ていないのは
「ザ・ルーム・ネクスト・ドア」「愛はステロイド」「アイム・スティル・ヒア」の3本。
こちらも健闘したといっていい。
読者選出含め「サブスタンス」が高評価なのは嬉しかった。
近年では珍しくアメリカ作品が強かったね。
本作とは関係のない文章が続いてしまった(汗)。
舞台は大阪で大学生の恋愛を描く。
主人公の小西くんとヒロインの桜田さんは関西大学で、さっちゃんは同志社大学。
同志社大学の学校名は出ないが校舎で分かってしまうね。
小西くんは最近よく見る萩原利久、桜田さんはご存じ河合優実が演じる。
彼女は演技が上手く惹かれるが、今まで可愛らしい役は少なかった。
本作では好きになってしまいそうなトキメキを覚えた。
途中で一度解消するが、それは妄想ともいえる(笑)。
今の大学生は僕らの時代に比べればシャイ。
僕らのノーテンキ割合が高いだけだが、恋愛も友人もある意味、慎重で臆病。
その分、正直。
価値観があえば会話が弾むし、そうでなければ一気に途絶える。
そんな生活に思える。
しかし、それも青春。
自分の学生時代にオーバーラップさせながら観てしまう要素も。
「えっ、そうくるか・・・」という展開もOK。
間もなく還暦を迎えるオジサンも楽しめた青春映画だった。
小西くんの唯一の友人が黒崎煌代演じる山根くん。
いい演技だなと思っていたらキネマ旬報新人男優賞を受賞していた。
観ていないもう1本「見はらし世代」では主役。
となると次に観る作品も決まりだな。
今回は本作とキネ旬を絡めたとりとめないブログ。
たまにはいいよね。

僕はこれまで、東野圭吾の小説を一度も読んだことがない。
さらにいえばアニメ映画もほとんど観ない。
せいぜい年に1~2本。
そんな僕がなぜ、映画館に足を運んだのか。
きっかけは映画評論仲間の評価。
おススメされていたので素直に従った。
結果としてそれは正解。
ファミリービジネスを支援する側として重要な示唆が含まれていたからだ。
物語の核心はクスノキの巨木に宿る「念」を預かり、
受け渡すという不思議な「番人」の役割。
この「受念」と「託念」のプロセスは、僕が関係する事業承継の現場そのものだった。
特に印象的だったのが、声優として参加している天海祐希さんの存在。
彼女が演じたのは、物語のカギを握る伯母・柳澤千舟。
この千舟というキャラクターには、ファミリービジネスの「守り神」のような迫力があった。
彼女の言葉の一つひとつに宿る重みと、次世代を導く凛とした姿勢。
天海さんの声が吹き込まれることで説得力は増し、観る側を物語の深層へと引き込む。
(このあたりは生成AIの表現・・・笑)
ファミリービジネスにおいて、最も重要で、かつ最も承継が難しいのは「数字」ではない。
その企業が何を大切にし、どこへ向かおうとしているのかという「理念」や「考え方」。
同族経営の強みは、目に見えない価値観が世代を超えて一貫している点にある。
先代が言葉にしきれない想いを抱き、次世代がそれをどう咀嚼し、
自らの意志として引き継いでいくのか。
劇中のクスノキを介した想いのやり取り、そして千舟が玲斗を導く姿は、
まさに同族企業における「魂のバトンタッチ」を可視化しているようだった。
(このあたりも生成AIの表現・・・汗)
同族経営には特有の「罠」や葛藤がつきもの。
しかし、根本にあるのは「誰に、何を、どんな想いで繋ぎたいか」という純粋な願い。
理念や考え方が正しく伝わってこそ、企業は長寿たり得る。
これから家業を背負う立場の人には、観てほしい。
いや、直接ファミリービジネスとは関係ない若い人にも観てもらいたい。
とても分かりやすく描かれているし。
クスノキの下で交わされる想いの数々に、
自社や家の未来を重ね合わせる時間がそこにはある。

