これからも前向きに 名大社会長ブログ

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「就職氷河期世代論」のウソ

この業界に入り、すでに36年目を迎える。
入社当時はバブル経済のド真ん中で売り手市場。
名大社がイベント事業に力を入れ、伸び始めた時期。
時代背景が大きく影響し波に乗ることができた。

僕は右も左も分からないハナタレ営業だったが、それなりに契約を頂くことができた。
入社4年目で新卒イベントの売上が全営業中2位というのは今でも記憶にある。

バブルが崩壊し採用市場も悪化。
東海地区の影響は少なかったとはいえダメージを受けた。
目の前は調子こいて就活する学生から必死に就職先を探す学生へと移っていった。
少し回復し、また下がる。
就職環境は1990年代半ばから2000年代前半にかけて小さな変化を繰り返した。

僕がサポートしていたのは東海地区の中小企業がほとんど。
就職氷河期といわれる時代でも決して人材採用はラクではなかった。
確かに大手企業を目指す学生は苦戦したが、角度を変えれば就職先に悩むことは少なかった。
しかし、それは本人にとっては不本意ということ。

いい時代であれば大手に入社でき、悪い時代だから中小にしか入れない。
言い分も分からなくもないが、僕の立場からすれば寂しいことであり腹立たしいこと。
中小企業を下に見ているようにしか思えない。

実際、僕は中小企業の経営者の立場でもある。
誇りをもって仕事をしているし、働く社員も誇りである。
否定されるのは許しがたい。
就職氷河期で苦労した世代が全てというつもりはないが、時代のせいにするのは違和感を覚える。
中小企業で活躍すればいいし、スキルを積めば大手企業へ転職もできる。

本書はいつもの海老原さんの著書に比べデータが多い。
個人的には海老原さんのモノの見方が好きだが、データが説得力を示してくれる。
今、この時代になっても同じ議論が繰り返される違和感は僕も同じ。

国の支援事業の協力を依頼されることもあるが、計画段階から疑問視することも多い。
まず上手くいかない。
実際、結果を見ても効果が得られるケースは少ない。
実施することが目的ではないかと思ったり・・・。

名大社の主催する転職フェアにはいろんな方が参加する。
氷河期の方もそうでない方も。
結果はそれぞれで世代に偏ることはない。
そんな経験からも本書には共感。

低レベルな僕では具体的な提案はできないが、著者の提案は新しい方法ではないだろうか。
メディア業界の視点、リスキリングのムダ、女性の結婚観の変化も面白かった。
このあたりは大学の授業で紹介しても響くだろう。

今回も勉強させてもらいました。
1回読んだだけではデータは把握しきれないけどね(笑)。

映画「六つの顔」

この作品を語るのは難しい。
映画「国宝」は歌舞伎に詳しくなくても、
世襲制の難しさや人間模様、舞台の美しさで語ることができた。

本作はそうはいなかい。
追いかけるのは人間国宝の狂言師・野村万作。
彼の特別な一日を追ったドキュメンタリー。
そもそも日本の伝統芸能・狂言を観たことがない。
名大社のメンバーが演じた能の舞台しか経験がない。
正直なところ、ハンパな僕は理解が足りない。

本作は野村万作氏がライフワークとして磨き上げてきた狂言「川上」を映す。
夫役が野村万作で奥方役が息子の野村萬斎。
上演された2人の舞台をそのまま映し出す。
一つ一つの身のこなしや言い回し。
狂言らしい独特の表現。

確かにのめり込んで見入ってしまう。
しかし、僕なんかは単純にそんな見方でいいのかと自分を疑う。
素人だから当然だが、もっと深い知識が必要なんじゃないかと・・・。

ただこれも経験値。
今後、伝統芸能に触れることで少しずつ理解を深めていけばいい。
そんなことを「川上」の舞台を観ながら感じた。

本作で重要なのは野村万作氏の狂言もあるが、その生き様。
むしろ人となり。
90歳を迎えた年齢でありながら、芸に対する探求心は絶えることはない。
そして第一人者としての自負よりも自分の足りなさを語る謙虚さ。
普段の生活を見る限り元気のいいお爺ちゃんという感じ。
いつも通り道を歩く姿を人間国宝なんて思わないだろう。

