これからも前向きに 名大社会長ブログ

カテゴリ「本を読む 映画を観る」の記事一覧:

映画「木挽町のあだ討ち」

時代劇でエンタメ作品は大体が戦国時代や幕末。
江戸時代後期でエンタメを描く作品はあまり見かけない。
社会性や芸術性が強いのが印象。

その中で本作は現代劇にも通じるエンタメ性を感じた。
海外を意識はしていないと思うが、
こんな作品なら日本映画の魅力を分かりやすく伝えられるだろう。

どんでん返しで幸せにならない韓国映画より、どんでん返しで幸せになる日本映画がいい。
あっ、これってネタバレ?
そうじゃないよね・・・。

描かれるのは1810年代の江戸・木挽町。
大河ドラマ「べらぼう」の少し後の時代。
そこで起きた仇討ちの真相を暴くミステリー。
固くなりそうなテーマをコミカルに今っぽく表現するので、
時代劇が苦手な人でもすんなりと受け入れられる。

映画「国宝」を意識していないとは思うが、歌舞伎が重要な場面で使われる。
そこで演じるのが渡辺謙だと意識している考えてしまう。
主役の加瀬総一郎を演じる柄本佑の肩の力が抜けた演技もいい。

冒頭の30分は僕も身構えながら観ていたが途中から気持ちが楽になっていった。
これも魅力の一つ。
「なにかあるぞ、なにかあるぞ、お~そうか」
と観客は巻き込まれたんじゃないのかな。

仇討ちを果たす伊納菊之助も加瀬総一郎も美濃国遠山藩の武士。
美濃和紙も登場し、おっ、ジモトじゃんと調べると遠山氏は中津川市あたりなので東濃。
これはわざと?
実在する人物じゃないので歴史考証はある程度のいいのか。
それでも親近感が湧いたのはよかった。

個人的に出演者に唸った。
柄本佑や渡辺謙は当然のことながら、演技の中の演技の北村一輝にはまんまとやられたし、
「侍タイムスリッパー」であり柴田勝家をここで使うかと思ったり、
カギとなる沢口靖子も悪人ピッタリの石橋蓮司も唸らせてくれた。
個性の強い森田座界隈の住民も抜群。
これだけ配役が見事にマッチする作品も少ないのではないか。

本作がどこまでヒットするかは分からない。
ただ日本映画としてこんな作品がヒットしてくれるととても嬉しい。

映画「センチメンタル・バリュー」

舞台はノルウェー・オスロ。
映画を観ながら、ここはどこだろうとずっと考えていた。
言語もいくつかの言葉が交じり合う。

スウェーデン語とノルウェー語は違いも含め何も分からない。
時折、英語が混じり、英語を話していることは理解できるが意味は分からない。
そう思うとヨーロッパ人はいくつかの言葉を操り凄いなと・・・。
(もちろん全員ではないが)

そんな異国の言語だが、親が与える影響は万国共通。
健全な親からは健全な子が育ち、何か事情があれば子供も近いものを抱える。
血を継ぐことでもあり遺伝に近いともいえる。
そこに存在するのは「家」。
どんな家で育つかで思考や価値観は形成される。
親に対する愛情や憎悪も。
フランクな親子関係と勝手にイメージするヨーロッパでも同じ。
僕らが親に抱く想いと変わらない。

映画はそこがややこしい。
映画監督の父親と女優である娘。
父親は娘が子供の頃に家庭を捨て出ていった。
母親の死後、父親は娘との関係性を映画の中で果たそうと考える。
簡単に解説すればそんな物語。

そこにいろんな感情が入り交じり関係性が複雑になる。
親子の葛藤に観る側は緊張しオドオドさせられる。
冷静に判断すればスムーズに進む話も感情が蓋をして閉ざしてしまう。

きっとそれも親子。
頭で理解できても行動が伴わないのは誰にでもあること。
映画はそれを教えてくれる。

映画の中で作られる映画がその事実を忠実に表現しようと試みる。
無責任に鑑賞すれば自分勝手な父親と感情的な姉、
物わかりのいい妹のちょっと悲しいヒューマンドラマで終わる。
そこに時代性や環境、お金も絡むので単純では済まない。
だから映画に吸い込まれていく。