ジャッキーチェンは、やはりジャッキーチェンだった。
主演作を観たのは久しぶり。
かれこれ35年以上は経っているだろう。
中学・高校時代は多くの作品を鑑賞し、「プロジェクトA」は何度観たことか。
主演作では最高峰の作品。
香港映画にも魅了された。
いつしか大人になり、少しずつ興味は薄れていった。
それと共にというわけではないが、往年の活躍も影を潜めたのではないか。
昨年の「ベスト・キッド レジェンズ」も重要な役柄だが、あくまでも脇役。
表舞台でワチャワチャやることはなかった。
そこからの本作。
レビューの評価が高く気になっていたが、公開終了近くに観ることができた。
高評価にたがわぬ作品。
香港・中国合作だが、かつての香港映画を感じる痛快でストレートな作品。
昔を思い出しながら楽しませてもらった。
なんといってもアクション。
ジャッキーチェンは今年71歳。
その年齢でこの動きができるのも感動するが、相手役のレオン・カーフェイも68歳。
前線を張り続ける2人の力強さに勇気をもらった。
韓国映画の特徴ともいえる警察と犯罪集団のバトルに対抗する姿勢も感じられた。
SFX技術を駆使するアクション映画が中心の昨今だが、従来のカンフーアクションは手に汗を握る。
人と人がぶつかり合って闘う姿に興奮してしまう。
それを71歳と68歳の俳優がガチで闘う。
それだけでも評価に値する。
とはいえ作品は時代と共に進化している。
単なるカンフーアクションではない。
簡単に解説すれば警察が追いかけるのは最新テクノロジーを駆使するサイバー犯罪集団。
警察もAIの力を借りて犯罪集団を追い込もうとするが軽く交わされてしまう。
そこで呼ばれたのが現役を退いた追跡エキスパートのジャッキーチェン演じる黄徳忠。
昔からのやり方と最新技術で対峙。
それはこれからの香港映画を予測させる。
伝統を維持し新たな変化を求める。
ジャッキーチェンもそんな香港映画を望んでいるのではないか。
終わり方も香港映画らしい。
えっ、次回作もあるの?と期待させてくれる。
どこまでもジャッキーチェンに体を張らせるのか。
「老体に鞭を打つ」の体現だが、ワクワクしながら待っていたい。
ジャッキーチェンがジャッキーチェンであるためにも。

レビューが高かったので事前情報もなく観ることにした。
勝手に硬派な社会派ドラマを想像していた。
当たらずも遠からず。
いや、当たっていないか。
どちらかといえば娯楽作品に近い。
改めてポスターを見ると「豪華キャストが挑む疾走歴史エンターテインメント」のコピー。
うん、そんな感じ。
ただ社会的要素も多分に含まれる。
解釈を変えれば現政権へのメッセージとも受け取れる。
それは考えすぎか。
中国共産党を否定する映画が公開されるわけないし、企画段階でスポイルされるだろう。
まあ、歴史は繰り返すというから反面教師的に観ておく必要はある。
無責任に娯楽作として観ればとても面白い。
アクションも感動もある。
しかし、よ~く考えて観ると腹立たしくなる。
たった一つのライチのためにどれだけの犠牲を生んでいるのかと。
圧倒的な権力者は何をやっても許されるのか、
正直に真っすぐ生きる者は結局、バカをみるのか、
いつの時代もそんなことが繰り返される。
舞台となるのは唐の時代の都・長安。
というと西暦700年代。
日本だと奈良時代あたりか。
あてはめると当時の中国の凄さがよく理解できる。
最も速い移動手段は馬。
そんな時代から生のライチが重宝されるのは意外だが、そこに価値があるようだ。
目的はその新鮮な果実を技術を駆使し腐らせず何日もかけて運ぶこと。
そして生のライチを楊貴妃の誕生日に振舞い喜ばせること。
そのためのあらゆる手段を描く。
そこがエンタメ。
簡単にいえば何千キロも新鮮なライチを運ぶだけのストーリー。
そこにヒエラルキー、妬み恨み、友情、裏切り、論理的思考など多くのことが絡む。
単純明快なストーリーだが吸い込まれていく。
知らなかったが中国の豪華俳優陣が出演。
かなりの話題作をさらったのか。
主役ダーポン演じる李善徳の奥さんがすこぶる美しい。
ヤン・ミーという女優で北川景子と石原さとみを足して2で割った感じ。
どうみても旦那と不釣り合いだが、そこは映画だから仕方ない。
そんなことも感じたり。
残念なのは本作がほとんど話題になっていないこと。
名古屋での公開もセンチュリーシネマだけ。
もっと多くの映画館で公開されてもいいと思うが。
今の中国との関係がそうさせたのか・・・。
絶大な権力で勝手に人を動かしていた唐は結局滅んでしまった。
権力だけで人を動かしても上手くはいかないということだね。