650年も伝統芸能が維持されるのはそんな真摯な姿勢なのかもしれない。
ファミリービジネスも同様で長く繫栄する企業は堅実で謙虚な経営。
200年、300年続く企業には明確な理由がある。

そんな第一人者の存在が息子の萬斎氏や孫の裕基氏に継がれていく。
裕基氏へのインタビューを聞くと全うな継承が行われていると感じる。
伝統芸能を継ぐプレッシャーはあるだろうが、
気負い過ぎることなく向き合ってもらいたい。

本作のようなドキュメンタリーを観る機会は少ない。
まだまだ理解できない面もあるが、
定期的に観ることで自分の観る力も養いたい。

映画「風のマジム」

伊藤沙莉が可愛い。
彼女は背も低いし、ダミ声だし、特別美人というわけでもない。
しかし、本作の彼女は本当に可愛らしい。

それはふと笑顔になる瞬間や困ったり悲しんだりする表情、ヤル気を見せる姿がいい。
派手な演技ではなく自然体に近い。
それが演技の上手さ。
伊藤沙莉が演じるマジム人物そのものが伝わってきた。

本作はジャパニーズドリームといっていい。
原田マハの小説だが実話をベースにしているという。
パッとしない契約社員が社内ベンチャーコンクールに応募し通過。
沖縄のサトウキビでラム酒作りにチャレンジするストーリー。

とてもシンプルで真っすぐな展開。
それがむしろ清々しく映り、観ているうちに応援したくなる。
一挙手一投足に観る側も引っ張られ、ウルっときたり、あ~とため息をついたり。
感情移入ができるのも映画の魅力。
シンプルだからこそ余計な思考を取り除くことができるのだ。

小さな小さな日本映画でナントカ映画祭とは無縁だと思うが、これはこれでOK。
個人的には好きな作品。
こういった作品に勇気づけられる人も多いだろう。
キャリアの授業にも使えるかな。
プランド・ハプンスタンスだしね。

舞台は沖縄・那覇。
豆腐店を営む祖母カマル(高畑順子)と母サヨ子(富田靖子)と暮す。
頻繁に琉球言葉が発せられるので意味が分からないことも多い。
ただ雰囲気で理解できる。

そして登場する南大東島。
この風景もいい。
沖縄の緩やかな感じがたまらない。
11月に沖縄に行く予定があるが楽しみになってきた。

マジムの報告によれば居酒屋の数は沖縄が日本一だという。
確かに那覇周辺を思い浮かべると居酒屋は多い。
沖縄といえばオリオンビールや泡盛だがそれだけではない。
訪問時には沖縄産のラム酒を飲んでみたい。

脇を固める俳優陣もいい。
高畑順子や富田靖子はもちろんだが、バー店主役の染谷将太がいい味を出していた。
彼は「麒麟がくる」の織田信長役でとても気になった俳優。
大河ドラマ「べらぼう」の喜多川歌麿といい役作りがとても上手い。

なぜ「風のマジム」か。
それは映画を観てのお楽しみといったところ。

秋は映画の季節だね。

映画「遠い山なみの光」

とても文学チックな作品というのが鑑賞後の印象。
ノーベル文学賞受賞作家カズオ・イシグロ氏の小説を映画化するとそんな香りになるんだ。

描かれるのは1952年の長崎とその30年後のイギリス。
1952年は長崎原爆投下から7年後。
先月観た「長崎 閃光の影で」はまだ記憶に新しい。
この作品は1945年8月直後の長崎が舞台。