本作は第78回カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞。
そして今年のアカデミー賞では作品賞をはじめ8部門にノミネート。
その割にはあまり話題になっていないような・・・。
派手さやインパクトがないからかな。

個人的には妹役のインガ・イブスドッテル・リッレオース、
女優役のエル・ファニングがチャーミングだった。
彼女は「名もなき者 A COMPLETE UNKNOWN」にも出てたんだね。

子供に恨まれない父親でいなきゃいけない。
そんなことを思わせてくれた作品だった。

映画「ツーリストファミリー」

当初はスルーするつもりだったが、
「これを観ないと映画コラムニスト失格!」とインド映画通の某役員に罵られた。
名古屋市内の映画館は既に終了のため、わざわざ郊外まで足を運んで観た。
なんと健気な映画コラムニスト。
素直に従ったわけだが、遠出した甲斐もあった。
まあ、インド映画通の声は認めておこう。

本作は低予算作品ながら口コミで評判を呼び、インドで大ヒットしたという。
僕の中のインド映画は「RRR」にイメージされる。
長時間、ド派手な演出、歌と踊り。
2年前に公開の「JAWAN ジャワーン」も同じような作品。
確かのこの2本は面白かった。
これからのインド映画の隆盛を期待させた。

だったら最初から観ろよといわれるだろう。
それも上映時間は127分とインド映画にしては短い。
ただこれまでのようなインパクトを感じなかった。

きっと本国でも同じじゃないか。
最初は話題作ではなく徐々に浸透し始め、気づいた時には多くの人に感動を与えた。
簡単に解説すると、スリランカからインドへ密入国した家族が周辺の人を巻き込みながら、
人としての大切なものは何かを教えてくれる作品。
まさに愛と呼ぶべき。

ちょうど読み終えた「人生とは長い時間をかけて自分を愛する旅である」と被る。
本書も気が向けばブログに書こう。
他人への愛や親切を素直な気持ちで進めれば、その愛や親切は連鎖し自然と広がっていく。
気づいた時には誰もが人に優しくなれる。
国境も人種も関係ない。
インドってこんな心温まる映画を作るんだと感動した。

僕はインドやスリランカの言語は分からない。
もちろん方言なんて全く分からない。
言葉使い回しがカギとなるが、ネイティブの言葉の違いはさっぱり不明。
そこは字幕で判断。
字幕の重要性を教えてくれたともいえる。

単純な世界だが最も大切なこと。
日本に限らずあらゆる国で本作が上映されれば、きっとみんな幸せになる。
極端な話、戦争もなくなる。
ただその最初の一歩が難しい。
誰もが分かっていることだけど。

本作はインドの普通の家庭を描くが、カレーばかり食べていることに気づく。
やはりインドでは毎食カレーなのか・・・。

出演者がどこまでインドでメジャーなのかは分からない。
多分、有名な役者ではないし、演技も上手いとはいい切れない。
しかし、誰もが魅力的。
特に母親役のシムランは大和撫子っぽいよさもあった。

作品だけで捉えるとインドはとても平和な国。
こんな作品が広がっていくといいんだろうね。

映画「ブゴニア」

ヨルゴス・ランティモス監督の前作「哀れなるものたち」を観た時はついていくのがやっと。
スピーディーな展開を楽しみながらも何を意味するのかを考えるのに必死。
映画を楽しむというよりは映画を味わう。
しかし味わいきれない。
そんな感じだった。

主演は「哀れなるものたち」と同じエマ・ストーン。
ぶっ飛び具合は今回も同じ。
前作は少し頭が足りない感じだったが、今回はまるで逆。
強くて賢いキレキレのカリスマ経営者。