スウェーデン・デンマーク・フランス・トルコ・ジョージアの合作って、
どんな映画ができるのだろうか。
想像するのは難しい。
レバン・アキン監督はスウェーデン人で映画の舞台はトルコとジョージア。
アジアの離れ小島に住む僕にはこの時点で監督の目指すものは分からない。
想像すらできない。
であれば観るしかない。
ひっそりと公開された作品はあてどない理由なのが本当。
馴染みのない国の文化を理解できるのも映画の良さとし、時にはそんな観方も大切。
主人公はジョージアに暮らす元教師リア。
行方不明になったトランスジェンダーの姪探すためにトルコ・イスタンブールへと旅立つ。
一緒に向かうのはその姪を知っているというジョージアの青年アチ。
金もないアチはその旅に便乗する。
実際は姪の存在は知らず、適当なことをいってリアについていくだけ。
傍からみれば祖母と孫のような関係。
赤の他人だがなんとなく愛情も沸いてくる。
そんな風に物語は進んでいくが、そこにいろんな人が絡む。
カギとなるのはトランスジェンダーという立場。
LGBTQの理解が進むとはいえ、まだまだなのが実情。
日本でもそうだが、ジョージアやトルコでどの程度理解があるのかは不明。
いえるのは当事者は息苦しさの中でも堂々としていること。
そのあたりは日本とは異なるか。
ジョージア語もトルコ語も同じように聞こえるが、お互い言葉は通じない。
ヨーロッパ人が日本語と韓国語の違いを理解できないのと一緒。
外国人に対してとやかく言われる昨今だが、
そこにはそこの言語があり考え方があるのを知っておかねばならない。
そして思ったのは根本は同じ人間。
ジョージア人だろうがトルコ人だろうが、ゲイだろうがトランスジェンダーだろうが、
人を想う気持ちは変わらない。
家族、身内である以上、深い愛情で繋がっている。
何か面倒なものが障害となり生きにくくしているのかも・・・。
「Crossing」という原題はストレート。
全ては理解できなくても、なんとなく理解できた。
それで本作は十分なのだと思う。
心の交差点はなかなかいいサブタイトルじゃないだろうか。

久しぶりに常見さんの著書を読んだ。
思ったよりも毒舌はなく至極まっとうな書籍。
それは岩波新書の発行だからか、常見さんが丸くなったのか。
多分、両面はあるが、常見さんらしさを感じる点も多かった。
サブタイトルは新卒一括採用は「悪」なのか。
このテーマを基に新卒一括採用のメリットや弊害、就職活動の歴史、
現在の早期化がもたらす問題やこれから考え方など様々な視点で書かれている。
僕はこの業界で働き、既に36年を超える。
就活史はまさに自分が歩んできた道でもある。
企業と学生をマッチングする立場として、
ある意味、時代や外部環境に翻弄されながら、今に至る。
現状の売り手市場から超氷河期といわれた時代まで直接的に関わる。
こんな僕もバブル時代に就活し、新卒一括採用で入社した一人だ。
近年は新卒採用の早期化もあり、
メリットよりもデメリットの方が議論されるケースが多い。
常見さんは分かりやすく「悪」の言い分に反論し、自らの考えを主張。
僕もその意見に賛同する。
中小企業を中心に採用が難しい根本的な問題はあるが、
それはクリアできない問題ではない。
事業や組織の在り方から、その対応が困難なのも百も承知。
一方で知名度もないローカル企業が優秀な人材を採用する例はいくらでもある。
ステレオタイプになってはいけないが、
世の中の偉い人がそうなっているようにも思える。
先日のリクルートワークス研究所の古屋さんのコラムにもあったように
大学卒を採用しない企業が増えているのは事実。
採用できないから諦める割合が増えているという。
人は欲しいが動いても採用できないから何もしないクライアントがあると現場の声も聞く。
少子高齢化、進学率の高止まり、全入時代の中で新卒一括採用の議論は今後も続く。
それがメンバーシップ型、ジョブ型採用に繋がり、キャリアップの手法も変化していく。
そのためにも学生に僕らが発する「正解のない問いに向き合う」ことを真剣にやってほしい。
本書では最後の章でこんなことが書かれている。
「結局のところ、新卒一括採用のおかげで、企業も大学も存在できるし、
若者もいきいきと働くことができる。
この現実を直視しなければならないのではないか。」
まさにその通り。
僕らはそのために動き続けなければならない。
「悪」といわれてもやり続けることで貢献したい。
「悪」といわれないと思うけどね(笑)。