7年経過すると街並みも生活も大きく変わるが、その時の傷は癒えることはない。
記憶は薄らいでいくが、30年後も同じ。
文学的な表現で戦争の悲惨さは角度を変えているだけのこと。
ダイレクトに戦争の愚かさを訴える「長崎 閃光の影で」と間接的に訴える本作との違い。
そもそも比較するものでもないが・・・。

1952年の長崎はいい意味でアメリカの影響を受けファッションも食事も体現。
因みのこの時代の悦子を演じるのが広瀬すずで30年後の悦子が吉田羊。
ネタバレの範囲にはならないはずが、この2人が同人物であるのに少々驚いた。
なくはないか・・・。

本作はイギリスに住む悦子の娘・ニキが母親の長崎時代の話を聞くことから物語は始まる。
広瀬すず演じる悦子は回想シーンになるが、あたかも現実のように映る。
そこも文学チックな香りだが、そこに絡む謎多き女性・佐知子がより際立てる。

演じるのは二階堂ふみ。
悦子は長崎弁なのに対し、佐知子は標準語。
その標準語は僕からすると昭和30年代の映画の言葉。
2人の会話は神秘的で現実のようにも思えるが異次元の世界にも感じる。
果たしてそれがどうかというのが映画が進むにつれ明らかにされる。

本作の紹介はここまでにしておこう。
僕は映画を観ている段階では「遠い山なみの光」というタイトルの意味が分からなかった。
鑑賞後、しばらくしてから、「なるほど」と解釈。
とても重要なシーンが本作のタイトルだったんだ・・・。

さすがノーベル文学賞作家。
いや、さすが石川慶監督。
監督は愛知県出身ということもあるが、注目している映画監督の一人。
デビュー作「愚行録」は出演者が酷い連中ばっかり今でも頭にこべりついている。
3年前の「ある男」は2022年の日本映画ベスト5にも入れた作品。

最近では珍しく正統派な映画監督のように思う。
本作も期待を裏切らない作品だった。
これからの作品も楽しみにしたい。

実のところ二階堂ふみは誰なのか。
これから観る方は注意しながら観てもらいたい。

破れ星、燃えた

このところ書評ブログを全く書いていない。
別に本を読んでいないわけではない。
ピーク時に比べれば(それも大したことはないが)減っているのは事実だが。
それでも本を読まなければバカになると思い、継続的に読んでいる。
ブログは「人生の経営戦略」以来なので4か月ぶりということか。
ちょっと少なすぎるね。

最近はビジネス書の機会が随分と減った。
今回、選んだのも倉本聰の自伝。
興味の範囲が変わってきたのか。

本書は会社を辞めて独立してから最近までを描く。
僕は正直なところ著者のドラマをほとんど観ていない。
同世代なら必ず通ったであろう「北の国から」もほぼ観ていない。
映画にしても同様で昨年観た「海の沈黙」が珍しいくらい。

特に理由はない。
独特の風貌が入ってこなかったのかな(笑)。
その分、本書は新鮮で著者の生き様が面白おかしく感じ取ることができた。

独特の風貌という表現は正しくないが、そこから人格も汲み取ることができる。
それが拘りや執念であり、TV局との確執だったりするのだろう。
本書から人となりは理解できるが、表面的には簡単ではなく敵を作ることも多い。

NHK大河ドラマの脚本を途中で降りたことも、
局とのすったもんだも、北海道に移り住んだ理由も初めて知った。
ここまで大胆な行動はある人にとっては忌み嫌うが、ある人にとっては魅力的に映る。
それが高倉健はじめ大物俳優らを惹きつけたのかもしれない。

映画でもドラマでも脚本は生命線。
その出来次第で作品の評価が決まるといっても過言ではない。
それを選ぶプロデューサーの力量や監督の能力もあるが、名前だけでは通らない。
若い時期の「速く!安く!うまく!」の経験が後のクオリティが高い作品を生み出した。