これも見事にマッチ。
エマ・ストーンは何でもこなしてしまう。
ランティモス監督に限るのかな・・・。

簡単に解説するとエマ・ストーン演じる経営者ミシェルが、何者かに誘拐される。
犯人はミシェルが地球を侵略する宇宙人だと信じる陰謀論者のテディと従弟のドン。
この2人が自宅の地下室に彼女と閉じ込め、侵略を止めろと訴える。
ミシェルは丸坊主にされ、宇宙人との交信はしずらくなるという。
その段階で訳が分からない。

自白を強要されても理解できないミシェルはあらゆる手段で対抗するが、ことごとく封じられる。
ただミシェルは体を鍛えているので、テディやドンより強いのは明らか。
数と武器の論理で逃れられないだけ。

突き進む展開を見ながらどこに向かうのかが予測できない。
荒唐無稽さが魅力だが、何かありそうな気配はプンプンと香る。
それ以上はネタバレになるので止めておくが、驚きのラストを迎える。
そういうことか・・・。
まあ、このラストを予測した人もいるとは思うが。

果たして本作はミステリーなのか、コメディなのか、人間ドラマなのか。
よく分からない。
評価は難しいが、第98回アカデミー賞の作品賞、主演女優賞等、4部門にノミネート。
優れた作品なんだろう。

タイトルの意味も分からないので調べてみた。
ブゴニアの意味は、古代ギリシャ語における「牡牛からの誕生/死からの再生」だという。
多分、日本語でタイトルを付けるのも難しい。

ただいえるのは映画を観終わって、なんとなくだがタイトルを理解できる。
ほんとなんとなく。
観てもらって感じるしかないかもね。

映画「ほどなく、お別れです」

本作を観て否定する人はいないだろう。
いるとすれば余程のひねくれ者。
普通の日本人ならウルウルしながら映画を観終えるはず。
家族や親しい人を亡くす辛さは誰しも経験があり、自分事のように映画に没入する。

作者の意図は素直に伝わり評価の高さにも繋がる。
冷静にみればそんな作品。
だから僕は当初、観る予定はなかった。
「お涙頂戴」作品なのは何度も観た予告編で理解できたし、
実際、作者の意図に乗るのも目に見えていた。
案の定、そうだった。

葬儀が行われる度に感情を持っていかれる。
連ドラを一気に観させられた感じで、単発ドラマが上手く重ね合わさり、
一本の映画としてまとまった。

とはいえ本作が秀作といえるのか。
失礼ないい方になるが、それはない。
今年観た感動的な作品に留まる。
僕はそうしておきたい。

目黒連の凛とした振舞いもよかったし、「豊臣兄弟」で愛らしい浜辺美波も可愛かった。
脇役陣も好演。
祖母役の夏木マリも母親役の永作博美も内に秘める想いを上手く表現していた。

本作はいい意味で見送る側と見送られる側の気持ちを表している。
「死人に口なし」というので亡くなった方がどんな思いを抱いているかは分からない。
しかし、浜辺美波演じる美空の能力がそれを代弁。
亡くなった人と会話ができるから、まず間違いない。

双方に想いはある。
悲しんでほしい人もいれば、喜んでほしい人もいるはず。
人には寿命があり、短ければ悲しみは増え、長ければ喜ばれるというより納得感は増す。

僕はつくづく思う。
順番は守りたいと。
僕が親より先に亡くなってはいけないし、子供が僕より先に亡くなってはいけない。
生活を共にするパートナーなら最低でも40年は逝ってはいけない。
40年一緒に生活すれば、まあまあ気持ちを和らぐし。

本作がズルいのはそのほとんどが順番を守っていない。
だから悲しみは増す。
もっと幸せな葬儀を描くべきだとも思ってみたり。

葬儀場の仕事が必要不可欠で大切なのは十分分かった。
僕が亡くなる時は目黒連や浜辺美波のような方にお世話になりたい。
「ほどなく、お別れです」といってね。

映画「たしかにあった幻」

河瀨直美作品は僕の中で評価が分かれる。
「あん」「朝が来る」はよかったが、「光」「Vision」は今一つ。
壮大なテーマを描こうとして僕には伝わってこなかったり。
海外の評価は高いので僕の感性が乏しいだけかも。