青春映画の傑作ともいえるし超蛇作ともいえる。
世代的共感を生むも生まないも、
尖った演出を受け入れるも戸惑うも観る人次第。
大きく評価は分かれると思うが、僕はどちらかといえば前者。
「お~、こうくるか・・・」と感心しながら観ていた。
日本の青春映画も時代によって描き方は変わる。
80年代でも90年代でも2000年代でも通用しない。
ましてや70年代なんてあり得ない。
これがイマドキ。
しかし、若者が抱える本質はいつの時代も変わらない。
ここから抜け出したい。
自分の存在価値を示したい。
表現は違えども心の中は同じじゃないだろうか。
どんな時代でも若者は悩むんだ。
本作のいいところは全くといっていいほど恋愛が描かれない。
南沙良や出口夏希という確実に売れる若手女優を使いながらも、
好きとか嫌いとか一切出てこない。
恋愛に興味がないわけじゃないが、大事なのはそこじゃない。
そこも好感度を上げた。
簡単に解説すると、
女子高生3人がひょうんなことから金儲けのために禁断の課外活動を始め、
その中で人として成長する姿を描く。
いや、成長とはいえないかもしれない。
単なるあがきや葛藤かもしれない。
そこも含め成長と認識すればいい。
その課外活動で作った同好会がタイトルの「オール・グリーンズ」。
高校生が一生懸命、お金を稼ぐ方法を考えても抜けはある。
当たり前だが上手くいくだけでは終わらない。
そこで挫けるか、這い上がるか、そこが問題。
その顛末はとても爽やかだ。
行為自体は褒められないが、なぜか応援したくなる。
だから僕は本作を評価するのだろう。
主演の南沙良は大河ドラマ「鎌倉殿の13人」「光る君へ」の印象とは大きく異なる。
幅の広さを感じた。
出口夏希はどこかで観たことがあると思いながら何かは思い出せない。
あ~、CMか・・・。
彼女も好演。
映画好きの女子高生を演じていたが、マニアックすぎる。
「太陽を盗んだ男」を絶賛する女子高生なんていない。
僕がアマプラのウオッチリストに入れながらも観ていない愚かさを指摘された気分。
だから昨日観ましたよ(汗)。
青春には正解がない。
本作にも正解がない。
それでいい。
どこまでも走っていけばいい。

一昨年、「シビル・ウォー アメリカ最後の日」を観た時、
「いつかこんな時代になるのかも」と危機感を覚えながらものほほんとしていた。
そこから1年足らずでそれに近い状況になってしまった・・・。
アレックス・ガーランド監督は恐ろしいことを想像する監督。
時代を予測していたかのよう。
そこからの本作。
いやいや、とてつもなく恐ろしい。
想像ではないリアルに恐ろしい作品だった。
一般的に戦争ものの場合、大義名分的な正義があったり、
強烈なリーダーシップを発揮し組織をまとめる、
もしくは戦闘能力が高く敵をバッタバッタと倒す。
そんなヒーローを描く作品が多い。
または痛烈な反戦メッセージを込めた社会派であったり。
セリフの端々にもそれを感じさせる作品もある。
否定するつもりは毛頭なく、そこからの学びは多い。
いかに戦争が無意味か知るためには継続的に戦争映画を観る必要もある。
ざっくりと分ければ戦争映画は2種類。
しかし、本作はどちらでもない。
ドキュメンタリーではないが、フィクションでもない。
本作にヒーローは登場せず、かといって戦争批判のセリフもない。
2006年、イラク戦争で起きた一日の出来事を忠実に描く。
実体験をもとに、最前線の極限状態をできるだけリアルに再現しただけ。
面白いもつまらないもない。
目の前で起きる戦闘を当事者のように映し出す。
勝手に自分がその場にいる感覚となり、どう対応するのかと考える。
自分がいつ撃たれるか分からない。
冷静な判断ができるのか。
無理だ・・・。
その状況で平静を装い訓練通りの行動を行う。
それは無理だ。
僕が無理なのは当然だが、強靭な肉体を持ち訓練を積み重ねてきた特殊部隊でも難しい。
戦争にヒーローがいないのが普通で、その場で第三者的な発言もできやしない。
本作で見せつけられた映像が戦争の本当の姿。
前線に立つメンバーは本来の目的を見失うのが当たり前。
現実は恐ろしいだけ。
特に面白い作品ではないが観る価値はある。
静けさと低空威嚇飛行の恐ろしさが印象に残った。