優秀な営業と一緒だね。
まずは量で勝負しないと。
誰に言ってる?(笑)。

とりとめなく書いているが、著者が嘆いているのはテレビ局の現状。
確かにネットやスマホにシェアを奪われているが、
民放四局の混乱と堕落には目をそむけたくなるという。
見方によっては過去の栄光に捉われているといえるが、
それが長年業界に関わった方の辛辣な想い。
言い分はあるだろうけどね。

今年で著者は卒寿。
今も現役の脚本家。
著者がご健在なうちに「北の国から」くらいは見ておく必要はあるかもしれない。

映画「ふつうの子ども」

映画を観ながら自分の子供時代を思い出していた。
子供が主役の映画はこれまで観てきたが、自分と比べることはなかった。
普通の子供ってなんだろうと。

僕は至って普通だったと思う。
高学年ならそれなりに物心はついていたが、4年生はまだまだ。
普通なんだけど普通じゃないこともやっていたと思う。
周りに流されていたずらをして、あとからオドオドしていたり。
悪気のない調子に乗った行動にひどく叱られたり。
自分ではまっとうと思っていても大人から見ればそうじゃないことも多い。

本作もそんな感じ。
蒼井優演じる母親の息子唯士を中心に2人の子供が主役。
この3人が起こす行動がのちに大きな事件に発展するが、
(そんな大きな事件でもないか)
子供らにとっては特別なことではなかった。
いや、少しは特別で後ろめたさもあったが、普通の子供の行動。

50年前も今も子供の立場は変わらない。
SNSを始め影響を受けやすい環境だが、本質的には変わっていない。
だから僕は自分の子供時代と比較したのかもしれない。

変わっていくのはむしろ大人。
大人も子供時代があり、多くの影響を受けながら大人になっていくが、
きっとその過程が将来の子供に与える影響に繋がるのだろう。
親次第で子供の育ち方は変わっていく。
改めてそんなことを感じた。

環境問題に高い意識を持ち大人にも物怖じせず声をあげる心愛、
いろんな問題を起こすが男っぽい陽斗、
そして心愛が気になり近づこうとするちょっと頼りない唯士。

こんな3人はいつの時代でも存在したし、その周りの友達も同じ。
普段は明るく普通の学校生活。
でも、事件は起きてしまう。
僕の時代であればここまで大騒ぎにはならなかった。
それが時代の違いか。

唯士、心愛、陽斗(3人とも今っぽい名前)の親が対照的で面白い。
それぞれの立場でそれぞれの意見をいう。
ここで瀧内公美か・・・。
その登場の仕方には驚いたが、大人の意見を聞きながら子供は育っていく。

この3人はどんな大人になるのだろうか。
少し心配・・・。
本作はれっきとした人間ドラマ。
どんな視点で捉えるかは映画を観た大人が導き出すんだろうね。

映画「ベスト・キッド レジェンズ」

今でも記憶にある。
大学1年時に岐阜のロイヤル劇場で「ベストキッド」を観たことを。
単純明快なストーリーだったが、結構興奮した。
決して秀作ではないが楽しめた作品だった。

その記憶がなければ本作を観ることはなかった。
本シリーズは何度となく公開されているが、その時、気持ちは揺さぶられず。
なぜか今回、気持ちが動き劇場に足を運んだ。

ジャッキー・チェンが出演しているからか。
ラルフ・マッチオも出演しているからか。
ラルフ・マッチオなんて本作と「アウトサイダー」しか知らない。
想像だがベストキッドのイメージが強すぎて出演作に恵まれなかったのかな・・・。

そんな意味では本作は十分に価値がある。
往年のラルフ・マッチオファンが喜び勇んで映画館に向かっただろう。
違うか。

本作はほぼ初代「ベストキッド」の焼き直し。
設定や役柄は異なるが、その展開は思った通り。
ある意味、期待を裏切らない。

最後の最後まで展開は同じ。
ほぼ期待通り。
その結果に満足した観客はほとんどじゃないか。
僕もそう。
違う展開なら、むしろ逆上していた可能性が高い。
分かった上で満足度を高めるのが大切なのだ。