そんな監督だが本作は観ようと思っていた。
そして評価は「あん」「朝が来る」側。
壮大なテーマよりも目の前にある難しいテーマの方がこちらに響く。
観終わった後、日本人として大切なこととその結果生まれる苦しみを感じた。

相手に遠慮する姿勢は日本人の良さだが弱さでもある。
必要以上に自身を苦しめる。
死生観や倫理観も独特。
何のことかを思われるだろう。

本作は心臓移植をする側とされる側の葛藤を描く。
自分の子供を救いたいと思うのは親であれば誰しも同じ。
自分の子供が救われても、タイミングが合わずに他の子供に先立たれると申し訳なく感じる。
僕がその場にいたら同じ感情を抱く。

移植相手がいるか分からないが懸命に生きる子供。
それを見守り続ける親。
心臓は動いてはいるものの死に直面し臓器提供を覚悟する親。
板挟みにあう医師。

それぞれの立場を理解するのは難しくない。
誰も間違った行動はしていない。
物事がうまく進まないだけ。
解決できない医療現場の課題が浮き彫りになる。

ドキュメンタリー風に描かれるストーリーがこちらに迫ってくる。
感情移入しながらその中に放り込まれた。

これがメインテーマだと思うが、そうとは言いきれない。
フランス人医師の女性コリーと屋久島で出会った恋人迅との関係は作品において重要。
しかし僕はどう表現すればいいか分からない。
迅は失踪するが映画のテーマとどう結びつけるのか分からない。
きっと河瀨監督の意図があると思うが僕は読み取れなかった。
わざわざ岐阜の揖斐までチンチン電車に乗って訪ねるわけだし・・・。

ただ僕が本作に揺さぶれたのは事実。
「朝が来る」に近い感覚。

僕が惹かれたのは主役ではなく脇役。
病院に出入りする弁当屋の女将役の尾野真千子と心臓疾患で入院した子供の母親役の岡本玲。
この2人の感情表現が素晴らしかった。
日本人の優しさや思いやり、自分に向ける倫理観を感じることができた。

河瀨監督は常に海外を意識している。
クレジットは英語。
映画もフランス語や英語を多用。
その評価は賛否が分かれると思うが、観て欲しい作品であるのは間違いない。

映画「今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は」

昨年の公開時はよくある恋愛映画と思い観るのを止めた。
原作はお笑いコンビ「ジャルジャル」の福徳秀介と知り迷ったが止めた。
ジャルジャルのお笑いセンスは好きだが止めた。

後になって少し後悔。
2月発売の「2025年キネマ旬報ベストテン」で本作は9位にランクイン。
それを知りAmazonプライムで鑑賞。
ちなみに2025年の日本映画ベストテンで観ていないのは本作と「見はらし世代」。
さすがに100本以上観るとほとんどの作品がランクイン。
「旅と日々」「敵」「海辺へ行く道」を僕は選出しなかった。
順位には納得したけど。

本作に出演したさっちゃん役の伊東蒼は助演女優賞を獲得。
カギとなる長回しのシーンはグッときた。
このひとつの演技で賞をかっさらったといっても過言ではない。
グラグラしてしまった。

ついでにいうと外国映画ベストテンで観ていないのは
「ザ・ルーム・ネクスト・ドア」「愛はステロイド」「アイム・スティル・ヒア」の3本。
こちらも健闘したといっていい。
読者選出含め「サブスタンス」が高評価なのは嬉しかった。
近年では珍しくアメリカ作品が強かったね。

本作とは関係のない文章が続いてしまった(汗)。
舞台は大阪で大学生の恋愛を描く。
主人公の小西くんとヒロインの桜田さんは関西大学で、さっちゃんは同志社大学。
同志社大学の学校名は出ないが校舎で分かってしまうね。

小西くんは最近よく見る萩原利久、桜田さんはご存じ河合優実が演じる。
彼女は演技が上手く惹かれるが、今まで可愛らしい役は少なかった。
本作では好きになってしまいそうなトキメキを覚えた。
途中で一度解消するが、それは妄想ともいえる(笑)。