ザ・韓国エンターテインメントというような作品。
いかにも韓国映画で、それがどんどんエスカレートする感じ。
一体、どこまでいくのかと勘ぐってしまう。
それは最大の誉め言葉。
残念ながら日本映画でこのジャンルは期待できない。
韓国映画らしさがギュッと詰まった映画。
本作は2025年韓国映画観客動員数第1位。
喜ばしい成績だが、いずれファン・ジョンミンやマ・ドンソクが塗り替えていくだろう。
そうしたら本作も続編ができたりして。
「ベテラン」「犯罪都市」と競い合いながら韓国映画を盛り上げてほしい。
最終的には全部合体するとか。
まあ、それはないか。
それにしても韓国映画の警察ものは面白すぎる。
絶対、絡んでくるのが大物政治家、悪徳刑事、大物のボンクラ息子。
今回は現役大統領が担ぎ出され、大統領選挙に繋がるから恐ろしい。
第三者的な目線では韓国はそんな国と勘ぐるのは当然のこと。
日本の首相が登場した「劇場版 緊急取調室 THE FINAL」なんて可愛いもの。
フィクションとはいえ裏社会が絶対、存在すると想像させる。
作り手は国家権力にケンカを売っているように思えるが、もはや韓国映画の文化。
抉って、抉って、抉りまくるのだ。
ヤダンというのは麻薬犯罪者から情報を引き出し、
検察や警察に提供して司法取引を操る闇のブローカー。
カン・ハヌルが主役ガンスを演じる。
軽快な中に強さと弱さが介在し、適度な人間味を持つ。
あっちの世界、こっちの世界に翻弄されながらも目的を遂行していく。
裏切りや復讐の連続なので、目的も常に変化していく。
その変化についていくのが大変。
昨日の味方は今日の敵で、また明日には味方になる。
そして最終的には・・・。
そんな感じ。
目まぐるしく動き常にどんでん返しが目の前に迫る。
それがザ・韓国エンターテインメント。
もっと話題になってもいい。
R15+なので過激なシーンもそれなり。
だから夜の時間帯の上映が多いのか。
僕は朝一番に観たけど。
眠気が吹っ飛ぶ作品だった。

いかに自分が恵まれた環境で生きているかと実感した作品。
決して本作が不幸な物語というわけではない。
家族の中でも一人ひとり抱えるものがあり、全て分かり合えるわけではない。
僕でも家人や子供を理解できないことも腹が立つこともある。
それはお互い様。
僕が正しいと思っても全然違う答えもある。
それでも繋がっているのが家族。
どう繋がっているかは立場や環境によるところも大きい。
本作のように弟の事故死があり母親が心を閉ざしてしまうと繋がりは壊れる。
健全な家族でもいつ何時事故が起きるか分からない。
そうなると家族が崩壊するのがむしろ普通。
キャッチコピーにある「家族をやめたい人たちへ」は特別ではなく、
誰しもが一度は思う感情なのかもしれない。
何も起きず平和に暮せる僕は恵まれているとつくづく思うのだ。
本作のキーワードは「嘘」。
それも家族を不幸にしないための嘘。
しかし、それは自分を苦しめ、結果的には相手を傷つける。
噓も方便というし必ずしも否定しないが、自分が辛くなるなら元も子もない。
嘘は永遠には続かない。
そこから解放された時に光が見えてくるもの。
だから僕の中で本作はハッピーエンドで終わった。
ここまで読んでも内容はよく分からないと思うが、それでいい。
家族なんて正解はないんだから・・・。
主役山吹演じるのは高杉真宙。
僕が彼を知ったのは大河ドラマ「光る君へ」。
まひろ(紫式部)の弟役だったが、軽さの中にも優しさがありとてもよかった。
次に観たのが「オアシス」で犯罪組織の若造役。
この映画で高杉真宙と伊藤万理華は幼なじみだった。
なんだ、同じじゃないか(笑)。
ヤツが波瑠と結婚したのは許せないが、活躍が期待できる若手俳優だと思う。
個人的には少女時代の姉・紅を演じた藤中璃子がチャーミングだった。
家族が拠りどころであるのは間違いない。
しかし、頼りすぎたり、思い込みが激しすぎたりするとあらぬ方向に進む。
家族のあり方を教えてもらった貴重な作品だった。