とはいえ簡単に初代を知らない人に向けて解説だけしておこう。
北京からニューヨークに母親と移住した高校生が、
いくつかの事件に巻き込まれ窮地に立たされ、
それを克服するために空手大会に出場して戦っていく物語。

シンプルなストーリーだが、人の喜ぶポイントを押さえている。
悪役は悪役に徹し、それがハンパなく強い連中。
それに対抗する正義だが、いとも簡単にやられてしまう連中。
白黒はっきり分けるのも潔い。

だからこそ素直に感動できる。
それも映画の魅力。
何も考えずに映画館に出向き、思うまま感じて映画館を出る。
きっとそれが本来に楽しみ方。

映画コラムニストなんて偉ぶって、カッコよく理屈をこねるなんで程度が低い。
いつもなら斜め45度でこの類の作品を語るが、それもお粗末に思える。
「面白かったよ~」と一言いえばいいのだ。
時にはそんな感想の映画もいいだろうね。

映画「大統領暗殺裁判 16日間の真実」

韓国映画は容赦なく自国を抉る。
本作は事実を基にしたフィクション。
いわゆるファクション。

韓国映画はファクション作品がすこぶる上手い。
本作の紹介には「KCIA 南山の部長たち」「ソウルの春」をつなぐ
韓国史上最悪の政治裁判を描いた衝撃サスペンスと表現。
両作を思い出しながら本作を鑑賞したが、確かにそう。
「KCIA 南山の部長たち」でパク・チョンヒ大統領暗殺されてから、
「ソウルの春」の軍事クーデターまでの間に行われた裁判が舞台。

先の2本に比べると迫力はやや劣るが、
裁判劇を通して韓国政治や軍部の恐ろしさがヒシヒシと伝わってきた。
1979年の一年だけでどれだけ映画ネタがあるのか。
翌年には光州事件を描いた「タクシー運転手」もあり、
壮絶な時代が映画で理解できる。

本作は史実とはいえ脚色された面も多いと思う。
見方を変えれば男同士の友情を描いたともいえるし、
意志を曲げない男の誇りを描いたともいえる。

暗部に一直線に向かうのではなくエンタメ性も垣間見えるため、
僕自身は迫力不足を感じたが、作品を通し韓国の現代史を学べるのは結構なこと。
旅行だけでは分からない国の特殊事情は映画から学ぶべきだね。

ネタバレしない程度に解説すると、
事件に関与した中央情報部部長の秘書官の弁護を引き受けた弁護士の奮闘を描く。
弁護士は秘書官を護るためにあらゆる策を講じるが、ことごとく権力に潰されていく。
明るい兆しが見えた後は容赦なく闇の攻撃があったり。
どこまでが事実かは分からないが、180度異なることはない。

俳優陣の役作りも素晴らしい。
昨年、自ら命を絶った「パラサイト 半地下の家族」の旦那さんも良かったが、
なんといっても合同捜査団長チョン・サンドゥ役を演じたユ・ジェミョン。
「ソウルの春」でファン・ジョンミンが演じた合同捜査本部長チョン・ドゥグァンと同じ役。
このユ・ジェミョンが不気味で怖かった。
「劇映画 孤独のグルメ」ののほほんとした役とは別人で驚いた。

こんな役をいとも容易く演じることも尊敬するが、
何より事実に正面から向き合う韓国映画の逞しさ。
やはり尊敬。

こんな作品を観ると日本映画ももっと切り込んで欲しいと思う。

映画「海辺へ行く道」

何ていえばいいんだろう。
一言でいえば、愛らしい作品。

傑作や名作になることはない。
もちろん駄作ではない。
佳作といってしまうと存在感がなさすぎる。
なので愛らしい作品といっておこう。

映画に緊張感はまるでない。
喜怒哀楽がはっきりするわけでも、徐々に盛り上がるわけででもない。
まったりと緩く映画は流れる。
心地よい風に吹かれている感じ。

そんな作品。
といったところで、なんのこっちゃと思うだろう。

本作はとある海辺の町を舞台に、
ものづくりに夢中な子どもたちと秘密を抱えた大人たちの日常を描く。
アーティスト移住支援をしている町なので、
生活する人たちは何らかのカタチで芸術に関わる。