今の大学生は僕らの時代に比べればシャイ。
僕らのノーテンキ割合が高いだけだが、恋愛も友人もある意味、慎重で臆病。
その分、正直。
価値観があえば会話が弾むし、そうでなければ一気に途絶える。
そんな生活に思える。

しかし、それも青春。
自分の学生時代にオーバーラップさせながら観てしまう要素も。
「えっ、そうくるか・・・」という展開もOK。
間もなく還暦を迎えるオジサンも楽しめた青春映画だった。

小西くんの唯一の友人が黒崎煌代演じる山根くん。
いい演技だなと思っていたらキネマ旬報新人男優賞を受賞していた。
観ていないもう1本「見はらし世代」では主役。
となると次に観る作品も決まりだな。

今回は本作とキネ旬を絡めたとりとめないブログ。
たまにはいいよね。

映画「クスノキの番人」

僕はこれまで、東野圭吾の小説を一度も読んだことがない。
さらにいえばアニメ映画もほとんど観ない。
せいぜい年に1~2本。

そんな僕がなぜ、映画館に足を運んだのか。
きっかけは映画評論仲間の評価。
おススメされていたので素直に従った。
結果としてそれは正解。
ファミリービジネスを支援する側として重要な示唆が含まれていたからだ。

物語の核心はクスノキの巨木に宿る「念」を預かり、
受け渡すという不思議な「番人」の役割。
この「受念」と「託念」のプロセスは、僕が関係する事業承継の現場そのものだった。

特に印象的だったのが、声優として参加している天海祐希さんの存在。
彼女が演じたのは、物語のカギを握る伯母・柳澤千舟。
この千舟というキャラクターには、ファミリービジネスの「守り神」のような迫力があった。
彼女の言葉の一つひとつに宿る重みと、次世代を導く凛とした姿勢。
天海さんの声が吹き込まれることで説得力は増し、観る側を物語の深層へと引き込む。
(このあたりは生成AIの表現・・・笑)

ファミリービジネスにおいて、最も重要で、かつ最も承継が難しいのは「数字」ではない。
その企業が何を大切にし、どこへ向かおうとしているのかという「理念」や「考え方」。
同族経営の強みは、目に見えない価値観が世代を超えて一貫している点にある。

先代が言葉にしきれない想いを抱き、次世代がそれをどう咀嚼し、
自らの意志として引き継いでいくのか。
劇中のクスノキを介した想いのやり取り、そして千舟が玲斗を導く姿は、
まさに同族企業における「魂のバトンタッチ」を可視化しているようだった。
(このあたりも生成AIの表現・・・汗)

同族経営には特有の「罠」や葛藤がつきもの。
しかし、根本にあるのは「誰に、何を、どんな想いで繋ぎたいか」という純粋な願い。
理念や考え方が正しく伝わってこそ、企業は長寿たり得る。

これから家業を背負う立場の人には、観てほしい。
いや、直接ファミリービジネスとは関係ない若い人にも観てもらいたい。
とても分かりやすく描かれているし。

クスノキの下で交わされる想いの数々に、
自社や家の未来を重ね合わせる時間がそこにはある。

映画「シャドウズ・エッジ」

ジャッキーチェンは、やはりジャッキーチェンだった。
主演作を観たのは久しぶり。
かれこれ35年以上は経っているだろう。
中学・高校時代は多くの作品を鑑賞し、「プロジェクトA」は何度観たことか。
主演作では最高峰の作品。
香港映画にも魅了された。

いつしか大人になり、少しずつ興味は薄れていった。
それと共にというわけではないが、往年の活躍も影を潜めたのではないか。
昨年の「ベスト・キッド レジェンズ」も重要な役柄だが、あくまでも脇役。
表舞台でワチャワチャやることはなかった。

そこからの本作。
レビューの評価が高く気になっていたが、公開終了近くに観ることができた。
高評価にたがわぬ作品。
香港・中国合作だが、かつての香港映画を感じる痛快でストレートな作品。
昔を思い出しながら楽しませてもらった。