主人公14歳の奏介は美術部に所属し、
独特のセンスで絵を描き、モノを創り才能を発揮していく。
のほほんとした性格で好きなことを好きに取り組んでいるだけ。
そこにいろんな大人が絡み合う。

そこがなんともユニーク。
この町には詐欺師や逃亡者もやってくるが、悪を感じない。
騙される方もなんとなく許してしまう。
そして風のように去っていく。
「カナリア笛」を吹けるのは本物か、偽物かじゃなくて、
正直者かどうかだと思うし。
そんなシーンを含めクスっと笑い、それで終わる。

本作は出演者が魅力的。
というよりとても自然体。
楽しく気持ちよく演じているように思える。

主役の少年たちもそうだが、奏介の親戚役の麻生久美子も
(確認するまで母親と思っていた)
詐欺師の高良健吾もその彼女の唐田えりかも、
不動産屋の剛力彩芽も、存在が意味不明の坂井真紀や宮藤官九郎も楽しそうだった。
どうやら松山ケンイチも出てたみたいだが、まったく分からず・・・。

主役奏介を演じたのは原田琥之佑。
「サバカン SABAKAN」の少年役が大きくなった。
本作は中身は異なるが「サバカン SABAKAN」のような雰囲気が漂った。
(2022年の日本映画のベスト5に入れているんだよね)

こんな作品を年に1~2本観れると心が安らぐ。
自分の思うまま流れるように生きていきたいね。

映画「大長編 タローマン 万博大爆発」

本当はドキュメンタリー映画を観ようと思っていたが、
疲れが残っていたためライトな作品がいいと選んだのが本作。

正直、メチャ面白いとはいいがたい。
1970年当時の製作でも特撮技術でいえばチープ。
あえてその方向に向けていると思うが、
夏休みの子供たちが楽しむには難しいかもしれない。
今どき、ヒーローものを期待しては観に来る子供はいないか・・・。

ポスターだけで岡本太郎の作品であるのは一目瞭然。
実際、演出には絡んでいないが、作品や言葉は散りばめられている。
それは不変の世界。

描かれるのは1970年の大阪万博を中心とした日本。
今から45年前。
しかし、発せられるセリフに古臭さは一切なく今の社会に通じる。
ましてや本作は2025年にタイムスリップする。
設定は昭和100年だが、今年であるのは間違いない。
そしてなんと世界万博が開催されている。

映し出されるのはよくある未来都市的な街並み。
現実とは異なるが、それ以外は現代そのものといっても過言ではない。
よくここまで予測できたものだ・・・。
映画を観ながら唸ってしまった。

秩序と常識で息苦しい社会。
必要なのはでたらめさ。
より人間らしさともいえる。
それを失くすとどれだけつまらない世の中になってしまうのか。
岡本太郎はそんな未来を予測したかのよう描く。

岡本太郎は「そもそも人間は発展などしていない」というがまさにその通り。
太陽の塔で有名な大阪万博にも当初反対していたという。
開催中の大阪万博が描く未来も岡本太郎からすれば何ら変わっていないということ。
本質を捉えているようで怖くなった。

なぜ当時の作品を繋ぎ合わせ、今、公開されるのか。
映画を観る前は疑問だったが、観終わった状態では「今しかない」と頷く。
一体、タローマンは僕らに何を与えてくれるのか。
ヒーローなのか、敵対すべき相手なのか、
自分の感覚を信じるしかないのだろう。

ライトな作品として選んだが、決してそんなことはなかった。
むしろヘビーな作品だった。