なんといってもアクション。
ジャッキーチェンは今年71歳。
その年齢でこの動きができるのも感動するが、相手役のレオン・カーフェイも68歳。
前線を張り続ける2人の力強さに勇気をもらった。
韓国映画の特徴ともいえる警察と犯罪集団のバトルに対抗する姿勢も感じられた。

SFX技術を駆使するアクション映画が中心の昨今だが、従来のカンフーアクションは手に汗を握る。
人と人がぶつかり合って闘う姿に興奮してしまう。
それを71歳と68歳の俳優がガチで闘う。
それだけでも評価に値する。
とはいえ作品は時代と共に進化している。
単なるカンフーアクションではない。

簡単に解説すれば警察が追いかけるのは最新テクノロジーを駆使するサイバー犯罪集団。
警察もAIの力を借りて犯罪集団を追い込もうとするが軽く交わされてしまう。
そこで呼ばれたのが現役を退いた追跡エキスパートのジャッキーチェン演じる黄徳忠。
昔からのやり方と最新技術で対峙。

それはこれからの香港映画を予測させる。
伝統を維持し新たな変化を求める。
ジャッキーチェンもそんな香港映画を望んでいるのではないか。

終わり方も香港映画らしい。
えっ、次回作もあるの?と期待させてくれる。
どこまでもジャッキーチェンに体を張らせるのか。
「老体に鞭を打つ」の体現だが、ワクワクしながら待っていたい。
ジャッキーチェンがジャッキーチェンであるためにも。

映画「長安のライチ」

レビューが高かったので事前情報もなく観ることにした。
勝手に硬派な社会派ドラマを想像していた。
当たらずも遠からず。
いや、当たっていないか。
どちらかといえば娯楽作品に近い。

改めてポスターを見ると「豪華キャストが挑む疾走歴史エンターテインメント」のコピー。
うん、そんな感じ。
ただ社会的要素も多分に含まれる。

解釈を変えれば現政権へのメッセージとも受け取れる。
それは考えすぎか。
中国共産党を否定する映画が公開されるわけないし、企画段階でスポイルされるだろう。
まあ、歴史は繰り返すというから反面教師的に観ておく必要はある。

無責任に娯楽作として観ればとても面白い。
アクションも感動もある。
しかし、よ~く考えて観ると腹立たしくなる。

たった一つのライチのためにどれだけの犠牲を生んでいるのかと。
圧倒的な権力者は何をやっても許されるのか、
正直に真っすぐ生きる者は結局、バカをみるのか、
いつの時代もそんなことが繰り返される。

舞台となるのは唐の時代の都・長安。
というと西暦700年代。
日本だと奈良時代あたりか。

あてはめると当時の中国の凄さがよく理解できる。
最も速い移動手段は馬。
そんな時代から生のライチが重宝されるのは意外だが、そこに価値があるようだ。

目的はその新鮮な果実を技術を駆使し腐らせず何日もかけて運ぶこと。
そして生のライチを楊貴妃の誕生日に振舞い喜ばせること。
そのためのあらゆる手段を描く。
そこがエンタメ。

簡単にいえば何千キロも新鮮なライチを運ぶだけのストーリー。
そこにヒエラルキー、妬み恨み、友情、裏切り、論理的思考など多くのことが絡む。
単純明快なストーリーだが吸い込まれていく。

知らなかったが中国の豪華俳優陣が出演。
かなりの話題作をさらったのか。
主役ダーポン演じる李善徳の奥さんがすこぶる美しい。
ヤン・ミーという女優で北川景子と石原さとみを足して2で割った感じ。
どうみても旦那と不釣り合いだが、そこは映画だから仕方ない。
そんなことも感じたり。

残念なのは本作がほとんど話題になっていないこと。
名古屋での公開もセンチュリーシネマだけ。
もっと多くの映画館で公開されてもいいと思うが。
今の中国との関係がそうさせたのか・・・。

絶大な権力で勝手に人を動かしていた唐は結局滅んでしまった。
権力だけで人を動かしても上手くはいかないということだね。